156.ラステアへ帰還!
レイドール領からラステアまでは飛龍を使えば一日で帰り着いてしまう。とはいえ、それは夜も眠らずに飛び続けた場合の話だ。
流石に私とネイトさんがいるとそれは無理なので(ネイトさんは一応普通の文官なのだ)途中で休憩を挟むことになる。そうなるとラステアにたどり着くには1日と半分。その休憩場所にクリフィード領手前の森を選んだ。
そう。例のあの森である。本当はクリフィード領で宿をとってもよかったのだけど、何処にフィルタード派の目があるかわからない。帰ったはずのラステア国の人たちが領内をウロウロしていたらそれだけで何かあると思われてしまうだろう。
夜の闇に紛れて森に降り立ち、そして夜が明けぬうちにまたラステアへと向かうのだ。ひっそり、こっそりと。クリフィード領の人たちに迷惑がかからぬようにしなければならない。
「帰るの……だいぶ、遅れている気がするけど大丈夫かなあ」
「その辺は王弟殿下がなんとかしてくれてるわよ!ルーちゃんは心配しなくてだーいじょうぶ!!なんたって王弟殿下だし!!」
「そうですよ。そのために先に戻ったようなものですからねぇ」
「そうかなあ……」
パチパチと燃える焚き火を見ながら、私はカティア将軍とネイトさんの言葉にちょっと猜疑的だ。全部任せてしまったけど、本当に大丈夫だろうか?
コンラッド様がランカナ様に怒られたりしないだろうか?だって一緒に帰る約束だったんだから……あ、ユリアナはもしかしたら怒ってるかもしれない。
流石にコンラッド様に直接怒ることはないだろうけど。
「むしろもうちょっと遅れて帰っても平気じゃない?」
「カティア将軍、その場合一日一日と仕事が溜まっていきますよ?」
楽観的な将軍の言葉にネイトさんがストップをかける。これは私のためではなく、ネイトさん自身のためだろう。お子さんがいるといっていたし。きっと早く家に帰りたいはず。カタージュでもお土産たくさん買っていたし。
その姿を思い出し、不意にヒュース騎士団長が頭に浮かんだ。
そういえば、昔視察に行った先で騎士団長が家族にお土産を買っていたなあ。その後知り合ったリーンがとても嬉しそうに話していたのを思い出す。会えない寂しさも、お土産とお父様の笑顔があれば払拭されると言うものだ。
「ーーーーそれにしても、この件はどう報告すべきですかね」
「クリフィード侯爵のこと?そうねえ……報告しなくていいんじゃない?」
「え?それは、いいんですか??」
急にネイトさんの焦った声が聞こえて、思考を別に飛ばしていた私も将軍に視線を向ける。ええと……クリフィード侯爵のことよね?報告するしないの話だったようだけど、どうして将軍は報告しなくて大丈夫だなんて言うのだろう。
「私、みんなに言うつもりだったけど……私も言わない方がいい?」
「それはルーちゃんの判断に任せるわ。でも私たちは上にこの件を報告はしない。ネイトもそれでいいわね?」
「ですが……」
「だってその方が漏れた場所の特定がし易いでしょう?」
もしもラステアからクリフィード侯爵が生きていると情報が漏れたら、それは将軍かネイトさんが漏らしたということ。でもランカナ様に伝えたら、更に知る人が増える。情報管理は大事なのだと将軍はいった。
戦場では一つの情報が命を左右する、と。
「ですが、カティア家から人をやるのでしょう?そこから話が漏れる可能性もあるのでは?」
「いやあねえネイト。うちの人間がクリフィード侯爵の顔を知っているわけないじゃない」
「え、でも……ああ、そうか。そうですよね」
「そうよ。我が家が守っているのはラステアでも魔物が多く出る場所。しかもクリフィード領とはかなり距離がある」
将軍の言葉にネイトさんは納得したけれど、私は首を傾げてしまう。物理的に距離があっても飛龍を使えば、レイドール領とラステアの王都ですら一日足らずで着いてしまうのだ。それは理由にならないのではなかろうか?
