121.女王陛下とモブ王女の秘密のお茶会 1
これからランカナ様と、クリフィード領へ弔問に向かうコンラッド様、その二人に私が戻ることを知らせなければならない。
ーーーーそして、その方法も。
私が戻る方法は正攻法ではない。そこまでしなければならないのか?と言われるかもしれないし、そこまでするのなら戻らない方が安全では?と止められる可能性もある。
それでも戻ると決めた。でも決めただけでは戻れない。
ファティシアからラステアに付いて来てくれた人達の中で、私が戻ることを知っているのは相談した5人だけ。
悲しいけれど……付いてきた人達の中に、フィルタード派の人間が絶対にいないとは言い切れないからだ。
どこから情報が漏れるかわからない状態はとても怖い。これがリーナと入れ替わっても安全とは言い切れない理由だ。
そして戻る方法。これにも問題がある。
陸路で戻るには馬で長距離を移動しなければならない。私達がラステアに来る為に乗ってきた馬車は公式な訪問に使う馬車で、私の代わりに弔問に戻る従者のために貸し与えるのは難しいだろう、というのがカーバニル先生の見解だ。
まあ、私が強くいえば叶わないわけでもないけど、その代わり、他にも戻る人間が必要になってくる。リーナ本人なら馬車も操れるかもしれないが、私じゃ馬車は操れない。そうなると、私の代理として戻るリーナは命を狙われる可能性が高くなるわけだ。
そもそも弔問者は王都から正式に派遣される。それなのに私が個人的に弔問を従者に頼むなんてことをすれば、フィルタード派からすれば何かあったと思うに違いない。
他にも馬を使って戻るのであれば、クリフィード領の騎士達に頼んで戻る方法も考えた。だが彼らに付いて移動するのは現実的ではない。
きっと彼らは夜通し馬を走らせてクリフィード領へ戻る。それに付いて行くのは、私の乗馬の技術では難しいのだ。
ただ馬に乗れる、というだけでは屈強な騎士達と共に移動することはできない。
そうなると、一番安全な方法は一つだけになる。
コンラッド様率いる弔問隊に混ざること。飛龍を使うこと前提ではあるが、私は飛龍に騎乗することができる。
空路という点もそうだが、飛龍は移動速度が馬とは段違いに速い。それに飛龍を使えば、コンラッド様と共に秘密裏に王都まで戻ることもできる。
安全な方法ではあるが、勝手に付いて行くことはできない。きちんとランカナ様とコンラッド様に許可を取らねば失礼にあたる。
私は王城内の長い回廊を歩きながら、どう説明したものか、と考えていた。
「ううーん……やっぱり普通にお願いするしかないわよね」
リーナのフリをして、クリフィード侯爵のお葬式に出たいというのと、その後、秘密裏に王都へ戻ってお父様に手紙の件を確認したい。その為に協力をお願いしたいと……
「いうのは簡単だけど、呆れられそうな気もしなくも……いやいや、それぐらいなら別に構わないけど……」
「何が構わないの?」
「ひょえっ!?」
急に後ろから声をかけられ、私は驚いて飛び跳ねてしまう。恐る恐る後ろを振り返れば、赤い薔薇のような艶やかな髪に、翡翠色の瞳を大きく見開いたサリュー様がいた。
サリュー・レイティア元侯爵令嬢。
今はウィズ皇太子殿下の妻となり、皇太子妃として王城の一角にある後宮に住みながら、皇太子妃としての仕事に励んでいる。
昔、ウィズ殿下とのアレそれを見てしまったけれど、アレ以降はお互い良好な関係といえるだろう。妹のように可愛がってくれてるといっても良いかもしれない。
「ルティア姫、それで……どうかして?」
「あ、ええっと……その、ちょっとだけ国に戻るのに、ランカナ様にご相談をと」
「え、ファティシアに戻ってしまうの!?」
「戻るといっても少しだけです。なのでその、こっそりと……なんですけど」
サリュー様はこっそりと、の部分が引っかかったのか不思議そうな顔をする。私は、今、ラステアに留学中だけれど、お世話になったクリフィード侯爵のお葬式に出たいのだと伝えた。
でも留学しているのに勝手に国に戻るわけにもいかないので、こっそりと戻るのだと。だからこのことは内緒にして欲しいとお願いする。
「ああ、なるほど。そういうことなのですね。侯爵様のことはクリフィード領から知らせが来たと、わたくしも伺っています。大変惜しい方を亡くしました……」
「はい。とても良い方でした。厳しくもありましたけど、私に必要なことを教えてくれた方です」
「それは、寂しいですね」
そういうとサリュー様は私の頭をそっと撫でてくれる。その優しい手つきにジワリと涙が浮かんできたが、ここで泣いてはサリュー様に迷惑をかけてしまう。
それにランカナ様の元へも行かねばならないのだ。グッと堪えながら、サリュー様に頭を下げる。
「ありがとうございます。私、どうしても戻りたくて……」
「その気持ちを責める者などおりませぬよ。さ、陛下の元へ行かれるのでしょう?わたくしも途中までお供させてくださいな」
「はい!」
ランカナ様の部屋へ向かうまでの間、たわいもないことを話しながら歩く。最近のお気に入りのお香の話、庭園で新しい品種の花が咲いたこと、ウィズ殿下の仕事が忙しいから心配している、とか色々と。
