145.お祖父様と秘密の話 2
眼下に広がる街並みを私は不思議な気持ちで見ていた。王都からレイラン王国に近い国境の街に近づくにつれて、ファティシアの様式からクリフィード領のカウダートに似た雰囲気になっていったのだ。
位置的には、クリフィード領に近いといえる。でもレイドール領はラステア国とそれほど交易していない。はず……
各領地がどの程度、他国と交易しているか。私は詳しい情報を持っていない。隣を飛んでいるカティア将軍とネイトさんを見ると、二人ともちょっと驚いた顔をしていた。
二人が意外と思うぐらいには、レイドール領はラステアの様式を取り入れていることになる。その理由がわからない。カウダートはラステア国との交易の要所。ラステアの様式を受け入れやすいといえる。
でもレイドール領はレイラン王国に近い場所。レイラン王国の様式を取り入れるなら兎も角、ラステアの様式を取り入れるほど親交はないはずなのだ。
ロビンやユリアナからそんな話を聞いたことはないし。
ひとまず、ずっと上空を飛んでいても仕方がない。私達はカタージュの直ぐ近く、城門の側にある開けた場所に飛龍を下ろした。
「そういえば……クリフィード領の人は飛龍もそこそこ見てますけど、レイドール領だと珍しいかも。大丈夫かなあ」
「あーそうですね。飛龍イコールラステアではあるでしょうけど」
「何かいわれたら、その時はその時じゃない?」
「将軍……」
「えーだって、何いわれるかなんてわかんないんだから。今から気にしても仕方ないじゃない?」
ネイトさんは「えー」って顔をしている。でも将軍のその考え方、私は好きだ。確かに何をいわれるか、と今から悩んでも仕方がない。別に悪いことをしに来たわけではないし。きっと何とかなるはず。
「ひとまず、私が先に行きます……」
「ネイトさん、私も行きますか?」
「あーうん……そうですね。一緒の方が、あまり疑われないですかねえ」
「私が一緒だと疑われないの?でも今はルティアの姿じゃないけど……」
「ルーちゃんの見た目からして悪いこと考えそうにないもの」
「そ、そんな理由で……!?」
「人好きする容姿というのはお得ですよ?」
何だか腑に落ちない気分でネイトさんと城門に向かう。一応、認識阻害を発動するかと確認したがそれもいらないといわれた。本当に大丈夫だろうか?
「ここで姫君を知ってる人はいないのでしょう?」
「でも私、亡くなったお母様に似てるっていわれてるの」
「髪と瞳の色が違うだけで印象は変わるものです。大丈夫ですよ」
「なるほど」
その言葉に頷く。お母様がカタージュにいたのは十年以上前。子供の頃のお母様といくら似ていても、お母様が子供の頃とは更に時間が経っている。
そこに髪と瞳の色が炎のような赤い色と、全く違う色であれば気づく人もいないだろう。
最初にネイトさんが城門にいる兵士に声をかける。ラステアから来たことを正直に告げ、少し観光をさせて欲しいと。
カタージュは魔物の出る森と隣接しているから、観光目的といわれると微妙な場所。でも魔物の森と隣接しているからこそ、商売には事欠かない。
なんせ良質な魔石が取れる。私達が着ている服はそこそこ良い服だし、官服と商人の服の違いはきっとわからないだろう。
聞かれれば正直に答えるが、聞かれないことは答えない。相手が商人だと勘違いしただけ。それで滞りなく済むのならそれでいいとネイトさんはいう。
ネイトさんと若い兵士のやり取りを隣で大人しく聞く。私が口を出すことはないし。すると、交代に来たと思しき年嵩の兵士と目があった。
歳の頃は、六十代後半……ぐらいだろうか?でも凄く、筋骨隆々といった感じの人なのだ。王都の同じ年代の人とは全然違う。
