132.再会は、突然に……?
龍舎の中では龍達がグルル、グルル、と騒いでいる。カティア将軍は剣を手に龍舎の奥を睨んでいた。
私が将軍の背から顔を覗かせ、奥を見るとそこにいたのはーーーーちょっと青い顔をしたファーマン侯爵だったのだ。
「……ファーマン侯爵様?」
「そ、うです。できればその、剣をおさめていただけると……」
「ファティシアの五大侯爵家のお一人である方が、何故に我が国の龍を預けている龍舎へ?」
将軍は鋭い声で侯爵を詰問する。確かにラステアの龍がいる状態で龍舎へ勝手に入り込むのはマナー違反だと思う。それにしても門番の人達も何もいわなかったな、と私は不思議に思った。
いくら侯爵とはいえ、門番に何もいわずに入れるわけがない。もしも門番に声をかけて入ったなら、彼らは何かいうはずだ。それとも口止めされたとか?色んな状況を考えるが、何となく納得できない。
そもそもそんなに龍に興味あっただろうか……?
アリシアからそんな話は聞いていないし、それにコンラッド様が王都へ来てる時に龍を見に龍舎へ来たこともない。それなのに何故?
「カティア将軍、実はその……貴女が連れていらした、そちらの妹君のことでお話があるのですが」
「ルーのことで?いっておきますが、ファティシアに嫁にはあげませんよ」
「ーーーー将軍」
「何でしょう?」
私のことで話とは何だろう?ドキドキしながら二人の睨み合いを見守る。すると、侯爵はポケットから円錐状にデザインされた魔法石を取り出した。
それには見覚えがある。というか、私も持っているヤツだ。秘密の話をする時に使う魔術式が入れられている、魔法石。
将軍はその魔法石に警戒を示したが、私は将軍の服をクイクイっと引っ張って危険なものではないと首を振る。私の反応を見た侯爵はその魔法石に魔力を注ぎ、龍舎内に術式を張り巡らせた。
そして、スッと息を吸ったかと思うと……
「姫殿下っっ!!どーしてファティシアに帰ってきてるんですかっっ!!」
と、すごい声量で怒られる。将軍はあちゃーっと、剣を持っていない手で顔を覆い空を仰いだ。私はコソコソっと将軍の後ろに隠れ、そしてちょこっと将軍の後ろから顔を出すと、愛想笑いを浮かべる。まさかバレていたとは……
将軍は私の態度に警戒を完全に解き、剣を鞘に納めると私と侯爵のやりとりを見守る姿勢をとった。せめて擁護だけはしてもらえますように、と祈りながら侯爵に話しかける。
「よ、よく分かりましたね……ファーマン侯爵」
「わからいでか!!幼き時より、アリシアと共にお育ちになった姫殿下を見ているのですよ!?」
「ああ……ルーちゃんの癖でバレたのね」
「そうですとも。昔から不服な時はぷくりと頬を膨らませておりましてね……アリシアはそれが可愛いと申しておりました」
「確かに!頬を膨らませたルーちゃんは可愛い!!」
そうでしょう、そうでしょう。と侯爵は頷く。いや、待って……私そんなに頬膨らませてる!?そんなに不機嫌な時ってわかりやすい!?何だかショックだ。
思わず両手で自分の頬をムニムニとおさえてしまう。
「いや、そうではないんですよ。カティア将軍、そもそもどうして姫殿下をファティシアへ?今はトラット帝国と微妙な時期。しかもクリフィード侯爵が亡くなったというのに……」
「ファーマン侯爵、ファティシアに戻るのを決めたのは私です。クリフィード侯爵が亡くなったのに、何もせずにラステアにいるなんてできなかったから」
「ですが、ご自身が戻ったところで何かできるわけでもないのは、姫殿下ご自身も良くおわかりですよね?」
「ええ。でも、私は確認しなきゃいけなかったの」
「確認、ですか?」
「私はクリフィード侯爵に手紙を渡しているの。お父様に宛てた手紙を。その手紙の行方を知りたくて……」
「それは、コンラッド殿下にお願いするわけにはいかなかったのですか?」
