122.女王陛下とモブ王女の秘密のお茶会 2
ひとまず、わたしはみんなで話し合った内容をランカナ様とコンラッド様に伝える。
リーナから提案された、リーナと入れ替わり私がリーナのフリをしてファティシアに戻るという方法。その話にランカナ様とコンラッド様は難色を示した。
「ふむ。確かに、従者のフリをして戻るのであれば、姫本人が戻るよりも安全ではあるが……狙われる可能性がないわけではないな」
「それは、わかってます。私でもリーナでもどちらも狙われる可能性はあります」
「できればカーバニル殿がいうように、ラステアに残った方が安全では?無理に戻らずとも、俺が陛下に確認しに行きますよ?」
コンラッド様にお願いすれば、確かに安全かもしれない。
一応、私が手紙に認めた内容はコンラッド様に知られても問題ないとは思う。でもいくらお世話になっているとはいえ、そこまでお願いしてしまっていいものなのか?とも思うのだ。
それに、クリフィード侯爵の最後がどうであったのか、それを確認したい。事故の現場を見て私に何かわかるとは思えないけれど……
このタイミングでクリフィード侯爵に何かあったということは、偶然ではないと思うのだ。アリシアの話すシナリオにはない、侯爵家の不幸。それがとても気になる。
私がアリシアの話を聞き、動いたように、向こうにもヒロインの話を聞いて動いた人間がいるのかもしれない。
もっとも、アリシアのいうシナリオは、殆どがアカデミーでの出来事。実際には侯爵家に不幸があったのかもしれないし、ヒロインが向こうに付いているとも限らない。
全ては推測の域をでず、何が正解かなんてわかりようもなくて……それでも何もせず、報告だけを待っているのはイヤだ。
「私、どうしても自分で確認したいんです」
「確認、かえ?」
「はい。もちろん、我が国の騎士達が調べたあとです。私に何かわかるとは思えません。でも、見なければいけない」
「侯爵の死は姫のせいではない。が、それでも見る必要があると?」
「もしも、私の考えた通りにフィルタード派が関わっているのであれば、責任の一端は私にもあります。私がクリフィード侯爵を頼ったことで起こったことになる」
無害な三番目のままでいれば、フィルタード派は私のことなんて歯牙にもかけなかったに違いない。でも私は起こり得る未来を知ってしまった。知ってしまった以上は、何もしないでいるなんてできない。
その行動のツケが誰かの死であるのであれば、私には何ができるだろう?
「姫は幼くとも正しく王族の一人であるのだな」
「私にはわからないことが多いのです。一人で出来ることにも限界がある。それでも立ち止まることよりも、行動することで変えたい……」
「さようか。ふむ……そこまで考えているのであれば、どうであろう?その姿を変えることのできる術とやらで、我が国の侍女にでもなってみるかえ」
「え?」
「ああ、そうですね。従者であるリーナを連れて行くよりも、弔問隊に付いてきた侍女の方が違和感はない」
それにルティア姫は飛龍に騎乗できるでしょう?とコンラッド様がいう。私はその言葉にコクリと頷いた。
確かに飛龍に騎乗できるし、それに弔問隊に混ぜてもらうつもりだったし……でもラステアの侍女とは??
「よいかえ?一人だけ姫の手の者がファティシアに戻るのは目立つであろう。だが弔問隊に侍女が混ざっていても違和感はない」
「それは、確かに……」
ランカナ様の言葉に、弔問隊に従者のお仕着せを着た私が混ざったところを想像する。————目立つ。目立つな!?ラステアの衣装はファティシアとは全然違う。
目立たないように戻りたいのに、弔問隊にお仕着せの私が混ざったら目立つに決まっている。
だからこそ、のランカナ様の提案なのか……空回っているのが丸わかりだ。そんなことにも考えが及ばなかった自分が恥ずかしい。
「ルティア姫のその魔法石は髪の色と瞳の色が変えられて、認識阻害も入っているのでしょう?それに我が国の服を着ていれば違和感はさらに減る」
「……私のような子供が混ざっても平気なのでしょうか?」
「そうですね。ルティア姫の姉に見えそうな年頃の武官がいます」
「姉、ですか?」
「女性ですが大変腕の立つ者です。彼女と同じ髪色と瞳の色に認識阻害が入れば問題ないかと」
でもその人は、私が行くから付いて行くことになるのでは?それは危険なことに巻き込むことにならないだろうか、と心配になる。そんな私の考えを察したのか、コンラッド様は弔問隊は既に誰を連れて行くか決めているといった。
つまりその人は既に編成されているということになる。私は弔問隊は男性のみで編成されると思っていたので、少し驚いてしまった。
「弔問隊は、男性で編成されるわけではないのですか?」
「ファティシア王国では男性中心ですか?」
「ええと……たぶん。文官が中心になって行くと思います。身の回りの世話は従者がしますから、侍女は必要ありませんし」
「なるほど。国の違いがあるんですね。我が国では特にそういったことはありません。文官、武官、両方から適任な者を選出します」
「つまり、そのぉ……」
「ルティア姫が行く行かないに関わらず、彼女が行くことは決定しているということです」
わざわざ私の為だけに選ばれるわけではない、といわれ少しだけ安堵する。