その人はジッと私を見たと思うと、カパっと口を開けた。それはもうあんぐりと。もしかしてバレたのだろうか!?思わずネイトさんの袂をギュッと握ってしまう。
「ルー嬢、どうしました?」
「あ、の……」
どうしよう。どういえばいいのだろう?ここで私ってバレたみたい、なんていえるわけもない。ネイトさんは私が視線を向けている先に同じように視線を向ける。年嵩の兵士はポツリと「……リリア様」と呟いた。
そして呟いたかと思うと、おいおいと泣き出したのだ。私とネイトさんはわけがわからず、お互いに顔を見合う。
「ベゼル爺!どうしたんだい!?」
「リリア様が……リリア様が生きておられる……」
「は?リリア様って、いやいや。この人達はラステア国から観光に来ただけだよ」
いきなり耄碌しないでくれ、と若い兵士にいわれるが年嵩の兵士の涙は止まらない。私はどうしたらいいかわからなくて、年嵩の兵士に「泣かないで?」と話しかけることしかできなかった。
だって急に泣き出した人を慰めるって難しいのよ!?しかも筋骨隆々のお爺ちゃんなのだ。私の周りには全くもっていないタイプの人。その人は私の手を取ると、お久しぶりでございますと更に泣き出す。
何といったらいいのだろう。困ってネイトさんを見上げると、ネイトさんも同じように困った顔をしている。次に若い兵士に目を向けると、そちらもまた同じように困った顔をしていた。
誰か!誰か助けて!!
そんな私の心情を察したのか、それとも単純に一人で待つのに飽きたのか……将軍の「ねえ、まーだー?」と呑気な声が聞こえてきた。
「お、お姉様!!」
「ルーちゃんどうしたの?」
「それがその、私を見て泣き出された方が……」
「え、それだけルーちゃんが尊いってこと!?」
「いや、違うと思います。リリア様と仰ってるんです」
「リリア?ルーちゃん知り合い?」
その問いに私は首を振る。素敵な名前だとは思うけど、知り合いにリリアという名前の人はいない。
将軍はうーんと首を捻り、ひとまず中に入れるのか若い兵士に尋ねた。
「あ、はい。それは平気です」
「そっか。じゃあ、えーっとお爺ちゃん。私の妹なの。手を離してもらっていい?」
「い、妹君ですと……?」
「そうよー私の妹」
そういって将軍が笑うと、年嵩の兵士は将軍の顔を見上げる。そしてまた目を見開いた。驚いた、と。
「……もしや、カティア家の方ですか?」
「よく知ってるわね。もしかして私の武勇がレイドール領まで!?」
「いや、違います」
「あ、そうなの……」
キッパリと否定され、ちょっとだけ将軍は肩を落とす。でもそれならどうして将軍の家を知っているのだろう?
私達はますますわけがわからずお互いに顔を見合った。
***
その後、落ち着きを取り戻した年嵩の兵士、ベゼル・ヴァレットさんはポツポツと昔話をしてくれた。
リリア・カティア
炎のように情熱的で、レイドール伯爵に一目惚れし自ら求婚。了承を得ると、即ラステアから嫁いできた令嬢。
そしてカティア家の令嬢らしく武勇にも優れ、スタンピードが起こった際には前線に出て戦う。有事以外では、スタンピードに備えて領民を鍛え上げた。
私の、ひいお祖母様……らしい。
「いやはや……カティア家の令嬢らしいですねえ」
「そうねー我が家の血筋を感じる話だわ」
「ラステアと同じですものね。戦えるものは皆戦士って」
私の言葉にベゼルさんは頷く。兵士だけでは大きなスタンピードが起こると守りきれない。だが、王都から離れた場所にある為、救援も期待できない。
ならば皆で戦えばいい。男も女も、老いも若いも。大事な者のためなら戦えるのだと。
それをカタージュから始まり、徐々に領内に浸透させていったのはヴィオレットお祖母様だそうだ。親子二代で前線に立ち、スタンピードから国を、領民を守り続けた。
そしてーーーーその命を散らしたそうだ。
