141.お転婆姫の帰還 2(ロイ視点)
アッシュに呼ばれたライルは、慌てた様子で僕の部屋に走りこんできた。僕はライルに何が起こったのか聞く。今は少しでも情報が欲しい。
「ライル、ルティアに渡したブローチに救難信号を入れていたと聞いたけど?」
「そう、です。その……アッシュと話して、ルティアは好奇心旺盛だし、その……ラステア国の山の中で迷子になったら向こうに迷惑かかるよなって」
「まあ、うん。その可能性は……あるよね……」
「今、あいつは何処辺にいるんですか?俺には救難信号があったことしかわからなくて、これって、どう見れば————?」
そういってライルは丸い、小さな石を手のひらに乗せて見せる。その石はチカチカと光り、救難を知らせていた。僕はその石をジッと見て、どんな魔術式が入っているのか解析にかかる。
石の中に入っている魔術式は三種類。一つは救難信号が上がった時に光るように、残りの二つは追跡ができるようになっていた。
ライルは魔術式を入れる時にロックウェル魔術師団長に相談して入れたらしく、術式の細かい内容まではわかってなかったようだ。だから使い方がわからなかった。
兎も角、これならルティアが今どこにいるのかわかる……!!
僕はクリフィード領近辺の地図を急いで用意するように侍従に命じる。待っている間に、石を加工して紐を付け、地図が来たらその上にかざし魔力を流す。ライルはそんな僕の手元を心配そうに見ていた。
石が淡く光り、地図のある一点で止まる。
「兄上……これは?」
「これはルティアがいる場所。そこを示しているんだ」
「ルティアがいる場所……森の、中……ですよね?」
「そうだね。予定では、今頃クリフィード領に入ってるはずなんだけど……その手前の森で止まっている」
手前の森で止まって、動かない。そして救難信号。嫌な想像が頭の中をグルグルと駆け巡る。ルティアに何かあったら、どうしよう……!!
「ルティアは、無事、なんでしょうか……?」
震える声でライルが僕に聞いてくる。そんなの僕が知りたい!そう怒鳴りつけたい衝動を抑え、わからないと首を振った。ライルが悪いわけじゃない。むしろライルが救難信号の入ったブローチを渡していたことで、ルティアの今がわかっているのだ。
彼を責めるのは筋違いというもの……と、そこまで考えて、もう一度、ルティアの持っているブローチとペアになっている石を見る。
「……これは、魔石?」
「え?」
「ライル、この石はどうしたの?」
「その石ですか?それは、その……ルティアが旅立つ前に、何か持たせられたらと母上に相談して、そしたらブローチに魔法石を仕込んでは?と」
「リュージュ様が?」
「はい。でも、石自体は元々預かっていた物だといっていました。だからルティアが持つのが相応しいって」
その言葉で、ルティアが持たされたブローチに付いている石は全て魔石だと確信する。こんな細かい魔石は流通に乗せられなくはないが、使用用途があまりない。
それを取っておいたのは誰か?答えは一つだ。
「そうか。リュージュ様が預かっていてくれたのか」
「どういうことですか?」
「僕たちの母上が亡くなった時、魔石が無くなっていたんだ。でも父上は特に何もいわなかったし……それを知ってるロビンやうちの執事長が変だな、って話してたんだよ。でも死ぬ前にリュージュ様に預けていたのなら納得だ」
僕の言葉にライルは首を傾げた。それはそうだろう。ライルにとってみれば、僕らの母上はあまり良い印象はない。
「母上と……その、兄上の母上は……仲が良くなかったのでは?」
「いや、比較的良好だったよ。忙しい合間を縫って母上のお見舞いにも来てくれたし。それに覚えてないと思うけど、君は乳母じゃなくて僕らの母上に育てられてたんだよ」
「え?」
「元々、母上は乳母を雇ってなかったから……ルティアが生まれた後に君が生まれたろ?だから、母乳は十分出たからそのまま、ね」
ライルは驚きのあまり口を大きく開けている。きっと誰もライルにこの話をしなかったのだろう。まあ、していたら悪い印象を持つはずもないのだけど。
「俺は、ルティアと乳兄弟だったんですね」
「そうだね。聞いた話だと、父上はそもそも王位に興味がなくて王族としての教育はソコソコしか受けなかったんだ。それが急に王位を継ぐことになった。母上だって正妃の教育は受けていない……そこに君の母上であるリュージュ様が正妃になった」
「えっと……母上は、身代わりになったということですか?でもどうして?」
「君を守る為、というのもあるけど……伯父上がやり遂げたかったことを手伝いたかったのもあると思う」
そういって伯父上がやろうとしていた法案の話を簡単に説明する。リュージュ妃とハウンド宰相はそのサポートをずっとしていた。どちらが欠けても、法案を通すことは難しい。現状、その法案は父上とハウンド宰相、そしてリュージュ妃が協力して何とか通そうとしているけれど。
その件は別にしても、母上に正妃の仕事が務まるとも思えない。聞いただけで結構なことをやらかしているのだ。アカデミーには武勇伝がいくつも残っている。
教授陣からは問題児の多い学年だった、とも聞いているし。アレは暗に問題を起こしてくれるなよ?と釘を刺してきたんだよね。
そしてもう一つ、ライルに話をする。これはとても大事なこと。父上とリュージュ妃の関係。
「ライルは父上とリュージュ様の仲が良くないなって思わなかった?」
「思って、ました……どうして父上は正妃である母上に冷たいのだろうって」
「それね、たぶんだけど……リュージュ様はこの国の正妃であって、父上の正妃ではないんだよ」
「この国の、正妃……?」