その言葉に私は首を振る。確かに少しは考えたけれど、これ以上関係ないことで手を煩わせるわけにはいかない。
いや、まあ……私が付いてくることで、手を煩わせてはいるけれど。それに、コンラッド様は優しいから、お父様と話した全部のことを私に教えてくれるとは思えなかったのだ。
「私のせいで、クリフィード侯爵が亡くなったかもしれないんです。人任せにはできません。私には知る義務がある」
「姫殿下……それで、髪と瞳の色を変えていたのですか?」
「はい。あ、でも……認識阻害が入っているのに、よくわかりましたね?」
「確かに思い出そうとするとぼんやりとしかわからないのですが、私は姫殿下との付き合いが長いですからね」
「付き合いが長い人だとわかる、ということですか?」
「それもありますが、やはり癖、でしょうか」
癖、癖かあ……確かに私と長くいる人なら、私の癖を知っているだろう。
フィルタード派の貴族達で私の癖を知る人はいないだろうけど、それでも危険なことには変わりない。
この姿でいる時はなるべく頬を膨らませないように気をつけよう。そんなことを心の中で誓うと、私は侯爵に今の王都の状況を尋ねた。
「ファーマン侯爵、今王都ではクリフィード侯爵のことはどうなっているんですか?」
「……クリフィード侯爵が、自責の念に駆られ、捜査に関わった騎士達を道連れに自害した、という話が出ていますね」
「そんな……!!」
「ですが、陛下はそんな話は信じておりません。事故か、それとも故意か、お調べにはなっております」
「何だか含みのあるいい方ね?」
「陛下ご自身が指名して、ヒュース騎士団長が現場を調べましたが状況は芳しくないようですね」
芳しくない、ということは証拠がない、と同義だ。お父様の時もそうだった。現状、事故となっているけれど……五年前の崖崩れ。あの時も現場を調べたが、人工的に起こされた形跡が発見できなかったのだ。
まるで自然に起きたかのように。不自然さなんてどこにもなかったと、報告が上がっている。でも私達が乗っていた馬車にも、他の人達の装飾品にも魔力封じの石が紛れ込んでいた。
アレが人的ではないとしたら、何だというのだろう?雨だって降っていなかったし、天候に問題はなかったはず。そんな状況で崖崩れが起こるなんて……
「……まるで、五年前の再現のようですね」
「……はい。陛下もそのように仰っておりました」
「五年前?」
私達の話に今度は将軍が首を傾げた。私は五年前に起きた、表向きは事故となっている崖崩れの話を簡単に説明する。
「確かに、ご丁寧に魔力封じの石を紛れ込ませておいて、その崖崩れが事故であるとはいいづらいわね」
「でも……証拠はなにもないのです」
「一応、我々が救助した後に宝飾品の入った袋を回収したのですが……魔力封じの石が軒並み割れていて、誰が仕込んだのかもわからず仕舞いです」
「え、壊れてたの?」
侯爵の言葉に私は驚いた。てっきり証拠として保管されているものだとばかり思っていたのだ。
「あの時は、陛下や姫殿下、それにマリアベル妃を安全な場所にお連れすべく動きましたので……宝飾品の入った袋の回収は後回しになってしまったのです」
「つまり、わざわざ壊して放置した?」
「はい。もっとも使われていた石はあまり質の良い物でもなかったので、魔術式を展開しようとした時の魔力に反応して、後に壊れた可能性もあります」
「うーん……そっちの方が筋は通るかしら?普通、魔力封じの石だけ壊して他を置いていくなんてないと思うけど」
「宝飾品は売ろうとすると足がつきますからね」
そういって侯爵は肩を竦めた。確かにそっちの方が宝飾品を置いていったことにも納得がいくかも?でも咄嗟にみんながみんな魔術式を展開させるべく、魔力を使ったりできるだろうか?