だからこそ、領民達は二人の志を継いで常日頃から鍛えている、とベゼルさんはいった。私はその話を複雑な気持ちで聞いている。だってそんな話、今まで聞いたことなかったから。
「……そうなんですね。リリア様もヴィオレット様も凄い方ですね」
「それにカロティナお嬢様もお二人に負けず劣らずな方でしたね。魔物の森に入っては目につく魔物を片っ端から狩ってましたから」
「あらーうちの血筋かしら」
「確実にカティア家の血筋ですねえ」
ネイトさんは乾いた笑いを浮かべながら「そりゃあ、カティア将軍並みに強いはずだあ」とちょっとだけ遠い目をした。
「でも初耳だなあ。ファティシアに嫁いだ人がうちの家門にいただなんて」
「リリア様は、カティア家では末席であると……そして一人娘であられたので」
「末席……そっか。一応、カティアの名を名乗れるのは幾つかあるけど、父より前の代で亡くなってたらわからないしなあ」
そういいながら将軍が指折り数える。私はその仕草を見ながら、うんうんと頷いてみせた。本当は知らないけどね!将軍の言葉に頷いておけば知らなくても誤魔化せるはず。
「いやしかし……こんなにもリリア様に生写しの方がおられるとは」
「カティアの血かしらね。不思議な縁もあるものだわ」
「カタージュは一度、かなり酷いスタンピードに襲われているのです。その時にリリア様とヴィオレット様が……旦那様も片足を魔物に持っていかれました」
「そう……お二人ともさぞかし、立派な最期だったでしょうね」
「はい……はい……」
将軍の言葉にベゼルさんはまた泣き出した。ベゼルさんは、ひいお祖母様率いる部隊の隊長をしていたそうだ。きっと思い入れも他の人より強いのだろう。
「ではカタージュが今の街並みになったのは、リリア様を思って、ということでしょうか?」
「そうです。リリア様やヴィオレット様のように、大事な人を守れるように……その思いを受け継ぎたく、スタンピードが終わり再建する際に参考にさせて頂きました」
「もしや今もリリア様が伝えた体を鍛える方法をしてらっしゃる?」
「ええ、それはもちろん!」
その言葉にネイトさんはニコリと笑った。そしてベゼルさんに領主であるお祖父様に会うことはできないだろうか?といったのだ。
「旦那様に、ですか?」
「戦法というものはいつの時代も変化していくものです。ここに座すのは、カティア本家のリオン・カティア将軍です。カティア家と再度交流を図るのも良いのではないでしょうか?」
「交流……ですか?」
「人は皆戦士、大事な者の為に戦う。それはラステアでも同じです。同じ志の者を見つけてこのまま観光だけして帰ったら、我々はどやされてしまうでしょう」
「そうね。武術に関しては、カティア家はラステアでも名門中の名門。鍛えることに関しても得意よ?」
二人はそういってベゼルさんに笑いかけた。ベゼルさんは一瞬キョトンとしたが、少し時間が欲しいと私達に告げる。
「すぐにお返事することは難しいかと」
「構わないわ。私が将軍である、とカタージュの人では証明できないもの。この話を胡散臭く思うのも理解できる」
「いえ。ラステアの、カティア家の方だと証明する簡単な方法があります」
ベゼルさんの言葉に私は将軍を見た。すると将軍は嬉しそうにニィと笑ったのだ。
「そうね。その方法があるわね」
「やはり、ご存じですね?」
「もちろん!」
もちろん、といわれても私にはわからない。これは、大丈夫なのだろうか?焦る私を他所に、ベゼルさんと将軍はガシっと握手をする。
そんな二人をネイトさんは苦笑いを浮かべながら見ていた。
いつもご覧いただきありがとうございます!
実は、カティア家とレイドール家には繋がりがありました!
カロティナさんが強いのはそんな理由からです。
 