「カティア将軍、距離があるとどうしてクリフィード領には行かないの?飛龍がいれば直ぐに着くでしょう?」
「確かに飛龍がいると直ぐなんだけど……うちの領はね、飛ぶ魔物もいるのよ」
「飛ぶ魔物……?」
「そう。だから飛龍で飛んでるとうっかりすると追いかけられちゃうわけ。でもそいつらを引き連れたまま隣の国になんて行けないでしょう?」
確かに、魔物を引き連れて別の国に行ったら国際問題になりそうだ。それが世間一般に知られていない魔物なら尚のこと。ラステア国の人が魔物を他国に攻め入らせたと思われかねない。
それにしても、空飛ぶ魔物なんて本の中だけかと思っていた。だって飛龍で空を移動するのは安全だって聞いていたし、そもそも空飛ぶ魔物を見たことがない。
だからきっと昔はいたけど今はいないのかなって……そう思っていたけれど、どうやら違うみたいだ。
「空飛ぶ魔物がいたら、飛龍達も危ないのかしら……?」
「飛龍達の方が頭がいいし、それに上に人を乗っけてたら尚更怪我なんてしないわよ。こっちに近づく前に撃ち落とすからね!」
「うちおとす……??」
「身体強化と同じで、矢を強化するのよ。で、それを撃つ!」
将軍は矢を放つ仕草をして見せてくれる。なんでもスパッと首が落ちるらしい。確かにラステアの人達ならそのぐらいできそう、かも?
「空飛ぶ魔物は場所を移動したりしないの?」
「あー不思議なことに生息場所を変えないのよね。たぶん、魔力濃度の問題かも」
「魔力濃度?」
魔力濃度といわれ、学校で習ったことを必死で思い出す。確か魔力溜まりができるきっかけのような?魔力の濃度が濃いと魔物は生息しやすいとか言ってた気がする。だから国によって生息している魔物にも違いがあるとかなんとか……??
「うちの国でスタンピードが起きやすいのは、魔力濃度が他の国よりも濃いからなのよ。あとレイランもそうね。だからレイランに近いカタージュもスタンピードの影響を受けてるでしょう?」
「確かに……でもあそこで空飛ぶ魔物は見なかったわ」
「レイランに近い側にはいるかもね。でも濃度がそこまで濃くないから、カタージュまでは来ない」
「なる、ほど?」
魔物は意外と繊細なのかもしれない。魔力の濃度がそこまで影響しているとは思わなかった。でもそしたら魔力濃度の薄い場所に追いかけてくるだろうか?
途中で引き返しそうな気もする。そんな私の疑問を感じ取ったのか、将軍が空飛ぶ魔物の性質を教えてくれた。
「空飛ぶ魔物はね、とーってもしつこいのよ……だから一度目をつけられると、例え魔力濃度が変わろうともついてきちゃうの。それこそ死ぬまでね」
「ああ、だから……」
「群れに鉢合うと最悪よ〜私達が一番手を焼く魔物の一種ね」
群れといわれ、想像してちょっとゾッとしてしまう。空飛ぶ魔物に追いかけられたら確かに怖い。しかも自分が死ぬまで追いかけてくるのだ。必ず倒さないと不味いわけだし。
「まあ、そんなわけでうちの領の人間は近隣への移動はしても、飛龍で他国へは行かないのよ。だからといって徒歩や馬だとかなり距離があるし……だからレイランと交易関係を築いていたとはホント驚きね」
「そうなんだ」
「レイラン自体が閉ざされた国だから尚更よ。ま、それは置いておいて……うちからカタージュへ人をやるのは問題ないってこと。わざわざクリフィード侯爵が名乗ることもないでしょうしね」
「そうね。名乗るとしたら偽名だものね」
身を隠しているのだから、そのままの名前を名乗るわけにはいかない。みんなそれぞれ名前を偽りカタージュで暮らしていくのだろう。いつか、家族の元へ戻れる日を指折り数えながら……
「カティア将軍、一応……陛下には報告しません?」
「報告はするわよ?うちの家系の者がカタージュに嫁いでいました。ついては、これも縁。あちらもスタンピードの起こりやすい場所のようですし、うちから人を派遣して交流を持ちたいってね」
「表向きの理由だけですかぁ……?」
「そうよ。これは私の勘だけど、陛下が何にも書き留めないとしても漏れる可能性はある」
「いや、それは……」
ハッキリとした将軍の言葉にネイトさんは困った顔をする。私は目を瞬かせながら二人の会話を聞き続けることしかできなかった。
だってこれはーーーーラステアの機密事項ではなかろうか?
