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08.白薔薇の咲く庭 Ⅰ

 

 ローズブレイドに来て、2ヶ月あまり。


 グレースを含む部屋付きの侍女達とは、比較的歳も近かった事もあり、とても親しくしている。

 元々大層な身分出身では無いので、畏まられるのは苦手だったし、フラットな関係でいたかった。


 散歩の後に、皆でお喋りをしながらお茶をするのは会話の話題も豊富で殊の外楽しかったし、時にはお茶会のマナーや簡単な礼儀作法も教えて貰った。

 集まるとガールズトークが止まらなくなるのは、どの世界でも変わらないらしい。



 一時の退屈凌ぎのためにグレースに刺繍の仕方を教えて貰ってから、今も続けている。

 慣れて来ると元いた国の伝統的なデザインをモチーフにして刺繍を出来る様になった。この国にない斬新なデザインはグレースや他の侍女にも好評な様子でお茶の時間の話題の一つになった。


「リリー様、こちらのお花の刺繍は今までに見たことがない物ですわ。何というお花ですか?」


「これは桜という花よ。私の国の代表的な花ですが、こちらの言葉でチェリーブロッサムと言うと思うのですが、ご存知ない?」


「ローズブレイドは『薔薇と花々の王国』と言われていますが、サクラという花は耳にした事がありません。」


 侍女の1人が少し考える仕草をして言った。


「異国風でとても素敵だわ。私、頂いても良いでしょうか?」


「私も頂きたいですわ。」


「私もです。」


 1人が言い出すと、皆が欲しがった。

 侍女たちにせがまれるので今度全員分の刺繍したハンカチを用意すると言うと大変喜ばれた。


 お喋りに興じていると、ドアの叩く音がしてグレースが入ってきた。


「リリー様、お客様です。」


「お客様?」


 誰だろうか?と考えを巡らすが、今日は誰かが訪ねてくる予定はなかったはずだ。


「ソフィー様がお越しです。」





「大変お待たせ致しました。」


 居間に入ると、ソフィー様は立ち上がって丁寧な挨拶をしてくれた。

 いつも通り、キチッと髪を纏めて出来る女のオーラが出ていた。


「リリー様、ごきげんよう。いかがお過ごしですか?」


「ごきげんよう。最近はヴォルドーフ様の御指南もあり、毎日がとても充実しています。気候も良くて、気分もとても良いです。」


「それは良かったです。

 ローズブレイドは薔薇の季節が1番良い季節だと言われていますから。」


 本当に気持ちの良い気候だ。眩しいくらいの晴天の日が多く、空気もカラッとしている。


「薔薇もそろそろ咲き揃う時期だと先日伺いました。」


「ええ。リリー様、実は薔薇のお話をする為に伺ったのです。」





 他愛も無い話が一通り終わると、ソフィー様が一通の封筒を取り出した。


「本日はバージル王太子殿下の名代として、招待状をお預かりして参りました。」


 真っ白な封筒に赤い印璽。

 流石良い紙使ってるな、なんて俗っぽい事を考えてしまう。ソフィー様が差出した封筒をグレースが受け取り、封を切ってくれた。


「グレース、ありがとう。」


 印璽はたしかにバージル殿下の頭文字であるVを表していた。

 さっと手紙に目を通すと驚いた事にガーデンパーティーのお誘いのようだ。


「えっと…これは『白薔薇のガーデンパーティー』への招待状ですか?」


「左様でございます。バージル王太子殿下主催の白薔薇のガーデンパーティーが3日後の午後にございます。

 つきましては、そちらのパーティーにリリー様にも是非ご参加頂きたいとの言付けを仰せつかっております。」


 ソフィー様がにっこりと笑った。


「リリー様、おめでとうございます。」


「素敵ですわ。薔薇のパーティーは皆の憧れなのです。」


「それに素敵な殿方と出会えるチャンスですわ。」


 侍女達がきゃっきゃっと喜んでいる。

 この国を象徴する薔薇の元に行われるパーティーに招待される事は大変名誉な事なのだとか。

 優雅に薔薇を愛でながら、美味しいお茶や軽食を楽しむその様子は良家の御令嬢はもちろん、一般の娘たちの憧れなのだ。


「で、でも、私はパーティーのマナーも分かりませんし、着ていくお洋服だってありません。」


 だから無理です、とソフィー様に必死に訴えるが、あっさりと返される。


「ご心配には及びません。そのように仰ると思って明日と明後日、この国1番の礼儀作法の講師をリリー様の為に手配済みでございますのでみっちり練習が出来ます。それに…」


 ソフィー様が部屋の入り口に目をやる。すると大きな箱を抱えた数人の侍従を招き入れた。


「僭越ながらドレスも宝飾品も必要な物は全てこちらで既に手配しておりますので、ご心配には及びません。今回は白薔薇のガーデンパーティーですので、ドレスコードは白となっております。」


「お、お心遣い感謝申し上げます。」


「まあ、素敵ですわ。きっとリリー様はお似合いになる事でしょう。」


 もう逃げ道はないように思えた。

 しかし、気が重い。だって、顔見知りは王太子殿下しかいないわけだし…


「王族の方々が主催される薔薇のガーデンパーティーやお茶会は数あれど、王太子殿下の主催されるパーティーは広く国民に開かれたとてもカジュアルなものです。」


 ソフィー様はこちらの不安を感じたのか、先回りしたかのように言った。


「例えば今回招待されるのは殿下の親しい貴族の他にも、この国で1番との呼び声の高い鍛冶職人や、新しい薔薇の品種を見つけた研究者、最近人気のある画家など、この国の文化や産業に貢献した者達も含まれます。

 殿下はその貢献への感謝を込めて国民を招待しているのです。当日はマナーにうるさい人間はおりませんし。

 リリー様もいずれ『漆黒の君』としてこの国に貢献して下さる人と目されておりますのであまり気を張らずにいらして欲しい、と。」


「そうですか。

 ただ、まだ『漆黒の君』と決まった訳ではないのですが…。」


 そんな大層なパーティーにこの国に来て何もしていない所か周りに甘え過ぎている私が出席しても良いのだろうか?

 それに、カジュアルと言ってもパーティーはパーティーだろう。


 しかしまさかこの国の王太子殿下からのご招待を、なんの力もない小娘が断れる訳もなく…。

 最終的には、ソフィー様に喜んで出席させて頂く旨を伝えた。


 ソフィー様は最後に明日、明後日の礼儀作法の授業の予定を打ち合わせてから部屋を去って行った。


 ソフィー様が居なくなると、侍女達がドレスの包みを広げて、早速3日後の準備を始めた。昼間のカジュアルパーティーと言う事で所謂ボリュームのあるドレスで無くてホッとした。

 ドレス、帽子、靴、アクセサリー、パーティーバッグと必要なものは全て揃っている。


「どれもこれも素晴らしいわね。」


 よくよく見れていないが、侍女達の盛り上がり方を見ていると上質な物に間違えはなかった。


 そんな侍女達の様子を横目で見ながら、グレースが悪戯っぽく耳打ちをして来た。


「王太子殿下はリリー様の事をとても気にかけていらっしゃいますね。」


ただ苦笑いを浮かべた。

 恐らく、それは『気を遣っている』の間違いである。




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