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03.漆黒の君Ⅱ

 


「私はヴィンセント・ウォルドーフ、王宮付き魔導師でございます。以後、お見知り置きを。」


 ウォルドーフ様はまるで彫刻の様な美しい整った顔立ちをしていた。

 しかし何故だか親しみ易く感じるのは、この世界に来てからまだ一度も出会っていない黒髪と紫黒の瞳が、自分と同じだからだろうか。



「さて、リリー様。貴女は気付いたらこの国にいたと仰った。私達もお召しになられていた黒い衣のデザインなどから、異国からからいらしたのかと考えておりました。

 それに私が言うのもなんですが、黒髪…というのはこの国では大変珍しい。私の知っている限りは我がウォルドーフの血縁の者くらいなのです。」


 ウォルドーフ様は再びにっこりと微笑んだ。


「しかし、私も、貴女様も親類縁者でない事は知っています。それであるのなら、恐らくは異国よりいらっしゃったのだと理解するのが自然です。

 では、リリー様は一体、どちらの国からいらしたのですか?」


「ウォルドーフ様の仰るとおりだと思います。」


 私は自分の産まれた国の名前をはっきりと答えた。

 国名を聞いた途端、ソフィー様が手にしていた本を勢いよく捲ったが、その動きをふと止めて小さく首を振った。


「世界地図を見てもそのような国は見当たりません。」


「失礼ながら、私も元の国に居た際にローズブレイドと言う国名を耳にした事はありませんでした。

 それに…元いた国では黒髪の者もとても多かったのです。」


「そうですか。いや、もしや…」


 ウォルドーフ様は顎に手を当てて少し考えるような仕草をした。


「これは、あくまでも私の見解ですが…。

 貴女は時空を超えてこの世界に入られたのでないかと考えています。そしてこの考えが正しいければ、大変な体力を使っていたはずなので、3日も眠りについていたのも頷けます。」


「時空を超えた…?まさか…」


 つまり、異世界にテレポーションしてしまったと言う事か。

 本当にそんな事がありえるのだろうか。

 遽には信じられないことだが、もしそうなのであれば、海辺で出会った女性が車を知らなかったのも納得出来る。


「確かに非常に稀有な事象です。」


 私の心を覗いたかの様にヴォルドーフ様は言う。


「もしも、私が時空を超えてきたとして、元の世界に戻る事は可能なのでしょうか?」


 両の親を亡くして前の世界にあまり未練はないにせよ、仕事を持っているし、友人もゼロではない。


 あ、今週末までにやらなくてはいけかなかったあの案件はどうしよう…チラと仕事の事が頭によぎる。


「それは何とも…。この出来事は人知を遥かに凌駕するものです。時空を超えて異世界に人を放り込むなんて、王宮の魔導師全員集めても不可能です。可能性が無いとは言えませんが、そう易々と出来る事でもないでしょう。

 そうですね…リリー様、全ては運命(さだめ)なのかもしれません。」


「そうですか…」


 戻れない可能性が高いと知って落ち込むが、この世界に生きていかなければ行けないと覚悟が決まった気がする。


「リリー嬢、落ち込まれる気持ちもとても理解出来る。故郷が恋しかろう…。」


 殿下の琥珀色の瞳が私を優しく見つめている。


「しばらくは王宮で過ごしなさい。貴女がこの国で、安心して暮らしていけるよう手を尽くすことをお約束する。必要な物があれば、すぐに用意させよう。」


 この申し出はとてもありがたい。なんせこの世界に家はないし、この国の通貨だって一銭も持っていない。

 ローズブレイドの文化も分からなければ、治安の良し悪しも分からない。こんな所で外に放り出されたら、途方に暮れてしまう。

 しかし、ここでふと疑問が浮かぶ。


「お心遣い、感謝申し上げます。王太子殿下のお言葉、大変心強く思っております。

 しかし失礼ながら…私のようにふらりと現れた異国人のような出立の怪しげな女にどうしてこんなに良くして頂けるのでしょう?

 身元も分からぬような私に、どうして殿下が謁見して下さるのかどうにも解せません。」


 この国の人達は平和ボケしているのかしら。口には出さないが心底心配になった。

 他国のスパイとか刺客とかそう言う存在は居ないのかしら?と首を傾げる。


「…ほう。リリー嬢の言う事ももっともだ。

 ウォルドーフ、説明を。」


「畏まりました。

 リリー様、それには予言が関わっているのです。」


「予言…ですか。」


「はい。実は現在、ローズブレイド王国は数年前に起きた他国との領地争いや作物の不作、王都での病の流行によって、不安定な状況が続いているのです。

 そこで、バージル王太子殿下のお父上にあらせられます国王陛下は現状を打破する為、王太子殿下を責任者に指名され、私を筆頭とする王宮付き魔導師に予言をするよう、命じられたのです。

 …ところで、リリー様は魔法を使われた事はありますか?」


「いいえ。私の元いた国では魔法は何というか…空想の世界にある物で、実際に使う人は居ませんでした。」


「そうですか。それではご存知ないかも知れませんが、この世界では、魔法に精通している者がそれを用いて予言を聞く事が出来るのです。

 この地にこの空にこの海に風に木々に水に花に魔導師が強い魔力を使って問いかけます。

 すると時に、答えを返してくれる時があるのですよ。それを私達は予言と呼んでいます。」


 ヴォルドーフ様は再びにっこりと微笑んだ。


「そして、国王陛下のご命令から何度かの挑戦の後、今から遡る事数ヶ月前に遂にその答えが返ってきたのです。」


「そしてその予言に私が関わっている、という事ですね?」


 なるほど。それで私を特別に保護していると。

 一体どんな予言だったのだろう。聞きたいような、聞きたくないような…。


「仰る通りです。それはこの海からの答えだったと記憶しています。」


 ウォルドーフ様はここで少し声を低くして言った。


「『燃ゆる海から出でし君

 漆黒をその身に纏い

 この世の苦しみを全て

 癒すであろう』…と」


 はっと息を飲んだ私を見て殿下が笑った。


「あとはリリー嬢、貴女も心当たりがあるだろう。

 夕暮れ時、海の街、黒い装束にその魅惑的な黒髪…

 我々は貴女が、この世を癒すと言う救世主『漆黒の君』の()()なのでは無いかと考えている。」


 殿下はウォルドーフ様にチラッと視線を送る。


「はい。予言ではいつ、どこでその救世主が現れるのかも、名前も性別も年齢も全て不明でした。リリー様がその救世主であるのか、それともたまたま似たような状況にあったのかは分かりません。」


「だが、貴女は我々にとって大切な救世主である可能性がある事には変わりない。ここでは丁重にもてなしたいと思っている。例え、その予言の救世主であろうと、なかろうとだ。」


 そして殿下は優雅に紅茶を口にした。


「リリー嬢、貴女の今後の生活は補償しよう。この国で生きて行く為の支援もして行こう。我々はそれ程、救世主を必要としているのだ。

 だから、貴女が漆黒の君であると分かった暁には、どうかこの国のために力を貸しては貰えないだろうか?」


 殿下の問いかけに少し困惑する。もちろん、この国の為に出来ることは協力したい。

 しかし、もしも帰れるのならば、いつか元いた国に戻りたいと思ってしまう私は薄情者だ。

 結局、私は是とも非とも取れるずるい返答をしたのだった。


「はい。私に出来ることでしたら。」


 私のひどく曖昧な返事にも、殿下は少しだけ安心したように頷いた。





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