133.王都へ! 1
ファーマン侯爵との話し合いが終わり、私とカティア将軍は龍の世話をしようと準備を始める。
それを不思議そうに侯爵は眺めていた。
「えーっと……姫殿下?」
「私とお姉様は龍のお世話に来てるのよ?」
「……何かここで話し合いをしているわけではなく!?」
「え?もしかしてその為にここに来てると思っていたの?」
私がそう尋ねると、何かしらの秘密の話でもしていると思ったらしい。私達は純粋に龍の世話に来ているといえば、侯爵はちょっとだけ遠い目をした。
そりゃあ、確かに普通のお姫様は龍の世話なんてしないだろうけど、私は龍が好きなんだから良いじゃない。
またぷくりと頬を膨らませそうになり、ハッと自分の頬に手を当てる。ダメダメ。気をつけないとね!
「あ、そういえば、ファーマン侯爵はどうやって中に入ったの?」
「私ですか?私も認識阻害の魔法石を持っているので、ちょっと地味な格好をして業者を装ってみました」
「ちょっと、地味な格好……」
「地味ではないですか?」
「地味だけど、業者というには質が良すぎると思うわ」
侯爵の服装は、侯爵という人が着るには確かに地味な作りの服だが、質が良いので業者には見えない。きっと認識阻害の魔法石の力が大きかったのだろう。
「もう少し研究が必要ですかな」
「そうね。でもこんなことそう何回もあることじゃないし……」
「そうあってもらいたいですな!」
「多分大丈夫よ!」
私が大丈夫!というと、侯爵は疑いの眼で私を見てきた。そんなに何回もないわよ!こんなことがたくさんあっても嫌だもの。心の中でブーブーと文句をいいつつ、でも絶対に無いともいい切れないのが悲しいところだ。
「ひとまず、私は先に戻らせて頂きますね。ファスタ殿にも話を通さねばなりませんし」
「あ、でも……」
「ええ、わかっております。ファスタ殿にも内密に、ということですね」
「そうなの……本当は知らせて謝りたいけれど」
「……姫殿下、今回の出来事はまだ事件か事故かもわかりません。もし事件であるならば、この事件を引き起こした者が悪いのです。姫殿下のせいではありません」
「でも、きっと私の味方をしたからだわ」
そう呟くと、侯爵は首を振る。
「私だって姫殿下の味方です。ですが今の今までピンピンしておりますよ?」
「だってアリシアが……ライルの婚約者だもの」
「候補、ですけどな。ですが、婚約者はアリシアでなくとも良いのです。アリシアの話では、最終的にアレでしたでしょう?別に前倒しにしても良いんですよ」
「そういうものかしら……?」
確かにアリシアの話の通りなら、ファーマン侯爵家はアリシアの断罪と共に没落してしまう。未来の国母を殺そうとした者を輩出した家門として。
いじめは悪いことだけど、普通はそれだけで処刑されることはない。だがアリシアの話の中ではそれが実際に起こったという。つまりそれは、アリシアを……ひいてはファーマン侯爵家が邪魔だったのでは?と。私達はそう考えた。
ファーマン侯爵家の領地はトラット帝国とフィルタード侯爵家に挟まれた場所にある。つまりトラット帝国が何の憂いもなく、ファティシアに乗り込むにはファーマン侯爵家は邪魔なのだ。
「邪魔、という意味では今もきっと変わらんでしょう。ですが彼らは私に手を出してきていない。いくら姫殿下の味方をしたからといって、即殺めたりはしないはずです」
「そうかな……」
「そこまで愚かではないと思いたい。ですが、証拠がない現時点では何もしようがないのです。あまり姫殿下が気を揉まれませんよう……元気な姫殿下が一番ですよ?」
私はその言葉に頷く。落ち込んでいると、よくないことばかり考えてしまうし。もう少し、気分を持ち上げないといけない。パチン、と両手で頬を叩くと侯爵にニッと笑いかける。
そんな私の姿に侯爵も、私も頑張りますぞ!といって龍舎を後にした。
***
龍達のお世話が終わり、私と将軍はまた馬に乗って館に戻る。するとネイトさんが私達を出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ、お二人とも」
「ただいま戻りました!」
「ええ。お疲れ様です」
そんな会話をしていると、将軍がネイトさんにコンラッド様の予定を確認してくれる。そうだ。侯爵がファスタさんに話を通してくれるといっていたけど、私達もコンラッド様に話を通さねばならない。
「王弟殿下でしたら、お部屋に……何かありましたか?」
「ああ。ちょっとな。ある提案を受けた」
「提案、ですか?」
「今やろうとしてることよりは、安全に王都へ向かえる提案だ」
将軍はニッと笑うと、私とネイトさんを連れてコンラッド様の部屋に向かう。部屋の扉を叩けば、スタッドさんが出迎えてくれた。
「将軍、何かありましたか?」
「ああ、少し相談事がある。王弟殿下は暇だな?」
「暇って……貴女……」
「良いよ、スタッド。みんなに中に入ってもらうといい」
困惑したスタッドさんに中からコンラッド様が返事をする。私達は、そのまま中に通され、龍舎内であったことを将軍がコンラッド様に報告した。
「なるほど、その手があったか……」
「普通なら、引き継ぎにそこまで時間はかからないのですけど、今回は特殊な事態でしたので」