その話は私が聞いても大丈夫なのかな?と思わなくもないけれど、楽しそうに話すサリュー様には憂いなんてないように思える。
一応、ヒロインが誰とも結ばれなかったら……ラステア国とトラット帝国を巻き込んだ話になるようだけど、今の状態ならウィズ殿下とサリュー様が別れるなんて事態にはならないだろう。
サリュー様はランカナ様の部屋の前まで付いてきてくれて、別れ際にもまた頭を撫でてくれた。その心遣いが嬉しい。
「では頑張ってくださいね」
「はい。頑張ってみます!」
私はグッと拳を握り、意気込んで見せるのだった。
***
ランカナ様の部屋に入ると、部屋の中に侍女や従者はおらずシンとしている。
ふわふわとお香の良い薫りが辺りに漂っているけれど、ランカナ様はどこにも居られない。もしや私は時間を間違えただろうか?と首を傾げていると、ポンと肩をたたかれた。
誰も後ろにはいなかったはず、とそっと肩をたたかれた方を振り向けば、細長く綺麗な指がぷにっと私の頬に刺さる。
「……ランカナ様?」
「うむ。妾じゃな」
「えっと、あの……誰もいませんでしたよね!?」
「そうよのう。しかし、ちぃーっとも驚かんの。驚かせがいがないではないか」
「いえ。物凄く!!ものすごっっく驚いてます!!今、心臓がバクバクと動いてますよ!!」
「そんな風には見えんのう」
そういいながらランカナ様は私の頬をぷにぷにと突っつく。
いや、物凄く驚いてますが!?敢えていうのなら、驚きすぎて声が出ないといった状態だ。本当に誰もいなかった。それなのに急に背後に気配が現れて、頬を突っつかれたのだ。
驚かないわけがない!
ランカナ様はニコニコと笑いながら、片手をスッと上げる。すると、今まで誰もいなかった場所にコンラッド様まで現れたではないか!!
「あ、え……!?え……??」
「姿隠しの術といってな、今の我が国では内緒事をする者ぐらいしかもう使えるものはおらん」
「な、内緒事……?」
「さよう。内緒事、じゃ」
内緒事、とは?と思わず聞き返しそうになったが、グッと堪える。多分教えてはもらえない。いや、教えてもらわなくてもなんとなく想像はつく。
『諜報活動』
他国の、重要な場所へ侵入する時に使う術なのだろう。そんなものを私に見せてしまっていいのだろうか?きっと物凄く高度な術のはず。
しかしランカナ様の顔を見ても、コンラッド様の顔を見ても二人とも笑っているだけで特に何もいわない。これは、もしや試されているのだろうか?
「ほほほほほ、そう、難しく考える必要はなかろうて。こんな術がある。つまりは、こっそり国に戻るのに使えるのではなかろうかとな」
「え、えっと……私がファティシアに戻ると、わかっておられたのですか?」
「そうさな。姫は情に厚い。恩あるクリフィード侯爵に何かあれば、戻らずにはいられまいて」
そういうとランカナ様は私の頭をひと撫でする。そして私の背中を押して、部屋の中庭に面した場所へと案内してくれた。
そこには既にお茶の用意が整えられていて、私とランカナ様の二人が席に座る。すると何故かコンラッド様が給仕を始めたのだ。
「あ、あの!大丈夫ですよ!?私もできます!!」
「よいよい。させておやり」
ランカナ様が手を振り、私が動こうとするのを止める。この中で一番身分が低いのは私なのに!と内心でハラハラしながらも、私はコンラッド様が嬉々として準備する様を眺めているしかなかった。
この国の王族の方々は自分のことは自分でできると聞いているけれど……だからといって、いわれるがまま見ていていいのだろうか?と思いながらコンラッド様に視線を向ける。
するとコンラッド様はガラスでできた透明の茶器の中に、コロンと丸いたわし?のようなものを入れた。
「花茶じゃ、湯をさして暫くするとな茶器の中で花が咲くのよ」
「このお茶はどうして花が咲くのですか?」
「これは茶葉と食用花卉を使って作ってるんですよ」
「食用花卉?」
「食用花卉とは花茶に使われる花の総称です。簡単にいうと乾燥させた千日紅や、黄菊、キンセンカ等の花を加工して、それと茶葉を合わせて作ってるんですよ」
「へえ」
ガラスの茶器の中では茶葉の間からふわりと花が開いて咲いている。
なんとも不思議なお茶だ。目の前には茶器から小さな器へと、うつされたお茶が置かれる。
「いいかおり……」
「ふむ。心が落ち着くであろう?」
「はい」
「あまり気負いすぎると、空回りするでな。落ち着いて話をするのであれば、茶を飲みながらが一番よ」
そういわれて、これは意気込みだけが空回りしそうな私のために、わざわざお茶会を開いてくれたのだと気がついた。
頼りなさい、と暗にいわれている気がする。きっと、私には見えていないことも、ランカナ様には見えているのだろう。
ジワリと滲む涙を堪えながら、お茶に口をつける。そのお茶は、とても優しい味がした。
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