153.お留守番中のよもやま話 2(シャンテ視点)
行ってしまった、それが率直な感想だった。
ルティア様の行動力を考えれば、ラステアで大人しく弔問隊の報告を待っているわけないし、黙って行かれるよりはずっといい。
そう。黙って行かれるよりは。
相談してくれたということはそれだけ信頼されているということだ。それは素直に嬉しい。たぶん、ロイ殿下やライル殿下から信頼されるよりもずっと。
でもそれはそれとして、たった一人でファティシアに戻して本当に大丈夫なのか?と不安がつきまとう。
フィルタード派はルティア様を殺そうとした。いくら彼らが三番目と蔑もうとも、ルティア様は王族だ。王族殺しを平然とする者が今後も何もしてこないとは思えない。
ラステアにいることにはなっているが、どこから情報が漏れるかわからないのだ。何せ陛下や騎士団長がしっかりと調べたにも関わらず、彼らは僕らの中に紛れていたのだから。
ラステアにいても平穏無事とは言い難いが、ファティシアに戻った方が危険度は高い。どうしてもっと引き止められなかったのか?
そもそもルティア様は王族としての意識が希薄そうに見えて、たぶん一番勤めを果たそうとしている。僕らを助けるよりも、自分の命を優先すべき時でも。
命に重さがあるのであれば、僕らよりもずっとルティア様の命は重い。彼女がいれば、きっとファティシアの未来は明るいと思えるのだ。そんな大事な人を引き留められずに、危険な場所へむざむざ行かせてしまった。
僕の心に、その事実が重くのしかかる。あと胃が痛い。キリキリする。物凄くキリキリして、僕はそのことにもため息を吐く。
ライル殿下の時とは違った胃の痛みだが、今は甘んじて受け入れるしかない。
ルティア様がファティシアに戻って数日————
僕はそんなことを考えながら、王城の回廊を歩いていた。基本的にファティシアから来ている僕らは留学扱いなので、余程の場所でない限り自由に出歩ける。
だからこそ、部屋に篭るのではなく歩き回る、という選択をしたわけだが……回廊のすぐ側、目の前で大きな龍が首をもたげて僕を見ていた。
確実に目が合ったと思う。ジッとこちらを見つめてくる飛龍よりも大きな龍。それでいて神々しさを感じる姿。もしやこの龍がルティア様が以前に話していた皇龍、だったりするのだろうか?ラステアの守り神的な存在。
龍は人に比べると途轍もなく大きい。正直なところ、恐怖の方が先にくる。女性であるルティア様が平気なのに、男の僕がダメだなんて恥ずかしいのだけど。
彼らが大人しいのは頭では理解できている。でもそれとこれとはまた別なのだ。例えどんなに大人しく、賢い龍であっても怖いものは怖い。
「……あれ?でも皇龍がいるということは、僕はもしかして入ってはいけないところに来てしまったのだろうか??」
思わず辺りを見回す。残念ながら龍以外に誰もいない。やはり立ち入っては行けない場所だったのだろうかと焦る。流石に皇龍と呼ばれる、龍の中の龍がいるところはおいそれと入っていける場所ではないだろう。見つかったら素直に謝るとして、兎も角、この場から立ち去るべきだ。
そう判断した僕は慌てて来た道を戻ろうと、龍に背中を向けた。それがいけなかったのだろうか?僕の視界は一瞬にして暗くなる。
一体何が起こったのか。状況を判断しようと頭をそっと動かした。するとねちょっとした生暖かい何かが、僕の顔をベロンと舐める。
これは、もしや、た、食べられ————!?!?パニックのあまりヒュッと喉がなった。
「デュシス!口の中に入れたらダメだ!!」
聞き覚えのある声に僕の意識はそのまま吹っ飛ぶ。龍の口。龍の口の中は……真っ暗なんだなあ。あと、舌はざらざらしていなかった。
***
ハッと意識が覚醒する。慌てて起き上がり顔に手を当てて、自分の顔があることを確認した。いや、顔がなかったら何も見えないし死んでるんだろうけど。それでも確認したくなるのは仕方ない。
そこで気がついたのは、龍に舐められた割に顔も髪も綺麗なことだ。寝ている場所もラステアで与えられている自分の部屋のように思える。
「あ、もしかしてアレは、夢……?」
「ざーんねーん!夢じゃあないのよねえ」
思わずポンと手を叩いた僕の声に被せるように、僕の考えは否定される。
声のトーンの割に女性的な話し方。僕の周りにそんな話し方をするのはただ一人。母と犬猿の仲のような、それでいて意気投合すると厄介な人物
