150.レイドール伯爵 3
危険なことが目白押しで、頭が痛くなってきた。これもそれも王族だから巻き込まれているといえる。でも、王族だから止められることもある。
市井の人達は見も知らぬ貴族達が覇権争いをしているなんて知らない。そして知らない間に、トラット帝国と手を組んだ貴族達のせいで奴隷のような生活を強いられることになる。
「トラット帝国の何が良いのかしら……」
「虎の威を借る狐というやつです。そして自分達は大丈夫だと信じてるんですよ」
ネイトさんの苦笑いに、お祖父様も頷く。
「あの人達……自分達は平気って、ずいぶんと楽観的なのね?」
「他の国のように併合されることはないと思ってるんでしょう?あのトラット帝国がそんな甘っちょろいことするわけないじゃない!奪って、奪って、奪い尽くして骨と皮になっても煮出すぐらいするわよ?」
カティア将軍の言葉にゾッとしてしまう。その言葉に続くようにネイトさんが「だからうちはとっても嫌われてます」と事もなげに言った。
「他国を侵略して大きくなった国ですから。唯一、落とせなかったのがラステアです。なので非常に仲が悪いし、ラステアと仲の良い国も嫌いです」
「それって、うちの国は嫌われてるんじゃない?」
そういうと、お祖父様も「嫌われてるだろうなあ」と顎髭を撫でる。嫌いな国にわざわざ手を貸す人はいない。つまり彼らは完全に騙されてるのでは?と思わず唸ってしまった。
「耳当たりの良い、甘い言葉を囁くからこそ、甘言、ですからねぇ」
「フィルタード前侯爵とか現侯爵がそんな言葉に騙されるかしら?だって狡猾な人達なんでしょう?」
チラリとお祖父様を見ると、お祖父様はニタリと笑う。フィルタード侯爵達は、彼らの甘言に乗ってでも手に入れたいものがあるのかな?
「欲しい物は王位だろうな」
「王位が欲しいって……でもトラット帝国と手を組んだら、併合されるか属国にされるかのどちらかでしょう?」
「そうならない為に、ラステアとの縁も結んだままにしておきたいのだろうな」
「ラステアと……?助けてもらうってこと??」
意味がわからなくて首を傾げた。だって、ラステアのことを酷く言っておきながら、助けてもらおうだなんて虫が良すぎる。ラステアの人達だって、自分達のことを悪く言う人達を助けたくなんてないだろう。
それに、それに!私が死んでいたら、ラステアとの縁はそこで切れてしまうはずだ。ラステアと仲の良い、クリフィード侯爵だっていないのだから。
「彼らの策は、ラステアに行く予定だったルティアを殺し、その責任を取らせてクリフィード侯爵を失墜させる。なんせ自領の目の前で起きたことだからな。そして一緒にファーマン侯爵の娘が亡くなれば、ファーマン侯爵は王家への信頼を失くし領地に戻る」
「そうなったら、ロイ兄様も危ないのよね?」
「そうだな。ロイだけでなく、陛下の身も危なくなるだろう。何せ王家寄りの侯爵家が二つとも王家から離れるのだから。ローズベルタはこういっては何だが、研究一筋で役にたたんしな」
「……それは、ロイ兄様が危なくなっても?」
「作戦は練れても、実行にうつせるだけの人間がおらん」
確かに。お父様のお父様……先代の王であるお祖父様が亡くなった時、正妃であるお祖母様はご存命だった。しかし直ぐに全ての権利を放棄して、隠居を宣言。ローズベルタ侯爵領に引きこもってしまったと聞いている。
亡くなった、と言う話は聞いていないから未だにローズベルタ領で生活なさっているのだろう。何がしかの研究をしながら。
「でも、そうなったらトラットにいいようにされちゃうんでしょう?」
「そうだ。一番最初にファーマン侯爵家と領が戦火に巻き込まれるだろう。そして、ファーマン侯爵家が潰れた時にラステアに使者を送る」