「そう。リュージュ様の心の中にはずっと伯父上がいて、父上もそれをわかっている。義理の姉として、国の正妃として接することはできても妻ではないんだ」
「妻じゃ、ない」
「リュージュ様にとっても父上は夫ではないと思うよ。今度、聞いてごらん。こちらに招待して、こっそりとね。きっと聞いてくれるのを待ってると思う」
ライルは小さく頷く。ライルにとってみれば全く知らない人。父上の方が、自分の父親という感覚が強いだろう。でもきっと————リュージュ妃だって話したいはず。
あの人、ライルの件でも思ったけど結構口下手なんじゃないかなあ。父上が結構話す人だし、伯父上も同じように話すのが好きだった可能性がある。そうなると、話す前に察してもらえて必要なこと以外、話してなさそう……
そんなことを考えていると、ロビンが父上の元から戻って来た。僕は地図を引っ掴むとライルと一緒に父上の元へ向かう。
***
「父上!お話があります!!」
父上の執務室に飛び込めば、ハウンド宰相と急いできたと思しきヒュース騎士団長がいた。流石に話が早い。
「ロビンから話は聞いている。クリフィード領のあたりで救難信号が上がったそうだね?それはルティアが上げたもので間違いないのか?」
「はい。ライルがルティアに持たせた石とペアになる石を持ってきてくれましたので」
そういうと僕は手に持っていた地図をテーブルに広げ、先ほどと同じように石に魔力を流す。石はふわりと光り、ある一点を示している。
それは先ほどと同じ位置。場所はあまり動いていないようだ。
「どう、思う?」
父上の言葉にハウンド宰相とヒュース騎士団長は苦々しい表情になった。僕らはその様子を眺めていることしかできない。この魔石には追跡用の魔術式が二種類入っているが、持ち主の状態がわかるわけではないのだ。
簡単にいえば————例え死んでいても、ブローチを持ってさえいれば居場所がわかる。それだけの代物。
「……申し訳ございません、陛下」
「リカルド、俺が聞きたいのはそんな言葉じゃない」
「そう、だな。そうだ。直ぐにクリフィード領へ捜索隊を……」
「あちらに行くのは馬を走らせても一週間以上かかります。そもそもそんなに走らせたら、馬だって途中で潰れますよ」
「そんなことはわかっている!!」
ハウンド宰相の言葉に、ヒュース騎士団長が怒鳴り返した。そう。誰だってそんなことはわかっている。救難信号が上がった、ということはそれだけの非常事態が起きているということ。
一週間以上、そんな時間がかかっていたら、ルティアは本当に死んでしまうかもしれない。今だって無事かどうかわからないのだ。こんな時、ラステアの飛龍だったら……きっと、直ぐに辿りつけるのに。その手段が僕らにはない。
「————クアドを、レイドール伯爵へ飛ばしますか?」
そういったのはロビンだった。急なロビンの発言に、ハウンド宰相は勿論、ヒュース騎士団長も驚いて手を腰の剣に伸ばしている。
ロビンはそんな二人を無視して言葉を続けた。レイドール領からの方が王都から人を送るよりも、クリフィード領に近い、と。
「陛下、クアドは魔鳥です。夜目も利きます。今すぐ飛ばせば、明日の昼にはレイドール伯爵の元へ行けます」
「そうか、そうだな……」
「アイザック!ルティア姫の捜索をレイドール伯爵に頼むというのか!?」
「リカルド、どちらが安全かはわかるだろ?」
「しかしっ……!!」
父上の言葉に、ヒュース騎士団長は難色を示す。それはそうだ。ヒュース騎士団長にしてみれば、王都の騎士は信用できないといわれたようなもの。挽回の機会すら与えられなければ、ヒュース騎士団長としても立場がない。
「陛下。必ずしも彼らが手を出した、とは限らないのでは?クリフィード領の手前の森を指しています。森に夜盗がいた可能性も捨てきれません」
「しかし、このタイミングだぞ?」
「このタイミングでも、です。たらればは意味がない。それに、王城からでも見える救難信号です。クリフィード領の騎士達が気付かないはずがない」
「クリフィード領、か……クリフィード侯爵はルティアに良くしてくれていたな」
その言葉にハウンド宰相が頷く。そうか、確かにフィルタード派がやったとは限らない。可能性としてはとても高いけど、証拠がなければただのいいがかりだ。
父上は少しだけ悩み、ヒュース騎士団長に指示を出す。
「リカルド、クリフィード領に騎士の派遣をしてくれ。なるべく第四から第五の騎士を選んでくれ」
「第四から、第五か。そうか。彼等なら……」
「もちろん派閥の息がかかっていないか良く調べてくれ。それとロビン、レイドール伯爵にも連絡を」
「承知しました」
「陛下……」
父上の決定にハウンド宰相が難色を示す。でも父上は意見を変えなかった。
「人手は多い方が良い。それに……レイドール領の者なら何が何でもルティアを守ってくれる」
「そう、だな。……第四と第五の騎士にも伝えておく」
「頼んだ」
「では、石はどちらに?」
少し沈んだ声のヒュース騎士団長を横目に、僕が石を差し出すと、父上は石をジッと見る。どうやら魔石だとわかったようだ。
「この魔石はもうこれだけか?」
「え、あ、あの……離宮にまだ、同じ色の石があります」
「これは、ライルのだったのか?」
「いえ、母上が……」
「リュージュが?」
「父上、母上がリュージュ様に預けていたようです」
「ああ!アレか。なるほどな。ライル、ではその石を直ぐに持ってきてくれ。この石と対になる石に追跡の魔術式をかける」
「は、はいっ!」
ライルは勢い良く返事をすると、アッシュと一緒にまた離宮へと戻っていった。
もうちょっとロイ視点は続きます……!




