143.お転婆姫の帰還 4(ロイ視点)
ーーーールティアの無事が、クアドによってもたらされた。
ライルの渡したブローチは大いにルティアの役に立ったようだ。救難信号もそうだが、それ以外にも色々と入れていたらしい。
それをライルに知らせると、ライルは安心したように笑った。
「やっぱり色々入れておいて正解でした」
「そうだね。ライルのおかげで助かったといっていい。ありがとう、ライル」
「いえ、元々はアッシュと相談して決めたことなので」
そういってライルはアッシュを見る。アッシュも少し照れ臭そうに笑うと「なんせカロティナ様の血を引いてますからね」といった。
いや、まあ……母上のアレそれな話は聞いてるけどね。嫁いだ後も色々と語り継がれてるなんて思わないじゃない?
「カロティナ様はそんなに色々やっていたのか?」
「そうなんです。俺達、カタージュの人間には武勇伝として伝わってます」
「武勇伝……いや、伯爵令嬢だよな!?」
「カタージュにいる者は老いも若いも、男も女も皆戦うんです」
「そ、そうなの……か?」
みんな戦うんです、といわれライルが僕の顔を見る。確かに僕もカタージュにいた事はあるけど、本当に幼い頃だからなあ。流石に母上がどうしてたかまでは覚えていない。
「僕も……ロビンやカフィナから聞いた話ではあるけど、毎日のように国境の森に入っては魔石を取ってきてたって」
「魔石は中級以上の魔物が持ってるんですよね?」
「そう。でも剣を片手に乗り込んで毎日取って帰ってきてたって」
それ以外にも王城内で剣を振り回した事もある。
リュージュ妃の仕事が忙しすぎて、触れ合う時間が少ない!って怒った母上が執務室に剣を片手に乗り込んだって。
普通は怒られるだけじゃ済まないんだけどね……夜遅かったのと、流石の母上も見つかったら拙いと思ったのか、こっそり忍び込んで事を起こしたから父上とハウンド宰相しか知らないらしい。
色々とやらかしている。うん。
「カロティナ様は……すごいんですね……」
「多分、母上が生きていたら僕らの教育担当は母上だったから……悪いことしたら、僕だろうとライルだろうとお尻叩かれたかもね。母上のことだからすごく痛いと思う」
「えっ……!?」
僕の言葉にライルはサッとお尻を隠す。そんなライルにちょっと笑ってしまった。でも……母上が生きていたら、ライルはあんなことを起こさなかっただろう。
父上とリュージュ妃、そして母上。この三人で上手く分担されていたから、親子間の摩擦のようなものは母上が、時には物理で解決したはずだ。
ん?そう考えるとルティアも同じことしてないか?物理で解決……母上は武ではあったけど、ルティアは智だから母上よりはマシかな。
もっとも、どれを取ってマシとするかだけど。
「兎も角、ルティアが無事だったのはライルとアッシュのおかげだ。本当にありがとう。手紙にも無事にラステアに旅立ったって書いてあるし、後はクリフィード侯爵達がこちらに来て説明してくれるって」
「そうですか。その……やっぱり、伯父上達の仕業なんでしょうか?」
「……残念ながら。ただ、最後の一人を逃してしまったから、フィルタード派を罪に問うことはできないね」
「逃げたって、それは大丈夫なんですか!?もしもラステアに行ったら……!!」
「それは平気。失敗した人間を匿うほど、フィルタード侯爵は慈悲深くない。だから一人じゃ何もできないよ」
そう。五年前の時は騎士が二人死んでいる。身元がわからないように、顔を潰されて……あの時の死体確認は確か、あの人だったんじゃなかっただろうか?
