120.モブ王女、従者になる!? 3
何とも言えない空気が部屋の中に漂う。
貴族名鑑にそれらしい容姿がないこと。そこから考えられるのは、ヒロインが元々存在しないか、もしくは容姿を偽っているか、ーーーー死んでいるか、そのどれかになるだろう。
「ヒロインがいない……その場合は、シナリオ的にどうなるのかしら?」
「そ、それはその……私が断罪されない、とかですかね?」
カーバニル先生の言葉にアリシアがそう答える。しかし、その答えにシャンテが首を傾げた。
「断罪、といいますけど……話の展開をフィルタード派が知っているのであれば、もっと狡猾的に動ける人間をライル殿下に近づけるんじゃないんですか?」
「その手があったわねえ」
「え、えええっっ!!それじゃあ、私の断罪は確定ですか!?」
そんな酷いっ!とアリシアが悲鳴をあげる。私はアリシアを落ち着かせるために、彼女の手をギュッと握った。
「大丈夫よ。まだヒロインがいないと決まったわけじゃないでしょう?」
「でも、でも……ルティア様の命を狙うのであれば、理由としては有り、なんじゃないでしょうか?私が表立って動かなかったばっかりに、ルティア様の命が狙われるなんて嫌ですぅ」
今にも泣き出しそうなアリシアに、私は大丈夫、とニッと笑った。
「今までだって何とかなったし!これからもきっと何とかなるわよ!!」
「それは……楽観視が過ぎるのでは!?わ、私は!私だけが助かってルティア様が危険な目に遭うのは嫌です!!」
「でも大丈夫な気もするのよね。意外とこれまでも何とかなったし。私って悪運が強いのかしら?それともモブだから?」
「ーーーーこんな破天荒なモブ、どんな物語見ても出てこないわねえ」
「嫌だわ先生!モブって端役でしょう?端役って何にでもなれるじゃない。重要ではない役だけど、それでも物語には絶対に必要だわ。もしも、シナリオの強制力があるのであれば私は死なないと思う」
と、胸を張っていってみたものの、そんな絶対的な確信があるわけではない。
お父様と崖崩れに巻き込まれた時も、今回の森で襲われた時も、私は危うく死ぬ所だった。運よく死ななかっただけ。
相手が明確な殺意を私に向けている以上、薄氷の上を目隠しで歩いているのと同じだ。だけどこの場はこれで良い。アリシアの不安を拭うことができれば良いのだし。それに大丈夫、って思うことも大事なのだから!
それよりも問題はヒロインだ。アリシアの断罪は回避したいけれど、ヒロインに不幸になって欲しいわけではない。彼女がこちらの話に耳を傾けてくれるのであれば、卒業パーティーで断罪なんてことも起きないわけだし。
でも彼女の容姿は特徴的だし、それに貴族は基本的に子供が生まれたら届出を出さなければいけないのだ。だから貴族名鑑には必ず情報が載る。
もっとも、余程の理由があれば別だけれど……と、考えて、ある考えが頭の中に浮かんだ。
「ねえ、アリシア。そのヒロインって……理由があって神殿での選定を受けるべき時に、受けてなかったのよね?」
「あ、はい。そうです。それで聖属性持ちであることと、魔力量の多さから急遽アカデミーに通うことになったんです」
「それってつまり、カレッジには通っていないってこと?」
「あーどうでしょう?そこまでの描写はなかったので……」
アリシアは困ったように項垂れる。先生もその話を聞いて、顎に手を当てて何事か考え出した。きっと先生も私と同じことを考えているかもしれない。
普通はどんな子でも十歳前後で神殿の選定を受ける。平民の子であってもそれは変わらない。それなのに事情があって選定を受けていなかった。となると、その事情とは……?となってくるわけだ。
「先生、ヒロインが貴族名鑑に載ってない理由わかったかもしれないです」
「そうね。その可能性もあったわね。お金のない男爵家なんですもの。普通の暮らしをしているのであれば、お金がないってことはまずないわね」
「……どういうことです?」
「貧乏な男爵家がおかしいんですか?」
シャンテとアリシアの二人は不思議そうな表情を浮かべている。
そう。貧乏な男爵家。これ自体は不思議な存在ではない。貧乏ということは余程、領地運営が下手か、もしくは別の理由があるか、だ。
もちろん、男爵家よりも裕福な暮らしをしている商家はあるけれど、貴族と商人では収入を得る形態が違う。なので貴族といえども商人よりもお金がない状態があってもおかしくはない。貴族は領地が変わることはほぼ無いけれど、商人は商材を買い付けるお金と才覚があれば何処へでも行けるのだから。
「まず、前提としてファティシア王国は豊かな国なのよ」
そういって先生がビシッと人差し指を立てる。シャンテもその言葉に頷きながら、ここ最近のファティシアについて話し出した。
「そうですね。戦争もここ100年以上ありません。それにスタンピードも殆ど起きてませんし、天候も安定してますから……貧乏な男爵家、ということは余程領地運営が下手ということでしょうか?」
「そうね。領地運営が下手な人は確かにいるわ。人には向き不向きがあるけど、貴族の、しかも後継に生まれた以上は領地運営が下手とかいってられないもの。でもそれだけじゃあないのよ」
「それだけじゃ、ない……?」
「それだけだったら、子供が生まれたらちゃーんと貴族名鑑に登録されるわ」
シャンテは先生の言葉にしばらく考え込む。そして、ポツリと言葉をこぼした。
「……庶子、ですか?」
「可能性は高いわね。庶子、つまり婚外子。貧乏な男爵家の婚外子ってことは?」
「……金遣いが荒い?」