「引き継ぎに時間がかかった、か」
「はい」
私が頷くと、それと合わせて昨日私が推測した話も将軍は話して聞かせた。あまりにも傍若無人に振る舞うドエクス伯爵達と、王命を携えてきた使者達。
選んだ人間が違うなら態度が違うのも頷ける。
「なるほど、それなら彼らが早々に引き上げた理由もわかる。失敗した場所に長く留まるのは自分達の首を絞めるからな」
「王命を携えた使者がいるわけですしね。彼らにしてみれば、自分達が王命できたわけではないことを知っている者達ですから」
コンラッド様に同意するようにスタッドさんも頷く。確かにフィルタード侯爵が勝手に送り込んだ役人と、王命できた役人とでは完全に立場が違う。
本人達がそこまで気にするかは別として、心象が悪いのだけは確かだ。葬儀の場であんな醜態を晒したわけだし。
しかもファスタさん達はこれから王都へ向かい、尚且つお父様に謁見するのだ。
彼らの行動が告げられれば、下手すれば降格処分も免れない。いや、むしろ降格処分ぐらいして欲しいけれども!と、そこまで考えて、もしかしてファスタさんも危険なのでは?と思い至る。
「あの……まさか道中待ち伏せして、ファスタさん達に何かするなんてこと、ない……ですよね?」
「それも考えての飛龍で王都に向かう、なんじゃないかな?」
「空路が一番安全だしねえ。落ちなければ、だけど」
確かに空路は安全だ。落ちなければ。うん。落ちたら絶対に助からないけど。
龍騎士隊の人達はみんな命綱なしで飛龍に乗っているが、私はまだ命綱をつけている。念のため、とはいわれるけど、いつかは無しでも乗れるようになりたい。
「ひとまず、王都にこっそり侵入しなくて済むのであれば願ったり叶ったりですね。こっそりですと少人数で行かなくてはならないですし」
「私とネイト、それにカティア将軍、姫君、殿下の五人だけとはいえ、やはり心配は心配ですからね」
ネイトさんとスタッドさんはそう頷き合う。彼らにしてみれば、コンラッド様の安全が第一だし、私のワガママで王都に向かうことはリスクが高く見えたはず。それなのにこんなにも協力してくれるのだからありがたい限りだ。
私も安全に戻れるならそれに越したことはない。何せファスタさんを送り届ける!という大義名分があるのだから!!
ーーーーコンコン、と扉が叩かれる。
スタッドさんがコンラッド様に視線をむけ、コンラッド様もそれに応じるように頷く。
「はい、ただいま」
そういって扉を開けると、どうやらファスタさんとファーマン侯爵が一緒にきたようだった。スタッドさんは、二人をそのまま中に案内し、私はネイトさんに頼まれてお茶の準備をする。
一応ね!私は侍女としてきてるから、この中で序列が低い私がするのが当然なのだ。そんな私の姿を見て、侯爵がギョッとした目をしたけれども。
私がちょっとだけ睨むと、誤魔化すように視線をさまよわせた。そんなんじゃバレちゃうじゃない!!もう!!
テーブルにつくファスタさんと侯爵、それにコンラッド様の前にお茶を置いていく。ちょっとは様になっているのではなかろうか?
でもきっとユリアナの方が優雅に置いてくれるかな……まだまだ精進が必要かもしれない。
「お忙しいところ、申し訳ございません。コンラッド様」
「いえ、こちらこそ過ごしやすい環境を整えていただきありがとうございます」
「そんな……我々こそ、申し訳なく。あのような者達が未だにいるとは恥ずかしい限りです」
「お気になさらず。クリフィード侯爵家や、侯爵領がそうではないことは存じております。そして場所が違えば、他国の情報が入りづらいことも」
コンラッド様の言葉に、ファスタさんは頭を下げた。確かにそうかもしれないけど、でもやっぱり腹は立つ。でもあんな人達だけではないと信じたい。
違う文化を尊重しつつ、みんなで手を取り合えることが大事なのだから。
「それで、その……厚かましいとは思いますが、ラステア国の飛龍で私を王都まで運んではいただけないでしょうか?」
「ええ、その話を今ちょうどしていたところです。我々としても問題ありませんよ。クリフィード侯爵領が落ち着く手伝いをできるのでしたら、これほど手伝いがいのあることはありませんしね」
「ありがとうございます……!」
「ああ、それとファーマン侯爵、貴方もいかがですか?」
「私も、ですか?」
「ええ」
そういってコンラッド様はニコリと笑う。そうか、きっと侯爵も一緒に戻ると思われている。そこを狙われたらたまらない。きっとそこまで考えたのだろう。
「わ、私の歳でも大丈夫ですかね?」
「我々の飛龍は人を乗せ慣れているので安定してます。もし不安でしたら、カゴで運ばせますが?」
「カゴ、ですか?」
「飛龍と飛龍の間にカゴを吊り下げて運びます。それなら人数が運べますし」
「なる、ほど?」
それなら、と侯爵は頷く。意外にも高いところが苦手らしい。そして話がまとまったところで、ファスタさんと侯爵は部屋を後にした。
細かい話はネイトさんが出向いて詰めるそうだ。
ーーーーこうして私達は、安全なルートで王都へ旅立つことが決定した。
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