119.モブ王女、従者になる!? 2
私とアリシアはお互いに顔を見合わせ、頷き合う。
本当は秘密を知る人間が少ないほど、リスクは下がるのだけれど……きっとここにいるみんなは、私達のいうことを信じて助けてくれるって思えるから。
「実は、ね……アリシアには生まれる前の記憶があるの」
「生まれる前の記憶?前世ってことかしら?」
私の言葉に一番に反応したのは、カーバニル先生だった。先生は興味深げにアリシアに視線を送る。アリシアも先生の言葉に頷き、自分の前世の話を簡単に話して聞かせた。
「なる、ほど……?つまり、アリシア嬢の……その、前世でやっていたゲームと僕達の世界は同じ、だと?」
「そのゲームはアカデミーから物語がスタートするので、全く同じかといわれると、私もわからない、としかいいようがないんですけど……」
「小説とかも、物語の始まりは急に始まるでしょう?アレと同じなんじゃないかしら。登場人物の過去は、そのルート?というのを攻略しないと出てこないみたいだし」
シャンテがアリシアにした質問に対して、私が思ったことを補足していく。そんな中、シャンテは「ライル殿下と一人の少女を取り合うとかない……」とボソリと呟いた。
私はそれがちょっとおかしくて、どうして?と聞く。
「どうしても何も……殿下と僕とじゃ立場が違いますからね。同じ女性を仮に好きになったとして、身分を考えれば僕が引かざる得ないじゃないですか」
「……そういうもの?好きだったら〜とかないの?」
「お互いに思い合っているなら、それもあるでしょうけど……そういうわけじゃ、ないんですよね?」
「え、ええ。分岐があるので、ヒロインがシャンテくんのルートに行かない限りは……一応、ハーレムルートもあるけど」
「ハーレムルート?」
アリシアの言葉にシャンテが眉間に皺を寄せる。そしてハーレムルートの意味を教えてもらうと、額に手を当てて「ない。絶対にない……」とそれはそれは深いため息を吐いた。
シャンテ曰く、そんな女性は「はしたない」そうだ。まあ、普通に考えてそうだよね。たくさんの男の人を侍らせる女性ははしたないって思うのが、ごく一般的な感覚だ。
ただこれが男の人だと、何故か受け入れられているのだから謎でもある。
王家だから、って理由があるんだろうけどね。一般的な家庭は一夫一婦制だし。
「話を戻すわよ?つまり、アリシア嬢の話を聞いて姫殿下達は今まで色々と画策してきたってことね?」
「はい。一番最初はお父様が事故に遭う、ということだったので私が視察について行きました。そして次はその五年後ーーーーつまり、今年、疫病が流行るというので薬草畑、からポーションを」
先生はなるほどね、と数度小さく頷いた。どうやら先生の中で今まで疑問に思っていたことが解消されたようだ。
普通に考えれば、急に「薬草畑作るぞー!」っていい出したら変に思われてもおかしくない。薬草ではなく花畑ならまだあり得るけど。
まあ、薬草に関してはアリシアから聞いていたから、ってだけだし。それに何もしなければ、今頃、ファティシア王国は疫病が流行って大変なことになっていたはずだ。
現状のポーションと魔力過多の畑は、偶然が結びついて生まれた産物とはいえ私達にとってみれば僥倖といえるだろう。
「じゃあ急に薬草を育てるっていい出したのも、そのゲームとやらの影響?」
「はい。その通りです。アカデミーでの出来事の中で、ライル殿下の過去の話として語られた程度の情報ですが、疫病に効く薬があったので」
「なるほどねえ」
「ルティア様やロイ殿下が私の話を信じてくれて今が、あります」
アリシアはそういって私の顔を見て微笑む。しかし、先生は少しだけ首を傾げる仕草をした。
「ということは、ポーションはその話の中には出てこないのよね?もしかして、アリシア嬢が知っている話から逸脱し始めてるのかしら?」
「どう、でしょう……?そこは私にもわかりません」
「どういうこと?」
「陛下が亡くなられていない、というアドバンテージが我々にはありますが、だからといって物語がスタートするまでに亡くならない、という保証があるわけではありません。シナリオの……強制力のようなものがあるかもしれないので」