「もしくは先代からの借金があるって可能性もあるけど……アカデミーに入る年齢までに、神殿での選定がなされていない。基本的なマナーもわからない。その辺の事情を考えると、庶子の可能性が高いわね」
隠すように育てられていたか、母親が平民で死んだことによって父親に引き取られることになったか、そんな事情かしら?と先生はいう。
私もその可能性が高いと思っている。庶子であることを理由に、隠されていたのであれば髪や瞳の色を変えていてもおかしくはない。なんせ特徴的な色だし。
庶子であるならば、目立つような容姿は困るだろう。
「それなら、生きてる可能性も出てきます……?」
「さあ」
「さあって……!!結構な死活問題ですよ!!」
アリシアは焦ったようにいうが、確かに生きているのか、死んでいるのか、その問題は私たちにわかるわけもない。
本人を知らないし、フィルタード派の貴族にこんな子知りませんか?とも聞けないし。ただ一つ言えることがあるのであればーーーー
「何を話しても堂々巡りにしかならないわ。ヒロインのことはアカデミーが始まるまで棚上げにしましょう?」
「ええええ……結構重要じゃないですか?」
「でも私たちに調べる手段はないもの。ヒロインの言葉が私の命を狙う理由にはなっても、今の時点で断定するだけの証拠はないわけだし」
「それもそうね。それよりも、ファティシアに戻る手段を考えるんだったっけ?」
脱線していた話を元に戻そう、と私たちはもう一度、リーナから詳しく話を聞くことにした。
***
リーナの提案は、リーナが私のフリをしてラステアに残り、私がリーナのフリをしてファティシアに戻るというものだ。
「私や、ロビン、それにアッシュは姫様方の身代わりができるように、髪や瞳の色、そして肌の色をも変えることのできる魔法石を持っています」
「それは、知ってるわ。背格好の良く似た子がなるのよね?」
「はい。それ故に、我々は常日頃お側に仕えてはおりますが、気配をなるべく薄めて目立たないようにしています」
いわれてみれば、確かにリーナはいつの間にか側にいてくれる。ロビンに至っては、ロイ兄様の側にいるだろうにわからない時すらあるのだ。小さい頃はそれでよく驚かされてたけれど……
「でも肌の色まで変えられる魔術式があるのね。知らなかったわ。瞳の色を変えられるのがあるのは知ってるけど。お母様が亡くなる前に私にくれたの」
「え、アンタそんなの持ってたの!?」
「え、持ってちゃダメなものなんですか!?」
先生の驚いた声に、私の方が驚いてしまう。
「いや、だってアンタ……色変えの魔術式って結構複雑なのよ?それに、悪用されないように管理も厳しいんだから!まあ絶対にうち以外の人間にできないってわけじゃないけど」
「それは初耳です先生……」
そういってからユリアナに、私が普段使っているポーチ型のマジックボックスを持ってきてもらう。そして中から、首から掛けられるように加工された水色の魔法石を取り出すと、先生にその魔法石を手渡した。
「これは……!!」
「それ、お母様が亡くなる前にくれたんです。私、これを使って小さい頃はお城の色んな所に出入りしてたんですよ!」
「アンタ……これ、うちで作られたものじゃないわよ」
「うちって……魔術式研究機関ですか?」
私の質問に先生が頷くと、手の中にある魔法石を光にかざす。何か見えるのだろうか?と見ていると、先生が小さく「鑑定」と呟いた。
「……この手の複雑な魔術式を入れるのは、基本的にうちで一手に引き受けてるの。でもこれ、うちでは入れてない。いえ、入れられないわね。こんな良質な魔石、うちで手に入れるには値が張り過ぎるもの」
「魔石って魔物から取れるっていうアレ、ですか?」
「そ、あの魔石。でもそうね……アンタのお母様はカロティナ様ですものね。そうだわ。カロティナ様ならこれぐらい手に入れられるわね」
「お母様は……もしかして、ものすごく強かったーーーー!?」
「強かったわよ。それに、聡明な方だった。これ、瞳の色だけじゃなくて、認識阻害の魔術式も入ってる。あと、髪の色変えも」
その言葉に私は目を丸くする。小さい頃から使っているけれど、瞳の色が変わるくらいで、髪の色が変わったことはないからだ。思わずユリアナを見るけれど、ユリアナも同じように首を振る。
「先生、今まで私が使ってて髪の色まで変わったことないわ」
「そりゃあ、変えようと思わないと変わらないもの。使い方を教わった時のこと覚えてないの?」
そういわれて、私はお母様に教わった時のことを思い出そうとしたが、あまりにも昔すぎて思い出せない。
「……ユリアナ、覚えている?」
「ええっと……カロティナ様がお亡くなりになる少し前、でしたか……確か鏡の前で何かなさっていたのは見ておりますが、詳しいことは分かりかねます」
「鏡ね。じゃあ、試しにお母様の瞳と同じ色を思い浮かべなさいとか言われたんじゃない?王族特有の蒼い瞳を隠せれば、あとは認識阻害の魔術式が作用してわからなくなるもの」
「その可能性はあるかと」
先生の言葉にユリアナも頷く。なんせお母様が亡くなったのが十年も前の話だ。鮮明に覚えている方が難しい。でも認識阻害、なんて魔術式が入っているとは思わなかった。
私の茶色い髪色は珍しいものではないし、アリシアのように綺麗な顔でもなく極々普通の、平凡的な容姿。だからこそ瞳の色が違うことでバレないのだと思っていたのだ。認識阻害されていたのであれば、そもそも印象にすら残らない。
でもなんでそこまでする必要があったのだろう?