「え、戦争してるから助けてくださいってこと!?虫が良すぎるわ!」
「普通はな。しかし、そこに一言付け加える。ルティアを襲ったのはトラットの手の者であったと。ラステアと仲の良いルティアを殺して、仲を断つつもりだったのだ、とな」
「それはルティア姫を気に入っている陛下がお聞きになったら、腹を立てますね」
「そうね。私だって殴り込みに行くわね」
ネイトさんとカティア将軍の言葉にちょっとだけ嬉しくなる。でも私のせいで関係のないラステア国が戦争に巻き込まれるのは嫌だ。
みんないい人達だもの。幸せに暮らしていてもらいたい。戦争を経験したことはないけれど、戦争は……不幸な人を増やすだけだと思うから。
「私って、死んでからも利用されちゃうのね」
「そうだな……残念ながら使えるものは何でも使ってくるだろう。始まりの侯爵家の一つであるが故、愚かな夢を捨てきれんのだ」
「自分達が、王になれたかも、って?」
「ああ。ラステアの力を借りて、トラットを追い出せればあとは自分達が上手く国内をまとめられると思い込んでいる辺りもな」
「誰かの力を借りないと追い出せない時点で、借りれなかった時はどうなるかって何も考えてないのね」
「それが考えられたら王になろうなんて思わんさ」
確かにその通りだ。王とは簡単な職務ではない。何かあれば矢面に立つのは王であり、国が滅ぶ時、その責任を取るのも王だ。
トラットの力を借りて邪魔者を排除して、次はラステアの力を借りてトラットを排除する。全て人任せで、その作戦がダメだった時はファティシアという国はカケラも残らず、併合されてしまう。
地図から、ファティシアは消え失せるのだ。
愚か者達の愚かな行為のせいで。
「例え、ラステアの力を借りて上手くトラットを追い出せても、国内の混乱はずっと続くはずだわ。だって、王位を簒奪した罪は消えないもの」
「その辺の匙加減をトラットを使ってするつもりなんだろうな」
「そんなに上手く行くわけないわ!」
「お互いがお互いを上手く使っている、と思っているんだよ」
「狐と狸の化かし合いですねえ……」
お祖父様の言葉にネイトさんはうんうん、と頷く。
ラステアで見た狐と狸が化かしあうだけなら可愛いけど、実際は腹黒いおじさん達が情報戦と暗殺を繰り広げるのだ。血生臭いだけで可愛げも何もない。
しかし、可愛げがあろうがなかろうが、暗躍してるであろう彼らの手から逃れるには、ラステアに留まるしかなさそうだ。私は兎も角、アリシアには走って逃げ回るとか出来なさそうだし……
「お祖父様、私は……やっぱり暫くはラステアにいた方がいいのね?」
「そうだな。ラステア国にトラットからの刺客が入り込む可能性はあるが、ルティアなら平気だろう?」
平気だろう?と言われ、私はお祖父様の顔をジッと見てしまう。もしかして、知ってる?あ、でもそうか。知ってる可能性は、あるのか。
だって、いるんだものね。
「でもそうなると、どのぐらい居ればいいのかな?ずっとは無理でしょう?」
「ずっとは確かに無理じゃな」
「え、ずっといてくれていいのよ!?っいた!!」
ネイトさんに脇を突かれた将軍に苦笑いをしつつ、いくら何でも暗殺が怖いからってずーっとラステアのお世話になるわけにはいかない。ラステアにいるのは私だけではないし、それに自分達だけ安全圏でのんびり暮らすのも嫌だ。
「そうじゃの、トラットから留学生が来るのであろう?」
「え、ええ。確か、レナルド殿下の側近でシュルツ卿の妹さんが来るわ」
「その妹さんが来る時に戻ると良いかもしれんな」
「どうして?」
「レナルド殿下の目があれば、暗殺はできんさ」
「レナルド殿下の、目?」
「ルティアは殿下に求婚されているのだろ?」
「アレは冗談だと思うわ」