それにしてもここにも国の違いが出るのだな、と不思議な気持ちになった。ラステアでは文官も武官も男女関係なく職に付いている。
ファティシアでは男性の就業率が高いし、騎士は男性がなるもの。女性が就ける職種は侍女や文官の一部。それに魔術師団や魔術式研究機関といった、魔術に特化したかなり特殊な職種に限られていた。
でもここで問題が一つ。
私はラステアに一カ月半ほど滞在しているが、ラステアとファティシアでは作法が違う。ラステアの弔問隊の一員として行くのだ。下手な動きは、ファティシアの弔問隊に怪しまれる可能性がある。弔問隊の中には絶対にフィルタード派が混ざっているはずだし。
私のせいで誰かが危険な目にあうのは絶対に避けたい。
「あの、その、ですね……私、この国の作法はそこまで詳しくなくて……その辺も大丈夫でしょうか?」
「そうさのう……弔問隊が出立するまで数日間がある。その間に覚えるとよい」
「お、覚える……」
「なあに。人間死ぬ気になれば、何でもできよう?」
ランカナ様がにこりと笑う。
確かに私が戻りたい、といわなければコンラッド様や武官の人にも迷惑をかけなくて済む話。面倒ごとを頼むのは私なのだ。それなのに、私が知りません。わかりません。と駄々をこねるわけにはいかない。
「わかりました!私、頑張ってラステア国の人になりきります!!」
「そうよ。その心意気さ」
「……姉上」
「よいではないか。旅立つまでの間、余計なことを考えずに済む」
「はい。徹底的に叩き込んでください!!」
そういうとランカナ様はカラカラと笑いだした。
***
ランカナ様とのお茶会のあと、私はコンラッド様に連れられて武官の人達がいる区画へと向かう。
途中、訓練場の横を通り過ぎたが、訓練をしている人達の比率は男女半々といったところだろうか?想像よりも女性の比率が高い。そして男女関係なく組んで訓練をしていた。
「コンラッド様、男女で一緒に訓練をするのは危険ではないんですか?」
「そうでもないですね。逆に女性の方が強い場合もありますし……女性の将軍も何人もいますから」
「それは、その……どんな選出方法なのでしょう?」
「普通に実力と、あとは本人の資質、ですかねぇ」
「実力……」
「将軍の中には、私より強い奴でないと結婚はしないぞ!と息巻いてる方もいます」
「そ、それは……将軍に勝負を挑んで勝たなきゃいけないんですか!!」
「まあ、そうなりますかね……」
自立して働いているのであれば、そこまで煩く婚姻に関して家が口を出してくることはないそうだ。言い換えれば、親のいう通りに結婚したくないなら、実力で仕事を勝ち取り自立するしかない。
でもそれは選択の自由があっていいな、と思う。
ファティシアの王侯貴族。女性は特に、自由が少ない。お茶会やパーティーは情報収集の場。下手に相手の不興を買えば、婚姻にまで障りが出る。
みんなして噂話をして、相手の出方を伺うのだ。これは知っている?こんなことも知らないの?と。とても疲れるし、私にはとてもじゃないけどついて行けない世界。
ラステアの方が私の性格には合っているのかもしれない。
国の違いとはいえ……ラステアが羨ましく感じる時もある。もちろんファティシアが嫌いなわけではない。愛すべき、私の大切な国だ。
「さ、ルティア姫。つきましたよ」
「あ、はい!」
声を掛けられ、私は居住まいを正す。コンラッド様はそんなに緊張しなくても平気ですよ、といってくれたけど、余計な手間をかけるのだし、第一印象は大事だ。
どんな人なのだろう?とドキドキしながら待つ。
「カティア将軍、入りますよ」
ノックをし、コンラッド様が声をかけると、中でガタガタッと派手な音がする。思わずコンラッド様の顔を見上げると、少し渋い表情を見せた。
「あ、あの……?」
「大丈夫です。彼女も将軍の一人。ちょっと、整理整頓が下手なだけです」
「はあ……」
整理整頓と今の派手な音は何か関係があるのだろうか?私は首を傾げ、扉が開くのを待つ。すると、そろそろっと扉が開いた。その扉の隙間から、青白い顔色の男性が顔を覗かせる。
「よ、ようこそ。コンラッド殿下」
「カティア将軍はいるかい?」
「い、いらっしゃるにはいらっしゃるのですが……話をできる部屋ではなくてですね。あの、別の部屋ではダメでしょうか?」
「それはちょっと難しいな」
そういってチラリと私に視線をよこす。私はその視線に首を傾げた。私がいるとダメなのだろうか?それとも私がいるから他の部屋がダメなのか?
男の人はコンラッド様の視線を受け、私に視線を移す。そして、ああ……と小さな唸り声をあげた。
「た、確かに……ちょっとダメですね。はい。将軍の沽券にかかわります」
「わ、私がいると将軍の沽券にかかわるんですか!?」
「いえいえ。姫君に問題があるわけではなく、当方の将軍に問題があるだけです」
「はあ」
何だろう?何が問題なのか??私の疑問をそのままに、その人は驚かないでくださいね、と私に念を押し部屋の中へ私達を招き入れる。
一歩部屋の中に足を踏み入れて驚いた。
————部屋の中にはそびえ立つほどに積み重ねられた本の山があったのだ。
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