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05.朱色の密談

 

「どう思う?」


 自室に戻ったバージル王太子殿下は重みのあるドアが閉まった事を確認すると主語もなくヴィンセントに問いかけた。


「断言は出来かねますが…」


 ヴィンセントは少し考えながら前置きをする。


「恐らくは彼女が、予言の漆黒の君ではないかと考えております。」


「何故そう思う?」


「そうですね…。彼女が漆黒の君である、と言う確証は正直なところありません。しかし、恐らくはこのローズブレイドとは全く別の異世界より来た人間であると思っています。

 先程リリー様にもお伝え致しましたが、異世界から時空を超えて移動してくるには人知を超えた運命の力が働いたしか思えないのです。例えば予言の力とか…」


 夕刻の迫る部屋には、大きな窓から朱色に染まった光が降り注いでいる。

 王太子殿下はゆっくりと自身の机の椅子に掛けた。

 先程人払いをした為、従者はおらず、ヴィンセントが紅いお茶を淹れる。


「すまない」


 王太子殿下はカップを受け取り、ヴィンセントにも掛けるようにと手で合図した。

 ヴィンセントもその合図に深々と頭を下げ、椅子に座る。


「本日の面会で異世界から移動して来たと納得出来るいくつかのヒントがありました。

 まず1つ、彼女は予言について全く知りませんでした。予言は既に国中の者が知っています。この国の人間とは考えられません。

 2つ、彼女はローズブレイドという国名に聞き覚えは無いと言いました。ローズブレイドは比較的大きく、有名な国ですからそれを知らないとあっさりと答えるのは、この近隣の国々の人間とは思えません。

 3つ、彼女は魔法を使った事も見た事もないと言いました。この世界で使えないし、見た事もないと言ってしまうのはあまりにも不自然です。よってこの世界の人間ではないと判断したのです。

 そして…4つ…」


 王太子殿下が目で続きを促す。ヴィンセントは少し声を低くして言葉を紡いだ。


「彼女が現れたのが、あのペリッサの海岸だからです。」


「ペリッサ…その昔、魔力の爆発が起きた地か…」


 ペリッサは今から遡る事27年前ローズブレイドの近隣国であり、長らく敵国である国と戦闘になった際に海からの攻撃を強く受けた街だ。そしてその争いの最中、魔法と魔法の衝突が起き、多数の死傷者を出す大爆発が起きたのだった。


「左様でございます。これは公にされていない事実なのですが、あの爆発以降は数年に一度、数分間だけ時空の歪みが起こる事があると確認されています。

 魔導師の中でも魔力の強大な一部の人間にしか気付かない小さな変化ですので、今までそれ程問題になる事はありませんでした。しかしリリー様の件で私も少し魔力を使って調べてみました。」


「何か分かったか?」


「はい。最近出来た大きな歪みを見つけました。

 その歪みからリリー様はこちらの世界に引っ張られたのではないかと考えております。予言では海から現れると言われていますが、ペリッサ以外にも海に面する場所はたくさんあります。たまたまペリッサに姿を現した訳ではないように思えるのです。」


「なるほどな。ヴィンセントの話も一理ある。

 兎にも角にも彼女は今、漆黒の君の筆頭候補の1人になっている訳だ。」


「はい。しかし私一個人の見解です。

 真実はまだ明らかにはなっておりません。」


「そうだな。

 …しかし、もし彼女が漆黒の君であるとするならば一体どんな勇猛な人物が現れるかと思っていたが、随分と麗しい女性だな。」


 王太子殿下は思い出したように語った。

 確かに日に透ける白い肌と黒絹のような流れる長い髪の美しい女性だ。少し俯くと長い睫毛が紫黒の瞳に影を落とし、儚げだったが、眉はキリリと凛々しいアンバランスさを持ち合わせていた。


「そうですね。リリー様には失礼ですが、あの華奢な身体にローズブレイドを救えるほどのエネルギーがあるようには中々見えませんね。」


「確かに。ヴィンセントの言う通りだ。」


「腕っ節が期待出来ないとすると重要になってくるのは魔力でしょう。リリー様は魔法を知らない様子ではありましたが、気を失っている間に診察したところ、脈からは想像していたよりも強い魔力を感じました。

 その事も彼女が漆黒の君であると考える理由の一つになっています。

 恐らく訓練をすれば強い魔法もお使いになられるでしょう。」


 王太子殿下は難しい顔をして言った。


「彼女が漆黒の君だと判明した暁には私達を救ってくれるのだろうか?

