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私は平和主義者である  作者: 星飼源夢
3/5

平和主義者は動き出す

「へえー、それは面白い話だねー」


 情報取集を終え帰宅した私は、栄えある成果を加納に報告した。自分の主義ぐらい自分で考えろと言われるかもしれないが、第三者から見えてくる真実もあるはず。灯台の下は暗く、岡目は八目先を見ているのだ。


「平和主義は愛のある行為ねー」


「間違いではないだろう?」


 猫は部類的にはライオンと同じであるのと相違ない理屈で形作られたこの理論。多少偏見は混じっているだろうが、面白い見方である。


「じゃーあー、もう結論は出ているんじゃないかなー」


「……どういうことだ?」


 結論が出ている? 勇敢であり愛のある行為によって平和主義を示す? 一体それは……。


「ふふーん。お茶を濁しても無駄だよー。告白だよー、告白。告白をするだけでー、スバルの勇気と愛、そして平和主義が証明できるんだよー。ねえー、簡単でしょー」


「な、な、何を言う!」


 告白、この私がか。生まれてから十七年、異性から好意の目を向けられたことのないこの私がか!


 無論、こ、こ、告白をすることで臆病でないことも証明できるし、平和主義者たる私の意志の強さを思い知らせることができるだろう。薄々そう感じていたのは嘘ではない。


 だが、それとこれとは話が別だ。いくら細密な計画を立てても、それが実行できるとは限らない。言葉という一次元の存在を行動という三次元で実行するのは甚だ容易くないことである。


「もしかしてー自分に自信がないのー? 大丈夫だよー。スバルは十分、魅力のある人だと思うよー」


「褒めても何も出ないぞ?」


「いやいやー、本音だよ、本音。スバルだってー、少しくらい誰か好きになったことはあるでしょう?」


「それは……」


 心は拒否を示していても、思考は死なない限り止まらない。ちらほらと浮かび上がる人物に、私は顔でお湯を沸かせ始めた。


「八重樫君を見返したいんでしょー?」


 そう言われた瞬間、頭の中に電撃が走った。


 そうだ、私は奴に復讐をするために告白を行うんだ。その際には、玉砕する覚悟くらい持っていないと、奴の鼻を明かせない。成功するか失敗するかは問題ではない。告白をすることが大切なのだ。


 よし、私は決めたぞ。告白を実行して私が臆病でないこと、そして私の平和主義に対する思いを奴に叩きつけるのだ。


「ありがとう加納。私は告白を実行して、必ず奴の鼻を明かしてやる」


「奴て。うん、頑張ってねー。私は応援しているよー」


 電話の向こうで笑っている加納の表情が目に浮かぶ。ありがとう加納。君のおかげで私の悩みが解決できそうだ。やはり持つべきものは友だな。


「もちろんー、結果を教えてねー」


 最後にそう言い残し、加納との通話は途絶えた。

 よし、私はやってやるぞ。必ず、復讐を果たすのだ。




***




 とはいえすぐに行動に移せるほど私は度胸がある訳ではない。何分、告白というものは初めてなのだ。まずは、自分と向き合うことから始めなければ。


 そんなことを考えながら、今日も早めの登校である。閑散とした校舎の階段を一段一段緩やかに上り、二階にある我が教室に向かう。外からはサッカー部の監督から放たれる怒号が聞こえる。素晴らしい向上心である。部活動に勤しむ姿は、まさに青春といった感じだ。


「わっ、ご、ごめんなさい」


 階段を上り終え、左折しようとした所、誰かとぶつかりそうになった。相手の顔は私より少し下にあり、黄色いシュシュをしたポニーテールが先に目に入った。


 無言で私の顔を見つめ小さく頭を下げる彼女の名前は……確か神楽三葉だったような気がする。というのは、私は彼女の名前をあまり呼んだことがないのだ。一番印象的である黄色いシュシュとポニーテールに意識がいってしまい、心の中では黄ポニという愛称で親しまれているからだ。


 彼女も私と中学校が同じであり、高校ではクラスが異なるものの時折会話をする仲である。


「おはよう、三葉。今日はずいぶん早いんだね」


「……昴も早い」


 彼女は普段寡黙ではあるが、話しかけるときちんと目を見て応答してくれる。常に冷静沈着に感じられる彼女の声は、人を安心させるアロマに匹敵する癒しの効果がある、そんな風に私は思っている。


「ちょっと静かな空間を味わいたくてね。三葉の方は?」


「……図書館に行くところ」


「そういえば、三葉は図書委員だったか」


 しかし、図書室は朝閉まっているはずである。これは、職権乱用か?


