147.お祖父様と秘密の話 4
初めてお会いするお祖父様は、記憶の中にほんの少しだけ残っているお母様とは全く似ていない。ロイ兄様に似てるところも、見当たらない。
でも不思議と、お祖父様なのだと認識すると「私のお祖父様」だ。と納得してしまうのだ。
これが「血縁」のなせる技なのか、それとも見た目の問題ではなく纏う空気がお母様を思い出させるのか……なんとも不思議な気分になる。
「あ、の……お祖父様はなぜここに?」
「なぜ、とは?」
「だって領主様でしょう?」
「ふむ。領主だと外に出歩かないと思うかい?」
「いいえ、そうではないの。領内を見て回ることも領主の仕事だもの……でも、その……ちょっとしたお祭りみたいになってしまったし」
カティア将軍をチラリと見て、またお祖父様に視線を戻す。お祖父様はふむ、と顎に手をやり短めの髭を撫でた。
「儂も、周りが止めんかったら参加したんだがなあ」
「え!?」
「リリア様には散々負け越してきたが、あれから年数も経ったし実践経験もそれなりに積んできた。今度こそカティア家に勝てると思ったんだが……」
「そ、それは、そのぉ……」
流石に義足の足で将軍に挑むのは無謀では!?と言いそうになって、両手で口を塞ぐ。義足であっても、お祖父様は物凄く鍛えられている。それこそ、お父様よりも筋肉質で腕や胸といった部分も厚みがあるのだ。
ーーーー弱いわけがない。
周りの人が止めたのは、年齢的な部分が大きいのかもしれない。カティア将軍はあの若さで将軍に昇り詰めた人だし。お祖父様が怪我をしたら、と考えて止めたのかも。本当の理由はわからないが、兎も角、二人が戦わなくてちょっとだけほっとした。だって……どっちを応援すれば良いのかわからないし。
「ルー嬢!お待たせしました〜」
そう言いながら、ネイトさんが美味しそうなお土産を携えて席に戻ってくる。私はネイトさんのお土産を受け取りつつ、こっそりと耳打ちした。「お祖父様が、隣にいらっしゃる」と……
ネイトさんは私の隣に座っているお祖父様を見て、目を大きく瞬かせた。それからちょこんと首を傾げる。
「……あまり、似てませんね?」
「ははははは!良く言われるよ!!」
お祖父様はネイトさんの発言に気分を害することなく笑う。そして鷹揚な仕草で頷き、ネイトさんに手を伸ばし握手を求めた。ネイトさんはその手を握り、ほんの少しだけ固まる。
「これは、すごい」
「ふむ?」
「歴戦の将軍と握手をしたかのようです。カタージュではカティア家の教えが息づいているのですね?」
「そうです。リリア様の教えが今も尚、この地域を守っている」
「そうですか。そうですか……」
「そんなに、浸透してるんですか?」
「そうだよ。なんせカティア家の教えのおかげで、レイドール領は死の土地とならずに済んだのだから」
カティア家、いや、ラステアの皆国を守る戦士であり、老いも若いも男も女も互いに手を取り合い、大切なモノを守る姿勢。それはきっとすごく大事なものだ。
私の中にも、その血が流れている。それがなんとなく、くすぐったい。
口を開こうとした時、不意にワッ!と歓声が上がる。
驚いて視線を将軍に向ければ、将軍が複数人を相手に戦っていた。千人斬りって、一対一でやるモノではないのだろうか?思わずネイトさんに視線を向けると、ネイトさんはゆっくりと首を振る。
「問題ありません」
「ほう。なかなかに強いのですな?」
「ええ。あの若さで将軍ですから」
「なるほど」
「ほ、本当に大丈夫……?」
「平気です。ウォーミングアップにもなりません」
そういう問題だろうか……?ネイトさんがいうには、これから更に人を相手にしなければならないのに、一人ずつちまちまやるのは面倒臭いと思ったのだろう。とのこと。
いつものことらしいから問題はないと重ねていわれると、私もそれ以上は何も言いようがない。何故ならラステア国で複数人を相手に戦う訓練を見たことがないのだ。
いや、正確にいえば他の将軍の訓練は見た。その時にやはり複数人相手に戦う人はいたのだけど……あの時もすごい驚いた記憶がある。
騎士は基本的に一対一での戦いを好む。でもラステアでの訓練はそうではないらしい。より実践的な訓練なのだろう。
「……やっぱり、お姉様は強いんですね」
「そうですねえ」
「お姉様?」
お祖父様が私の「お姉様」発言に首を傾げる。私はお祖父様の耳に、私だとバレないように姉妹を装っている、と告げた。
「なるほど。だから髪と瞳の色がカティア家の色なのだな?」
「はい。本当は今、ラステアにいるはずなの」
「ではロビンから伝言を聞いたね?」
「伝言……「良い拾い物をした」って話?」
「そうだとも」
「拾い物ってなんなの?」
「なんだと思う?」
お祖父様は楽しそうに笑いながら、私に問いかける。質問に質問で返すのってずるいな、って思いながら私はお祖父様の拾い物を考えることにした。
だって……多分これは、私を試しているから。
***
カティア将軍の千人斬りは快調に進んでいる。私は、というと……ネイトさんが買ってきてくれたお土産を頬張りつつ、お祖父様からの質問を考えていた。
拾い物。それも『良い』拾い物だ。
物であるとは限らない。人、かもしれない。
そこでふと思い浮かんだのが、クリフィード侯爵。いや、でもまさかね。だって接点がないもの。それに亡骸はクリフィード領で丁重に葬られた。
クリフィード領の騎士達はそれこそ昼夜問わず駆けて、訃報をラステア国まで伝えにきてくれたのだし。そんなはずはない。
そもそも、何故死んだことにしなければならないのか……クリフィード侯爵は、そう。私の、味方ーーーーだ。
淡い期待。
でも、だって!お葬式をしたわ!!お葬式を……でも、そうだ。顔は見ていない。だけど報告では服が、出発した時に着ていた服だった。そして紋章。
土砂に押し潰されたから、亡骸は一旦王都に運ばれて検分されたけど……最終的な決め手は身につけていた物だったはず。
お葬式の時、顔を見せてもらえなかったのは酷い有様だから、と。棺の蓋は閉められたままだった。だから誰の顔も、見ていないのだ。
服は、背丈や髪色の似た遺体を用意して着替えさせればいい。顔がわからなければ、物で判断するしかないし……
いや、そんなはずはない。だって、そこまでしてどうしてお祖父様の元にクリフィード侯爵は行かなければいけなかったのか?