「シナリオ、ね……」
先生は難しい表情を浮かべる。
『シナリオの強制力』
それが私達が一番恐れていること。せっかく助かったのに、何かしらの理由で死んでしまうなんてことがあったら困る。
私のトラット行きの話を除いて、今の所「絶対にこれはシナリオの強制力!」といえるものはないけれど、これから先もないとは限らない。ファティシアで疫病は流行ってはいないけれど、トラット帝国の方では流行っているわけだし。
「ねえ、そのシナリオとやらに姫殿下のことは書かれているの?」
「あ、いいえ。その……本来の私は、ライル殿下に夢中で、ルティア様のことを気にかけることは無かったようですし」
「ということは、今現在の姫殿下はそのシナリオとやらの中で、物凄いイレギュラーな存在なのね?」
「そう、なる……かと」
アリシアの言葉に先生がジッと私の顔を見る。そしてニヤリと笑った。
「なるほどね。だから、アンタは命を狙われてるわけね?」
「た、多分。そうなのではないかなあ、と……私ではなく、ルティア様が率先して動いてくださってますし」
「え、でも……そうなると、向こう側にシナリオを知る人物がいなければいけないんじゃないですか?」
シャンテの言葉はもっともだ。フィルタード侯爵の派閥に、このシナリオを知る人物がいなければいけない。
今まではシナリオの強制力的な意味合いもあって、フィルタード派が私をトラット帝国に遠ざけようとしてるのかと思っていたのだが……生死を問わないのであれば、シナリオとは関係ない可能性も出てくる。
「よくよく考えると、おかしな話だなって……私を殺して得をする人間っていないのよね。トラット帝国に売り飛ばすなら、まあ、100歩譲ってありだけど。確実に殺そうとしてきたでしょう?」
「そうね。アリシア嬢の話からして、シナリオの強制力があるのであれば、姫殿下はトラットに嫁がなければいけない。でも殺しちゃったら嫁がせるも何もないわ」
レストアに入る前に襲われてから、何となくモヤモヤとしたものが心の中にあったのだけれど……それが何となく言語化できた気がする。
シナリオの強制力ではなく、それを無視して誰かが私を殺そうとしている。
理由は簡単。邪魔だから。
私という存在はシナリオ上、無害でなければいけない。何もせず、大人しくトラット帝国に嫁ぐ存在。シナリオを知る者からすれば、そうでなければならないはずだ。それなのに現状の私は、お父様の命を救い、尚且つ疫病の流行も抑え込んでいる。
フィルタード派のシナリオを知る者からすれば、予定通りに事が進まず、とんでもなく邪魔な存在だろう。
「ところで、どうしてトラット帝国にルティア様が嫁ぐことになるわけ?」
「ええっと……細かいことは説明として出てきてなくて、ただ私達は疫病で国力が下がった所にトラット帝国から圧力がかかったのではないかと」
「あり得るわねえ。トラット帝国としては王位不在、疫病で国力低下した国ほど戦争を仕掛けやすい国はないもの。人質代わりに嫁がされるんじゃない?」
「王族の政略結婚なんて当たり前の話ですけど、トラット帝国が相手となると意味合いが変わってきますしね」
シャンテはそういうと私を見た。私はその視線に首を傾げる。
「ルティア様は、その……王位には興味がお有りで?」
「え、ないわよ!?」
「ないんですか?」
「ないわよ!私の継承順位三位よ?なれるわけないじゃない」
「もし継承順位関係なく、陛下から後継として指名されたらどうされます?」
「ええ……お父様がそんな無謀なことするとは思えないわ」
「いや、もしもの話ですし……」
そうはいわれても、自分が王位に就く想像がつかない。これがロイ兄様なら、大丈夫だっていえるし、ライルもまあ、もっと頑張れば大丈夫かなっていえる。
あとは双子たちだけど、あの子達が大人になるまでお父様が王位に就いているなら、可能性もあるかもしれない。
でも私が王位に就くのはない。ないな。
フルリと頭を振り、もう一度「ないわね」とシャンテに告げる。
「もしも、もしもよ?まかり間違って私しかいない、ってことになったらそりゃあ頑張るけど……でも私はもっと色んなことが知りたいの。色んなことを知って、ファティシアをもっと豊かな国にしたい。貧民街なんてなくて、みんながお腹いっぱい食べられる国にね」