特徴的なアザがあった、とはいっていたけど。本当にそうだったのかな?彼らを殺した犯人は見つからなかった。騎士を殺す、という事はそれなりに手練れでなければ難しい。
「兄上……?どうかしましたか」
「ん?いや、大丈夫。それにしても……タイミング良く、コンラッド殿下が迎えに来てくれてて良かったなって」
「ラステアの、王弟殿下ですか?」
「そう。良い方だよね」
「そう、ですね」
なんとなく含みのあるいい方に僕は首を傾げる。少し俯いたライルの顔を覗き込むと、ちょっと拗ねているようだ。
そういえばルティアがライルは龍が好きみたいだといっていたっけ?
「ライルも龍に乗りたかった?」
「え!?あ、その、はい!そうですね!!」
ライルの返事に僕は少し驚いてしまう。どうしたんだろうか?後ろに控えているアッシュに視線を移すと、笑いを堪えるように横を向いていた。
んん?どうしたんだろう??
さらに首を捻っていると、ロビンがコホンとわざとらしい咳をする。
「どうしたの、ロビン」
「あーそろそろ、ライル殿下の勉強の時間かと」
「え!あ、本当だ!!ありがとうロビン!!」
どことなく顔の赤いライルは、ロビンに礼をいうが早いかアッシュと一緒に部屋から走り出て行ってしまった。僕はその後ろ姿を呆然と見送る。
本当にどうしたんだろう?チラリとロビンを見ると、肩を竦められた。
「え、何?ロビンはわかってるんでしょ?」
「まあ、何といいますか……婚約者のアリシア嬢には渡さないで、姫さんにだけ渡したってのが答えですよ」
「は?え?本当に??」
「ま、初恋は実らんものです」
「えー変われば、変わるものだね」
シレッとした表情で頷くロビン。それにしてもよく気がついたものだ。僕も比較的人の感情には聡い方だと思っていたけど、ライルのルティアへの気持ちは全く気が付かなかった。
昔に比べれば仲良くなったな、とは思っていたけど。
「それよりも、旦那様よりちょっと気になる手紙が来てるんですが」
「お祖父様から?」
「別の魔鳥が運んできました。俺宛で」
「ロビンだけに?」
「はい」
その言葉に眉間に皺を寄せる。ロビンだけに手紙を飛ばすなんて、身内に敵がいるといわれている気分だ。
「それで……お祖父様はなんて?」
「それがそのですね、『良い拾いものをした』と」
「良い拾い物?」
「いや、本当にそれだけなんっすよ」
「何を拾ったんだろ?」
僕とロビンはお祖父様の謎々みたいな言葉に頭を悩ませるのだった。
***
ヒュース騎士団長とルティアを捜索する為に結成された騎士達が戻ってきた。クリフィード侯爵と、クリフィード領の騎士達の遺体と共に。
その知らせを受けて、僕とロビンも騎士達を迎えに出る。彼らは一様に疲れた表情を浮かべ、項垂れていた。
それはそうだろう。一緒に王都へ戻ってくる最中の事故、だったのだから。いや。事故といえるのかもわからない。故意なのかもしれない、ともいわれている。
ルティアを害した者をみすみす逃してしまったことで、自害した可能性もあるとヒュース騎士団長から報告があった。
何とも嫌な終わり方だ。犯人の一人は逃げ、その犯人の顔を知っている者が皆、死んだ。これが故意でなくて何だというのだろう?
そんな中、一人の騎士が夜に僕の宮を訪ねてきたのだ。
「これは……?」
「もしもの時の為に、とクリフィード侯爵から預かっておりました」
「もしもの時って……」
「わかりません。私にはそれ以上は何も……それに何故、私だったのかも」
「騎士団長はこのことを知っている?」
「いいえ。ロイ殿下か、もしくは陛下にのみこの手紙の存在を明かすようにといわれておりましたので」
「そう……わかった。この手紙は僕が預かる」
「ーーーー申し訳、ございません」
そういって彼は僕に頭を下げた。僕は何故謝るのかと聞いたら、侯爵を助けられなかったからだと呟く。彼は丁度、侯爵の側にいたらしく、土砂に巻き込まれそうになった時、侯爵に突き飛ばされて助かったのだと……
「そう、だったんだ。それじゃあ、君の命は侯爵が生かしたんだね」
「はい……」
「なら、君はその命を大事に、仕事を全うしないとね」
「っ……はい!」
彼、アルジム・ヴァレッドは僕に深々と頭を下げると、騎士団の寮へと戻っていった。
僕は手元に残された手紙を見る。侯爵が、騎士団長ではなく一人の騎士に託した手紙。それは騎士団長に見られては困るからだろうか?ではその入れ知恵をしたのは誰か?