王都に来ないお祖父様とクリフィード侯爵は接点もないはず。そりゃあ、領は近いけれど……そこでふと、あの救難信号を思い出した。
派手に上がった救難信号。王都で確認できたのなら、それより手前にあるレイドール領でも見えたはず。もしも、もしも……その救難信号が見えて直ぐに、レイドール領からクリフィード領へ人を派遣していたら?
その人達と、クリフィード侯爵は会った可能性がある。でも、あの救難信号を上げたのが私だとわかる人は、レイドール領にはいない。
それなのに救難信号が上がったからといって、クリフィード領に人を送り込むだろうか?普通なら越権行為と見做されるだろう。
いやーーーー 一人だけ、いる。レイドール領にいるわけではないが、私があの救難信号を上げたことがわかる人。
それでいて、お祖父様に報告を入れられる人。
ライルからもらったブローチには、色々な種類の魔法石がついていた。救難信号だけでなく、灯りや、追跡用の石。火を起こせる石。他にも、何かあった時に役立つものが……
城の外へ出たことのないライルに、野宿に必要なものなんてわかりっこない。彼はきっと、身近にいる人に相談したはずだ。そう。ライルの一番身近にいる人、アッシュに。
アッシュもまた、カタージュ出身。お祖父様に選ばれて離宮に来た子、なのだ。
「ーーーーお祖父様、もしかしてお祖父様の元には頻繁に王都からの情報がもたらされているの?」
「そうだな」
「それは、それじゃあ……」
「儂が王都に行って顔を売るわけにはいかんでな」
「代わりに、ロビン達が……情報を送ってるってこと?」
「そうであるともいえるし、そうでないともいえるの」
つまりは、離宮にいる者達以外にも王城内にいる、ということ。それも複数。
「……もしかして、私が小さい頃に調理場に行ったらお菓子くれた人とかも、そうだったりして?」
「そうさなあ」
「で、出入りの業者のおばさんとかおじさんとかも??」
今思えば、よくぞ保護されずに色々な場所に出没できたものだと思う。いくら王城で働いている者の子供でも、どこの子供なのか?と問われるはず。
答えられなければ保護するのが普通だ。でも私に良くしてくれた人達は誰も聞いてこなかった。
いつも「元気だね」「かわいいね」と頭を撫でてくれて、お菓子をくれたり、時には軽食を食べさせてくれたり……リボンや、髪留めをくれたこともある。
もしやあの人達はみんな、お母様が生きている頃からお祖父様に言われて王城に出入りしていたのでは?
お母様と私はよく似ているらしい。お母様を知っていたのなら、私がお母様の娘であると直ぐに気がついたはず。
いや、ユリアナが情報を共有していた可能性も……?でもそうしたら、いつも直ぐにユリアナに見つかっていただろうから、ユリアナ達も知らないのだろうか?
「お祖父様、もしかしてーーーー」
答えを言おうとした時、またしても歓声が上がる。チラリと歓声が上がった方向を見れば、さっきよりも多い人数を相手に将軍が立ち回っていた。
カタリ、と隣から席を立つ音がする。
「お祖父様?」
「答え合わせは後程な。そろそろ戻らんとダメらしい」
私の頭を優しく撫で、それからお祖父様は軽く肩を竦めてみせた。視線をネイトさんの後ろに向け、それに倣うように私達も後ろを向く。
そこにはお仕着せを着た若い男の人が立っていた。
「ではまた後で」
「……はい」
「後ほどお会いできるのを楽しみにしております」
「儂もだよ」
そういうとひらりと手を振り、お祖父様は行ってしまう。私はその後ろ姿をぼんやりと見送るのだった。
いつもご覧いただきありがとうございます!
更新の間が空いてすみません!!
8月8日からピッコマさんにて4話目①が配信開始となりました〜よろしくお願い致します!