フォルテ・カーバニル先生だ。
僕はノロノロと顔を上げると、声の方向を見る。そこにはいつも通り余裕綽々とした表情を浮かべた先生がいた。
「せ、先生……やっぱりアレは、現実なんですか?」
「そうよぉ〜ウィズ殿下がアンタを抱えて飛び込んできた時は驚いたわ」
「ああ、あの声はウィズ殿下だったんだ」
「一体何があったの?」
「いや、たぶん僕が悪いんです。回廊を考え事しながら歩いていたら、龍がいて……その龍はたぶん、ルティア様が話していた皇龍だと思うんです。でもその龍がいる場所は僕らが入っては行けない場所でしょう?」
「あーなるほどね。それで龍が怒って頭を食べられたとでも思った感じ?」
「はい」
せめてルティア様がいない間は問題を起こさないように、と思っていたのに不甲斐ない。そのまま項垂れる僕に先生は僕の眉間を指で突っつく。
先生は女性的な話し方に所作も女性的だけれど、力は全く女性的ではない。つまり物凄く痛い。涙目になりながら先生を見上げれば、ニマニマと笑う先生がいた。
「皇龍は王城内外を自由に出入りしているの。だからアンタが入っては行けない場所に行ったわけじゃないわ。あと、皇龍がアンタの頭を咥えたのは……怖くないよ、って意味だったみたいね」
「ええっと……意味がわからないんですけど?あ、いや、僕が歩いてた場所が入っては行けない場所じゃないのは分かったんですけど」
「皇龍はね、なんとなく人の考えが読めるみたい」
「はあ……」
「つまりアンタが龍は怖いなーと思ってるのがわかって、そんなことないよーって戯れついてみたらアンタが倒れちゃって皇龍が珍しく落ち込んでるらしいわよ?」
龍って落ち込むんだ……なんて見当違いなことを考えてしまう。いや、アレを咎めたのではなく戯れついたとか無理があるのでは!?確かに痛くは、そうだ。痛くはなかった。なかったけど、初対面でアレをやられると怖いのでやめて欲しい。
「ウィズ殿下が申し訳ないって謝ってたわ」
「僕の方こそ、不甲斐なくてすみません。ルティア様は平気なんでしょうけど僕はまだ……」
「まあ、うちの国にはいないしね。これは慣れよ」
「慣れ、ですか?でも男なのに……」
「男だろうと女だろうと苦手なものは苦手なの。アタシだって未だに急に近づかれると怖いって思うもの。もちろんここの龍たちは人慣れしているし、賢い子たちだから危害を加えることはないってわかっていてもね」
人よりも大きな姿はそれだけで恐怖を与えるものなのだと先生は言う。
「先生も、まだダメなんですか?」
「ルティア姫のように『龍って可愛い!』って感覚は無理ね……だって大きいもの。可愛いってそんな感覚でいうものじゃないわよねえ」
「あの感覚は僕にもわかりません……」
そう言い合うと先生と顔を見合わせて笑いあった。ルティア様はきっと物凄く!肝が据わった方なのだ。その方と同じ感覚を持つのはきっと並大抵の努力では無理だろう。ラステア国の人ならまあ、可能かもしれないけど。
「ま、でも龍に乗れて損することはないから。頑張りなさいな」
「……やっぱりやらないとダメですかね?」
「アリシア嬢はやる気よ?」
「え?」
アリシア嬢の名前が出て僕は首を傾げる。彼女も僕と同じように龍が苦手だったはずだ。理由も僕と同じで大きくて怖い、と。「なんか、ペロンと一口で食べられちゃいそうですよね。絶対ないとは思うんですけど!」とついこの間も言っていた気がする。
一体どんな心境の変化があったのだろうか?恐怖心が一瞬で消える方法があるなら教えてもらいたいぐらいだ。
「まあ、たぶん。怖いのは怖いんでしょうけど……食の好みが似てるなら仲良くなれるかもー!!って叫んでたわね」
「さけぶ……?」
令嬢が叫び声を上げるのはどうなんだ?と思わなくもない。いや、母はたまに奇声をあげてるな……?「龍の騎乗訓練を受けてるの見たけど、ものすごいへっぴり腰だったわ」と話す先生に、食の好みとは?とさらに謎が増える。
のちに、アリシア嬢が探していた『こめ』という穀物が見つかったことと、それが龍たちの食事に使われていたと教えてもらうのだが……
食い意地とは、苦手なものも克服できるんだなと。でもそのあとで食べさせてもらった『おむすび』は確かに美味しかった。
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