***
夜も明けきらぬ頃、私達は密かにクリフィード領手前の森から飛び立った。どんどんと小さくなる地上を視界の端に捉えながら、私は将軍とネイトさんの会話を頭の中で反芻する。
まるでランカナ陛下の周りに裏切り者がいるみたいな口振だった。でもきっと将軍にもその相手はわかっていないのだと思う。
その裏切り者は、トラットと繋がっている……?そしてトラットと繋がりがあれば、そこから経由してフィルタード侯爵に話がいくかもしれない。
例えどんな理由があっても、王を謀り、その身を隠したのだ。叛逆の意思あり、と取られかねない。いや、そういう方向に持っていくだろう。クリフィード侯爵とレイドール伯爵家が手を組み、国を乱そうとしている、と。
クリフィード侯爵が身を隠したのはフィルタード派を欺くため。だからこそお祖父様も手を貸した。でも、フィルタード派が危険であると証明できない現状では、その訴えは意味をなさないのだ。証拠、なによりも証拠が肝心。
彼らがその罪から言い逃れできない証拠がーーーー
「ほーら、ルーちゃん!夜が明けるよ!!」
将軍の言葉に前を向くと、地平線からまあるい光が昇り始めていた。キラキラしてとても綺麗な光。
「すごい、きれいーーーー!!」
「ね、きれいねー」
「いやはや、どうせなら家から見たい眺めですねえ」
「なーにいってるのよ!空飛びながら見るのがいいんじゃない!!」
将軍がカラカラと笑いながらいう。私はその言葉に大きく頷いた。確かに離宮の一番上の部屋から見るよりも、遮る山もなにもない飛龍の背の方がいい。
陽が少しずつ昇り、その位置が真上よりは少し手前くらいになるとラステア国の王都が見えてきた。小さな家々が碁盤目状に並び、煮炊きの煙が上がっている。
人々の営みが見える光景にホッとしつつ、将軍の乗る飛龍に先導されるようにして私達は王城内の龍舎近くへと降り立った。
その龍舎の近くには、へっぴり腰で飛龍に股がる見覚えのある二人。
「……アリシアとシャンテ?」
「え、あ、ル…「ルー嬢!おかえりなさい!!」
アリシアが私の名を呼ぶより早く、シャンテが私の仮の名を叫ぶ。その瞬間、アリシアがキュッと口を閉じた。
うっかり私の名前を呼びそうになった為だろう。そして私も自分の口を両手で覆う。今の私はラステアの人間なのだ。客人である二人を呼びすては不味い。
私は苦笑いを浮かべながらラスールから飛び降りる。そして飛龍に股がる二人に歩み寄った。元気そうで何よりだけど、苦手な飛龍の背に乗っているのが気になったからだ。
だってどう見ても、好きになったから、とかじゃない気がする。アリシアは私が側に寄ると、なんとか自力で飛龍の背中から降りた。そしてギュッと抱きついてくると、耳元にこっそり「お帰りなさい、ルティア様」と囁く。
それが何だか嬉しくて、アリシアをギュッと抱き返した。
「ただいま!!」
そう告げると、同じく飛龍の背中から降りようとしていたシャンテがベシャリ、と地面に落っこちた。あ、しまった。と思ったが後の祭りである。
新年明けましておめでとうございます!本年もポンコツ王太子のモブ姉王女をよろしくお願い致します!!
今話で二章は完となりまして、次からはラステア編の三章が始まります。
コンラッド様には頑張っていただきたい…色々!!