「ロビン」
「はい」
「お祖父様は、『良い拾いもの』をしたんだよね?」
「そう、ですね」
「それって『物』じゃなくて、『者』の可能性もあるんじゃない?」
「え、でも……」
「ま、可能性の話だよ」
「そりゃあ、そうっすけど……」
王都の騎士よりも先に、カタージュの騎士達が侯爵達に接触したはずだ。そしてカタージュの騎士達は、王都の騎士に合流せずそのまま戻ったと聞く。
カタージュの騎士が戻らずに、彼らの後をつけていたら?そして、わざと事故を起こして……でも、事故を起こして死を偽装する理由は何だ?
そんなことをしても侯爵には何のメリットもない。ルティアを殺そうとした犯人を逃したけれど、顔を知っている。それで殺害される可能性を考えたとか?
いや。それも違うな。だったら侯爵は迎え撃つはずだ。ルティアから聞いていた人物像からも、そんな逃げを打つような人じゃない。
「お祖父様がちゃんと説明してくれれば良いんだけどね」
「それを聞くにはカタージュまで行かないと難しいっすね。でも俺は殿下の側を離れるわけにはいきませんし」
「そうだね」
ルティアからの手紙。その中身を確認する。
手紙の中には「クリフィード侯爵は、悪くないから罰を与えないで欲しい」と書かれていた。侯爵は、悪くない。とわざわざ強調するってことは何かあったと見るべきだな。
何かあって、侯爵が直々に父上に報告に王都へ向かった。その過程で、カタージュの騎士と会っているはず。
「殿下、どうしますか?」
「……ルティアが帰ってから考えようかな。まだ手持ちの情報が少なすぎる」
「姫さんが帰ってくるのだいぶ先じゃないっすかねえ」
「きっと今頃、ラステアで羽伸ばしてるだろうしね」
「でもきっと、侯爵が亡くなったと知ったら悲しみますね」
「うん」
ルティアはきっと、自分を責めるだろう。自分が巻き込んでしまった、って。もしかしたら、戻ってこようとするかもしれない。危険を承知で。
「姫さん、戻ってこないといいんですけどね。一応、トラットの使者が帰ったつっても、こっちに戻ってくるなら飛龍でしょうし」
「そうなんだよね。飛龍だとトラットまで行くのにラステアよりちょっと時間がかかるぐらいで着いちゃうし」
「そうなるとフィルタード派が黙ってないでしょうね」
「今から行け!とかいいだしそう」
僕とロビンはお互いに顔を見合わせると、深いため息を吐く。きっとラステアにも侯爵が亡くなった情報はもたらされているだろうけど、向こうだってルティアをトラットにやりたくないはず。
「止めてくれますかね?」
「そうでないと困るんだけどなあ」
頼むから大人しくラステアに居てくれ、という僕らの願い虚しくーーーー
僕らのお転婆姫は姿を変えてファティシアに戻ってきた。しかもコンラッド殿下と共に。一緒にいれば安心とか、そんな理由で連れて来ないで欲しかったな。
「みんな本当に、ルティアに甘すぎ!」
夜中にこっそりと宮から出ていくルティアの背に、僕は小さく呟いた。
いつもご覧いただきありがとうございます。
ロイ視点は今回までで、次からまたルティア達の話に戻ります。
ライルの好きは家族愛なのか、それとも特別な好きな人、なのかまだ本人にもわかっていません。
ただアリシアが婚約者(実際は候補なだけ)なので特別何か行動に出ることもないです。