それなりに訓練をした人なら兎も角、侍女達にそんなことができたとは思えない。それとも主要な人にだけ魔力封じの石を紛れ込ませた?今更ながら謎が深まる。将軍もそのことに疑問を持ったようで眉を顰めた。
「ふーん……五年前と同じ状況がまた起こった、ということね。でも偶然として片付けるには、出来過ぎな気がするわねぇ」
「ええ。確かに。陛下もそのことを気にされております」
「そういえばクリフィード侯爵と途中で出会った騎士達は誰なんですか?」
「第四騎士団です」
「第四騎士団……どちらかといえば、貴族からでなく一般から騎士になった人達が多いところですよね?」
「ええ、そうです」
騎士団は第一から第五まであり、各々騎士団長が団をまとめている。その中で第四と第五騎士団は貴族子弟からではなく、一般からアカデミーの騎士科に進んだ人達が多く、実は貴族子弟よりも素行が良い。
貴族子弟の中には横柄な態度をとる騎士も少なからずいるのだ。まあ、一番横柄な態度を取るのは、フィルタード派の近衛騎士達だけどね!!
五年前のライルの件があってから、多少はマシになるかと思ったけど全く変わらなかった。彼らはもう、騎士ではないのだろう。
ちなみに現在のヒュース騎士団長は、第一から第五までをまとめる総団長だ。
「第四と第五は平民からの成り上がり的な位置づけなのね?何だか格好いいなあ。私はそういう子達は好きだわ」
「成り上がり、というと微妙ですけど……概ねそんな感じですね。お姉様だって、将軍になるまでは大変ではなかったですか?」
私がそう将軍に尋ねると、侯爵は何だか微妙な顔をした。
「その、ですね……カティア将軍、姫殿下が妹というのは……?」
「ああ、私の妹ということで連れてきてるのよ!」
「それは、わかるのですが……わかるのですが……」
「だって誰かの身内、ってしないと連れて来れないじゃない?ルティア姫殿下を連れてくるわけにはいかなかったし」
「そうですよ。それにお姉様はとても良い方ですよ?」
そうだけど、そうじゃないんですよね……と侯爵が呟く。何が引っ掛かっているのだろう?それにちゃんとラステアには『ルティア姫殿下』がいる。
だから一応、大丈夫なんだけどな、と内心で思っていると、侯爵が私の顔を見ながらため息を吐いた。
「はあ、とりあえず……姫殿下は王都へ向かわれるおつもりで?」
「ええ。飛龍でなら、闇に紛れればこっそりと王都へ戻れると思って……」
「こっそりと……?」
「だって、下手にコンラッド様が王都へ行ったら、私から何か伝言を預かってきたと思われて狙われる可能性があるでしょう?それは困るもの」
「こっそりと王都へ向かってバレた時の方が困りますよ」
「それは……そうですけど……」
でもそれ以外に戻れる方法はない。だから闇夜に紛れて少数で王都へ向かおうとしているのだ。
「そうですな……新しいクリフィード侯爵は、爵位を陛下から頂かねばなりません」
「ええ、そうね。現時点では仮に認められているだけで、正式ではないもの」
「ですが、前侯爵の亡くなり方に不審な点があったと、引き継ぎに時間がかかりすぎました」
「普通は突然亡くなった場合でも一ヶ月ぐらいで継ぐものね」
「つまり!新しいクリフィード侯爵は急いで王都へ向かい、急いで領地に戻らねばなりませんな?」
侯爵の言葉に、私はハッ!とする。その方法なら、私達は堂々と王都へ向かえるし、ファスタさんが爵位をもらったら即、戻ることも不自然ではない。
だって飛龍の移動が一番早いのだから!!
「姫殿下、今回きりですぞ?アリシアもきっとラステア国で心配しているでしょう」
「そうね。でもきっとアリシアは私のやることは止めないわ!」
「それもそれで困るのですが……」
とほほ、といいながらも侯爵はファスタさんに話を通してくれると約束してくれた。
いつもご覧いただきありがとうございます。
ファーマン侯爵にとってルティアはアリシアの友人、というだけでなくもう一人の娘のような存在でもあります。
なのでダメな時はダメ!と叱ることもします。娘を溺愛してるだけじゃないんですよ……!!
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