誰もが気軽にポーションを買えて、病気もすることなく健康で平和に。
100年後も200年後も、栄える国であって欲しいと思う。だからこそ、フィルタード派の行動は目に余るわけで……
「ま、フィルタード派の貴族達じゃ、トラットにいい様に扱われて属国になる可能性の方が高いわね」
「そうね。でもって、今、私をトラットに売り飛ばせればポーションを生み出せるし、とってもお得だと思うのよ」
「でも殺そうとした。つまり、目先の利益よりも後々のことを考えたわけね。だからこそ、向こうにアリシア嬢と同じくシナリオを知る者がいるってこと」
なるほどねえと先生はいいながら、アリシアにシナリオを知る者に心当たりはないか問いかける。私達はただ一人の人物を答えた。
もちろん違うかもしれない。アリシアのいうシナリオに登場しない人が、シナリオを知っている可能性もあるけれど……可能性としては一番高い人物なのだ。
「ヒロイン、だと思います。彼女がもしも私と同じように前世の記憶を持っているのであれば、ルティア様の行動をおかしいと思うはずです」
「ヒロインの名前ってわかるの?」
「いいえ。ヒロインはデフォルト名……その、自分で好きにつけられたので。ただ容姿はわかります。ピンクブロンドに、ピンク色の瞳の可愛らしい女の子です。あ、あと、そのちょっと貧乏な男爵家の令嬢です」
「男爵家でピンクブロンドねえ……歳は?」
「歳はライルと一緒なんですって」
「それなら貴族名鑑とかで絞り込めないかしら?」
私はその言葉に首を振る。一度、私も調べたことがあったのだけど、いなかったのだ。爵位はわかっているのだし、名前がわからなくてもピンクブロンドの女の子なら目立つはず。
でも、そんな少女はいなかった。
「もしも、もしもヒロインに記憶があるのであれば……髪や瞳の色を変えているんじゃないかって、思うんです」
「ヒロインなら隠れる必要ないじゃない。アリシア嬢は断罪されるかもしれないから、わからなくもないけど」
「隠れなければいけない理由があるとしたら、どうでしょう?」
「隠れなければいけない理由?」
「ルティア様が本来起こることを阻止した、つまりはルティア様がヒロインに成り代わろうと思ってる、とかあとは攻略対象以外に好きな人ができた、とか……?」
アリシアはそういって幾つか例を挙げる。
私から隠れる理由としては、どれもあり得るだろう。なんせヒロインは男爵令嬢で、私は一応王女なのだから。いくら私が軽んじられてようと、それをヒロイン本人が知るわけもないし、そうなれば狙われるのでは!?と思われても不思議ではない。
実際問題として、私が成り代わりたいわけでも何でもないけれど。そんな事情はヒロインにはわかりようもないわけだし。
「でもそれはヒロインがルティア様を怖がる理由にはなっても、フィルタード派がルティア様を殺す理由にはならないじゃないですか」
「それは、そうなんですけど……でも情報としてフィルタード派に教えることができるのは現状ヒロインぐらいしか思い浮かばないんです」
「本来起こるべきだった未来が変わっている、って?それをフィルタード派が信じるかしら」
「その本来起こるべきだった未来をフィルタード派が画策したのであれば、その情報をもたらしたヒロインのことを信じるんじゃない?」
私がそういうと、先生は渋い顔をする。
「その場合、ヒロインはフィルタード派の人間に殺されてるんじゃないかしら?」
「どうして?」
「だって自分達の悪事を知る人間なんでしょ?生かしておくかしら?アタシなら、聞きたい情報を聞いて始末するわね」
「え……もしかして貴族名鑑にいない理由ってそれ、です……か?」
アリシアがヒエッと小さな悲鳴をあげた。
何だか、何だか……私がファティシアにどうやって帰るか、って話からヒロインが存在しないんじゃないか疑惑まで出てくるなんて、一体どうしたらいいんだろう?
ルティア達に5年も付き合ってるせいか、意外とシャンテくんは順応性高いです。
前世の話も、あ、そうなんだーぐらいで済ませちゃいます。カーバニル先生は興味津々です。