そう言うとお祖父様はカッカッカと笑いだす。そして「冗談でもいいのだ」といった。レナルド殿下が言って、その側近の妹が私の側にいることが大事なのだと。
「トラット帝国は一枚岩ではない。皇太子と言っても絶対ではないが、それでも持てる駒は持っておきたいと、欲深き者は考える。そこに側近の妹が留学してきて、ルティアの側にずっといたら?」
「レナルド殿下が私に気があると……思う?」
「そう。そうなると、殺すことはできない。アリシア嬢は今回ついでに殺せれば、と思っただけで絶対に殺さねばならん存在ではない」
「だから安全?」
お祖父様は鷹揚に頷いてみせる。そんなに上手くいくかはわからないが、確かに他国からの留学生が来てる時に暗殺なんて外聞が悪い。でもそれだけな気もする。安全というにはちょっと弱い。
「ああ、そうか。トラットからの留学生。しかも側近の妹となれば、皇太子の婚約者候補でもおかしくないのか!」
ポン、と手を叩きネイトさんが声を上げた。
「え、どういうこと……?」
「つまり、ルティア姫が殺されたら一番最初に疑われるということです」
「シュルツ卿の妹が?どうして?」
「婚約者候補ですよ?そしてトラット帝国の貴族ともなれば、プライドは山よりも高そうじゃないですかあ」
「ええと……私みたいな、平凡な王女よりも自分の方が相応しい的な……?」
「ルティア姫が平凡かは置いておくとして、嫉妬されても不思議ではない立ち位置ですよね」
「そ、そうなの??」
「王侯貴族の結婚は義務です。政略結婚は当たり前。でも、そこに愛とか恋とかがないわけじゃないでしょう?」
レナルド殿下にお会いしたことありますよね?とネイトさんに言われ、私は素直に頷く。そしてどんな容姿だったかと問われた。
「どんなって……キラキラしてたかしら」
「キラキラ……?」
「ええっと……物語とかに出てくる王子様って感じだったわ。でも側近の人たちもみんなそんな感じだったけど」
「みんな同じですかーそれは、何とも……」
「え、ダメ?だって顔が良いからって、性格がいいとは限らないでしょう?」
「まあ、それはそうですね」
ネイトさんには見た目よりも中身重視なんですねーと言われたが、政略結婚にそこまで夢は見ていない。嫁がされたら、その嫁ぎ先で頑張るしかないのだ。
でも、できれば……好きな人、にも出会ってみたいけれど。
「つまりね、ルーちゃん。物語の王子様みたいな人が目の前にいて、しかもお兄さんは側近ともなれば婚約者として一番有力なんじゃ?って思うでしょう?」
「それなのに留学させられて、挙句に私と仲良くしておいでとか言われたら腹が立つ……?」
「その通りです。だからこそ、暗殺はできない。ルティア姫に攻撃的な場合は容疑がかかりますし、好意的な場合はレナルド殿下の怒りを買う」
「八方塞がりなのね」
「彼が、どこまで読んで妹君をファティシアに送り込むのかはわかりませんが……少なくとも、ルティア姫のことを考えて送り込んだのは確かですよ」
そう言われてシュルツ卿の顔を思い浮かべる。でも何となく、お礼を言いたい気持ちにはならないのだ。何か代わりに要求されそうな気がしてならない。
そりゃあ殺されるかもしれない、あの人達を引き取ってくれたのはありがたいけれど。それだって裏があるかもしれないし。
私はそんな考えをしてしまう自分にちょっとだけ自己嫌悪する。そしてそれを誤魔化すように、テルマさんが持ってきてくれたクッキーを口の中に放り込んだ。
いつもご覧いただきありがとうございます!
「水曜日の猫集会」というお話を新たに開始しました。
オネエと猫と筋肉と美味しいご飯が出てくる現代もののお話です。
フワッとミステリーとファンタジーも混ざる予定です。
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