 私が訝し気な視線を送ると、彼女はポケットに手を入れ大きめの鍵を徐に取り出した。


「……大丈夫。許可は貰っている」


「そうか、なら大丈夫だ」


 ということは、朝図書室に行けばあの平和的空間を享受できるということか。


「明日から私も行っていいか?」


「……ご自由に」


 そう言うと、彼女は少し頬を緩めた。よし、これからは早朝登校を習慣化し図書室に向かうとしよう。そうすれば本を読めるだけでなく、彼女と会話もできるという特典が付いてくる。


「……また」


「うん、また」


 ポニーテールを揺らしながら彼女は立ち去って行った。私はまるでそれが義務であるかのように彼女の姿が見えなくなるまでその背中を見守った。


 教室に移動すると、予想通り誰もいなかった。私はそのまま窓際へと歩き出し、席に腰を落ち着ける。そしていつものように窓の外に視線を向け、体育館の方を見ると、そこでは昨日と似たような光景が見られた。何てことはない、二人の男女の姿である。


 一ノ瀬優菜はこれほど早くに学校に来ていたのか。何か今日は、新発見が続いている気がする。


 私はそのまま一ノ瀬優菜の方を見つめる。やはり、あのように相手を呼び出した方が、雰囲気が出るのだろうか。


 私はその日一日、告白について頭を悩ませた。明日は土曜日であり、実行するとしたら明日がいいだろう。その方が八重樫亮太も自分の発言を覚えているはずだ。


 そんな風に色々と想いを巡らせていたせいで、今日の私は朝からとにかく抜けていた。


 まず、私が今朝腰を落ち着けていた場所は奏の席であり、授業中には一切眠気を感じず、真面目だと捉えられたのか教師から集中砲火を浴びせられ蜂の巣となった。帰りに至っては昨日石ころを捨てた溝に足を取られた。


 とはいえ、家に着く頃には時間の消費が成果に反比例することなく、きちんと整理はついたのだ。


 その日の夜、私は心に決めた相手に明日にお見えが叶うかという趣旨の文面を作成し、中々動かない左指を右手で押さえつけ送信に成功。待つこと数分、承諾したという旨の返信があり、場所と時間を指定して明日を迎えることとなった。


 人生最大の大一番。私は明日に備えて八時には布団に潜り込んだ。


 もちろん、眠れるはずなどないのだが。




***




 翌日、私は最大の不祥事を起こしてしまった。寝坊である。眠れない、眠れないと唸りながらも、いつの間にか睡眠に誘われていたのだ。起きたのは午後十二時四十分。結果約束の時刻まで残り二十分となっていた。


 これでは告白どころではなくなってしまう。この機会を逃せば、私は自分のしようとしたことを羞恥し、二度と平和主義を証明できなくなってしまう。それだけは、避けねばならない。


 私は早急に箪笥の中を引きずり回し、告白に相応しい格好を選別して着衣に至ると、すぐさま家を飛び出した


 私はロードバイクでの限界を引き出すため立ち漕ぎにシフトチェンジする。唸るように風が私の頬と耳に吹き付けた。そして、それを撥ね返すように全身の毛穴がぶわりと開き、冷汗が流れ出す。早く、早くせねば!


 だが、そんなことをあずかり知らぬ神は私に更なる負の連鎖を与えた。


 正面の歩行者用信号機が青に変わるのを遠目で確認した後、私は緩めていた速度を上げるため再び馬力を掛けた。


 時は一刻を争う、時は金なりと発破をかけるような言葉をぶつくさ零しながら、ペダルを踏みこむ私の目の前。街角から突如に姿を現した少年が、全力疾走でこちらに向かってくるではないか。彼の視線はその遥か背後に向けられていて、私の存在に気が付いてない。どうやら彼は鬼ごっこにでも興じているようだ。