「ええっと、つまりは……どういうこと?」
「何かあった時のために、カロティナ様が手ずから作って渡したってことよ」
「何か、って……」
「何か、よ」
先生は含みのあるいい方をする。
私は先生の手から戻ってきた水色の魔法石に視線を落とす。つまりは、これを使えばリーナになりきれるということだ。認識阻害されている状態で、髪と瞳の色をリーナと同じにする。そうすれば完全に相手の印象には残らない。
つまり、私はファティシアに戻れるのだ。
「私、リーナになるわ!」
「いえ、あの……認識阻害が入っているのなら、私になりきる必要はないかと」
「でも形からっていうじゃない?」
「その、ですが……」
「あんまり賛成はしたくないけれど、認識阻害があれば……そうねえ。リーナ本人が戻るよりも危険度は下がるかしら?」
私は試しに、リーナと同じ黒い瞳と髪の色になった自分を思い浮かべながら魔法石に魔力を注ぐ。少しすると、私の髪の色は茶から黒へと変わっていた。
「本当だ!黒くなった!!」
「わあ、なんだか新鮮ですね!」
「そうね。なんだか不思議な感じ」
アリシアとそういいながらはしゃいでいると、シャンテがコホンと咳払いをする。
「危険度が下がるだけで、危険がなくなるわけではないのですよ?向こうが何をしてくるかわからないのですし……」
「でもどうしても行きたいのよ。行って、確かめないと。ラステアで報告を待っているだけなんて、とてもじゃないけどできないわ」
「それは、そうですけど……その、私が戻るのではダメですか?」
シャンテが自分が戻る、といいだし、その言葉に私は首を横に振った。シャンテは将来、外交に携わる仕事がしたいといっていた。それならば、今のラステアでの生活はシャンテにとって得難いものだ。
私が気になる、といったことで戻らせるわけにはいかない。それに戻ったことで、シャンテに何かあっても困る。
「従者であるリーナなら、私の代わりに弔いに出かけても問題ないし、それに一時的に城に戻っても怪しまれない。私たちがどうしてるかって報告を兼ねてると思われるだけだわ。でもシャンテは、そのまま留め置かれる可能性があるもの」
「私を留めおく理由は?」
「あら、いくら将来のためとはいえ、王女と侯爵令嬢に伯爵家の子息がついて行ってるのよ?変に勘繰る人もいるんじゃない?」
そういうとシャンテは眉間に皺を寄せ、なんともいえない表情を浮かべた。
恋のロマンスといえば聞こえはいいが、私たちの間にあるのは友情であって恋愛感情なんてものはない。
でもそれは噂を流す方には関係ないわけで……一人だけ帰されたのであれば、ラステアで何かあったと思われる可能性もゼロではないのだ。
「……貴族って、本当に面倒ですね」
「そうねえ。だから従者であるリーナが一番適任なのよ」
アリシアの言葉に苦笑いを浮かべながら、私は部屋にいるみんなの顔を見回す。
「さあ、リーナとして戻ることに賛成してくれる?もちろん無茶な真似はしないし、このことはコンラッド様にも協力を仰ぐわ」
最善の手を打って戻る。だからファティシアに私が戻ることを許して欲しい。
その願いは不承不承ながらも受け入れられた。
いつもありがとうございます!
4月が今日で終わってしまう……!!5月に入りましたら2週間ほど更新強化週間にしようと思っています。
GW中に書き溜めて更新頑張りますよー!!




