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02.漆黒の君Ⅰ

 


 ふと。

 朝の匂いがした。それはどこか懐かしい。

 優しい光と鳥の囀り、それに優しい温もり。


 私は、この感覚を知っている。

 けれど、きっとどこかに忘れてきてしまった…。




 ゆっくりと目を開く。

 そこは見覚えのない空間が広がっていた。


 比較的大きな部屋のベッドに横になっていた。

 少しだけ開いた窓からは薄い光が差込む。心地よい風が頬を擽ぐる。

 そしてベッドの近くには人の気配があった。


「あら。

 お目覚めになられたのですね。」


「ここは…?」


 なかなか働かない頭をようやく起こして自分の記憶を辿ってみたが、やはりこの部屋に見覚えはなかった。


「王宮の一室でございますよ。

 気を失って倒れられたのを覚えていらっしゃいますか?」


 メイド服を着た女性がニッコリとして、侍女のグレースだと名乗った。

 歳の頃は私よりと3つ4つ若いであろうか。落ち着いた栗色の髪を1つにまとめたとても綺麗な女性だ。


「いいえ。あまりよく覚えていなくて。

 …今、王宮と言われました?」


「はい。今いらっしゃいますのはローズブレイド王国の王宮の一室です。」


 人の良さそうなグレース様はとても丁寧に答えてくれた。

 私がいたのは自宅から車で1時間程の海だったと思うが、もちろんローズブレイド王国の海などではなかったはずだ。

 倒れる前の出来事は夢であって欲しいと願ったものの、どうやら現実で間違えはないらしい。



「私はどれほど眠っていたのですか?」


「はい。3日お休みでしたよ。」


 3日…そんなにも眠っていたのか、と驚いた。


「きっとお疲れでいらしたのでしょう。ただ今、お食事をご用意させて頂きますね。」


 部屋の中をぐるりと見回すと、質の良い調度品が並ぶ過ごしやすそうな空間だった。なるほど、王宮の一室である事も頷ける。華美ではないがとても上品だ。


 グレース様に用意して貰ったパンや野菜のスープを食べて、シャワーを浴びさせてもらう。


「とても美しい御髪でいらっしゃいますね。艶やかでコシがあって真っ直ぐ、まるで黒絹のようですわ。」


 グレース様がブラシで髪を解きながら、鏡ごしに笑いかけてくれる。


 グレース様は褒めてくれるけれど、私も綺麗な人に見つめられると照れる。

 例え鏡を隔てていたとしても。

 しかし、着替えも身支度も自分で出来ると伝えたが、「言い付かっておりますので…」と微笑まれてしまった。


 気を失うまで着ていた喪服は姿を消し、濃紺のシンプルだけどこれまた質の良さそうなドレスが用意してあったので身に付ける。


 支度を終えて、一息ついていると、グレース様は少し心配そうに声をかけてくれた。


「お客様がいらしています。お疲れだとは思いますが、お会いになられますか?」


「お客様…ですか?」


「はい。王太子殿下が急ぎお会いしたいとの事です。」




 ベッドルームの隣にある居間に案内をされるとそこには男性が2人と女性が1人既に座ってグレース様の淹れたお茶を飲んで待っていた。

 3人が3人とも大変整った顔立ちである。


 ゆったりと椅子に座った男性が座るようにと勧める。なるべく丁寧に見えるように気をつけて頭を下げ、椅子に座る。


「お初にお目にかかる。目を覚ましたばかりなのに、急に押しかけてすまないね。

 私はバージル・ローズブレイド。それから、こちらは王宮付き魔導師のヴィンセント・ウォルドーフと文官のソフィーだ。」


 たっぷりとした赤銅色の髪をした華やかな見た目の男性が口を開いた。

 ヴィンセントと呼ばれた黒髪に白いローブを纏った男性とソフィーと呼ばれた生真面目そうな女性が小さく頭を下げた。


「王太子殿下でいらっしゃいます。」


 グレース様がそっと囁いてくれる。


「お初にお目にかかります。私は、えーっと…」


 名前を名乗ろうとして、私の名前はここにいる人達にとってとても馴染みのない名前だと気付く。そのまま本当の名前を名乗るのが憚られた。


 名前を言い悩んでいると殿下の琥珀色の瞳に急かされている気がして焦る。

 この国の礼儀作法について全く分からないけれど、初対面時の挨拶は大事よね。


 殿下の座っているソファーの近くに生けてある百合の花が目に入った。


「リ、リリー・シュヴァルツと申します。

 私から伺うべき所、御足労頂き大変申し訳ありません。こちらの礼儀作法も分からない身の為、ご無礼をお許し下さい。」


「やっと目を覚まされたレディーをこちらから見舞うのは当たり前の事だ。リリー嬢、体調はどうだい?」


 紅茶に口をつけてから殿下は何でもないと言うように言った。

 あぁ…溢れんばかりの美しさを振りまかれて逆上せそうだ。この国の顔面偏差値は異常に高いのではないだろうか。


「お心遣い痛みいります。もうこのようにピンピンしております。」


「そうか。それは喜ばしい事だ。

 それでは、リリー嬢の体調の良いうちに少し我々の話に付き合って頂こう。

 ソフィー、任せたぞ。」


「畏まりました。

 先程ご紹介に預かりました文官のソフィーと申します。どうぞソフィーとお呼び下さい。」


 ソフィー様はとても優秀そうに見えるが、微笑みは柔らかい。


「まず、リリー様は4日前の夕刻このローズブレイド王国の海の街ペリッサの海岸にいらっしゃり、街の女性と言葉を交わされ、意識を失くされました。その後、ペリッサの街の代表から領主へ連絡があり、領主がこちらの王宮にお連れ致しまして、私共の方でお世話をさせて頂いておりました。

 その辺りは侍女のグレースから聞かされていると思いますが、いかがでしょうか?」


「はい。グレース様よりそのように伺っています。

 ご丁寧に対応頂きありがとうございます。」


 本当に丁寧に対応して頂いて、感謝の気持ちしかない。

 烏のような格好の怪しげな女にどうしてこんなにも大切にしてくれるのだろうか。


「とんでもない事でございます。

 ところで…ご自身ではその時の事を覚えていらっしゃいますか?」


「はい。意識を失う前までの事は覚えております。」


「それでは、いささか不躾ではございますが、こちらが把握している前の事、例えばどちらからいらしたか…など覚えている事はありますか?」


 そりゃそうですよね。一言二言言葉を交わして、海辺でぶっ倒れて目を覚まさないなんて、色々疑問が湧いて仕方がなかっただろう。


「覚えています。

 しかし…不思議なのです。私の故郷で海が夕焼けに染まるのを見ていたはずなのに振り返ると、この国に来てしまっていて…。」


 少し口籠る。


「妙な事を申し上げていると言うことは分かっています。怪しげだと言うことも…。

 ですが、覚えてはいるのですが、はっきりとした事は私にもさっぱりわからないのです。」


 ソフィー様は少し困ったように、王太子殿下に視線を送った。


「なるほど、なるほど…」


 その様子を見て、これまで口を開かなかったウォルドーフ様が急に声を上げた。

 顎に手を当てて、しきりに頷いている。


「ソフィー、ここからは私が説明を変わろう。

 リリー様は大変困惑されているようだ。」


 そしてその異常に整った顔に美しい笑みを浮かべた。




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