 利発そうで、ヴィンセントの話を聞いてからはこの世界で生きていく覚悟はしてくれているように見えたが。」


「はい。大変教養のあるお方とお見受け致しました。この国の状況を汲み取り、お力添えはして頂けるかと。」


 ふむ…と王太子殿下は少し考えるように呟く。


「それでは、この王宮にしばらく置いておいても問題はあるまいな?父上に進言しなくては…」


「はい。ソフィー様が侍女に話を聞いた所でも取り立てた問題は無さそうですし、しばらくは王宮に置いても問題ないでしょう。」


「しかしながら完全に信頼してしまうのも良くない。予言の前半は広く皆に伝わっているが、後半の部分は諫言令を敷いている。もう一つの条件を満たす者は少ないだろう。

 リリー嬢がその条件に合致する人物であるのか、温かく見守っていこう。」


「畏まりました。」


 殿下の言う通り、リリーに教えた予言にはまだ続きがあった。予言の前半は広く民衆にも知れ渡っていて、黒い衣を纏った彼女を見つけた時にはペリッサの街の者達はすぐに連絡を寄越した。

 しかしリリーの事が殿下の耳に入る迄の間に一体何人の漆黒の君が現れたのかは枚挙に暇がない。

 リリーの異世界から時空を超えてやって来たと言う話は突拍子も無いもので、最初は些か疑問ではあったが、今まで現れた漆黒の君候補達と比べれば遥かに可愛かった。

 予言の後半部分には漆黒の君に関するもう一つの条件があった。そしてその条件の詳細について知っているのは予言を行った数人の王宮魔術師と国王陛下、皇子たち、宰相や大臣等の国家の上層部の一握りの人間だ。

 二つ目の条件にリリーに当てはまる物なのかまだ確証は得られていない。


「そうとは言え、大切な筆頭候補だ。ローズブレイドに悪い印象を待たれても困る。丁重に扱おう。

 リリー嬢も知らない国に急にやってきて心細いであろう。ヴィンセント、貴族の子弟に行うような授業をしてこの国の話や魔法の事を詳しく教えてやってくれ。」


「そうですね。私の個人レッスンを受けさせましょう。」


 ヴィンセントが微笑みながら言うと殿下もクックッと笑った。


「しかし先程本を渡してみた様子ですと文字の読み書きは問題なく出来るようですし、高い教育を受けていた様に思えますから、覚えは早そうですね。」


「ヴィンセント、そのテストのためにソフィーに本を渡させたのか。」


 殿下が少し愉快そうに言った。


「ヴィンセントは本当に策士だよ。

 それはそうと、重要な魔法の力はどれ程ありそうか?」


「まだ詳しくは分かりかねます。が、私の推測では王立魔術学校の平均は超えると思います。」


「成人になって初めて魔法を使う者であってもか?」


「恐らくは。」


 王立魔術学校は魔法の使える貴族の子弟が中心に通う学校だ。一般の平民でも通えるが、平民の中でも魔力の強い者に限られる。その為、比較的魔法の力は強いはずなのである。


「なるほどねぇ…」


『コン、コン、コン』


 スタッカートの効いたノックの音が響く。

 殿下が返事をすると従者ドアを開けて恭しく頭を下げた。


「アルフレッド・フォーサイス様がお見えです。」


「分かった。すぐ向かおう。

 それではヴィンセントよろしく頼む。」


「畏まりました。」


 殿下とヴィンセントの密談は、ここでお開きになる事になった。


「…しかし本当に麗しい。」


 窓から注ぐ朱が殿下の頬を染めた。

 ヴィンセントは退出する直前、ふと殿下が呟いた言葉を聞き逃さなかった。





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