 そんな考察をする時間が私にとって命取りとなった。今更ブレーキが間に合うはずもなく、ベルを鳴らして少年が私に気付いた所でおそらく衝突は免れない。


 だが不幸中の幸いとでも言うべきか、一瞬の判断の余地が私にはあった。


 私は誰か。私は平和主義者である。身を挺して他者を守るのが私の使命。


 ハンドルを握る両拳に力を入れ、私は大きく右へとその進路を蛇行させた。左にしなかった理由? その先は交差点のど真ん中だからだ。私とてまだ死にたくはない。これでもピチピチの十七歳である。それに、こんな所で事切れてしまえば、我が意中の人に約束を反故にしたことで反感を買ってしまう。現世に主義違反という不名誉を残したくはない。


 ――はて、いつからこうして地面と睨めっこしたまま考えを膨らませていただろうか。


 勢いあまり転倒した我が愛車は少年の脇を目鼻の距離ですり抜け車輪を風車の如く回り、くるくると間抜けな音を発している。私は愛車から途中下車を突き付けられ、ガードレールに衝突したと同時に道路に投げ出され今に至る。少年はそこで初めて事態に気付き素っ頓狂な声を発しながら踵を返して逃げ出し、警察より先に鬼に捕まった。


 そのまま一緒に逃げ出す小童共は次会った時に粛清しよう。そう誓う私は地面と睨めっこの真っ最中。まあ、本当にする訳がないのだが。なんせ私は平和主義者なのだから。


 軽く膝と腕の関節を曲げて四肢の無事を確認する。擦りむいた箇所は幾何かあるようだが、走れないくらいの損傷は受けていないようだ。


 だが愛車はペダルが片方外れてしまっていて、再び乗ることは叶わない。ここからは徒歩か、トホホ。


 寒風が背中を駆け抜け、その上からクラクションの音が鳴り響き非難を煽った。これは早々に立ち退かねば。


 四肢を奮い立たせ、膝を曲げて力を入れた所、思うように体が持ち上がらない。まずい、このままでは大騒ぎになってしまう。


 立ち上がろうと両手に力を入れた私の前に、一つの白い手が差し伸べられた。


「大丈夫ですか? 立てますか?」


 雪のように白く、穢れ一つ見られないおみ足から誰であるか察した。私はその手を取り、膝の痛みを彼女の手の柔らかさで緩和しながら立ち上がると、丸く大きな瞳と聖母のように優し気な笑顔に出会った。



「ありがとう、一ノ瀬さん」

「どういたしまして」


 その阿弥陀如来の降臨に匹敵する笑顔の眩しさに私は視線を下に逸らした。その先では、丈の長い物を履いてこなかったせいで、膝小僧が火を噴かせていた。


「あらあら、お膝が大変なことに。わたしはいいものを持っていますよ」


 歩道へと私を導いた後、一ノ瀬優菜は両手で持っていた黄色いポシェットの口を開け、花柄の絆創膏を何枚か取り出した。二重の意味で動悸の治まらない私の前に膝を下ろし、彼女は鎮火処理をしてくれた。


「はい、これで大丈夫ですよ」


「かたじけない。これで動きやすくなる」


 その場で屈伸運動をし、私は身体の無事を証明する。それを見て彼女は再び、ふふふと笑いを漏らした。


 休日に一ノ瀬優菜と出会うという千載一遇のチャンスを是非とも物にしたいものだが、あいにく私には暇がない。愛車を歩道横のガードレールに立て掛け、鋭く突き刺さる体の痛みを堪えながら爽やかに暇乞いをする。


「今ここで一ノ瀬さんと会話の花を咲かせてそこの枯れ果てた花壇を色鮮やかにしたいのだが、折り悪く私は急がねばならない。それではまた!」


「ええ、さようなら」


 朗らかな笑顔で小さく手を振る彼女の姿を確認し、私は再び走り出す。負傷の身でありながらも、一ノ瀬パワーで先程より軽快に足が動く。さて、急がねば。


 私は運動部ではないので、流石に全力で走り続けることはできない。少しペースを落とし、肩の力を抜く。


 あの時は一ノ瀬パワーで何とか立ち直ることができたが、やはり傷は痛む。今も膝を発信源に体中へ刺激が流れ出している。


 腕時計を見ると、残り数分である。どうあがいてもこれはもう間に合わない。仕方ない、私としては相手が来るのを待ち受けて告白するつもりであったが、こうなっては致し方ない。重役出勤とでも言い訳するとしよう。

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