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14.薫る紅薔薇 I

 

「素晴らしい防衛魔法と癒しの魔法を使ったとアルフレッドから聞いていますよ。」


 久しぶりに会うヴォルドーフ様は、今日もとても整った笑顔で褒めてくれた。


 白薔薇のガーデンパーティーから数週間は王宮内もバタバタと騒がしい毎日であったが、ようやく落ち着いたのでヴォルドーフ様も魔法の指南を再開するとリリーに宣言していた。


 今回の事件は魔術に関わるものではないからか、若しくは興味がないのか、周りがどんなに忙しく駆けずり回っていてもヴォルドーフ様は完全に我関せずと言った様子ではあったが、事件の概要を知る伝手は少なからず持っているようだった。


「アルフレッドの話からリリーが実戦でもしっかり防衛魔法を使える事が分かりましたし、今日からは攻撃魔法に少し力を入れてみましょうか。今後、あのような事件が起こらないともかぎりませんから。」


 事件の話を寧ろ楽しそうに話すヴォルドーフ様を困った顔で見つめると、再びにっこりと微笑まれたのだった。



 再開後初の指南はヴォルドーフ様の言った通り、攻撃魔法を中心に約2時間みっちりと行われた。

 一括りに攻撃魔法と言っても、火や水、風に光様々な要素の魔法があって使い分けが難しい。

 ヴォルドーフ様に向かって攻撃魔法を仕掛けるが、なかなか安定しない。

 そんな姿にヴォルドーフ様は笑いながら何度もお手本を見せてくれる。流石、王宮付魔導師様は難なく種類の異なる攻撃魔法を操っている。

 とてもそんな華麗な魔法捌きの出来ないリリーはもうすっかりくたくただった。



「あの、ヴォルドーフ様。1つお願いがあるのですが…」


「何でしょうか?」


 ご指南が終わり、お茶とお茶請けを頂きながら、声をかける。

 ヴォルドーフ様曰く、この時間がとても大切で魔法で消耗した体力を糖分で補充しているのだとか。攻撃魔法は特に体力を使うらしいので、今日のお茶請けは乾果の蜂蜜漬けや砂糖菓子などがいつもより多く盛られている。


「魔法薬学の研究室には大きな竃がいくつも並んでいると伺きました。もしも可能であれば、それを使わせて頂きたいのですが…もちろん、研究室がお休みの日で構いませんので。」


 ヴォルドーフ様は何か聞きたそうな顔をした。

 白薔薇のガーデンパーティーでバージル王太子殿下と話をしてからずっとやってみたかった事だ。


精油(オイル)を作りたいと思っていまして。」


 リリーがそう付け加えると少し不思議な顔をしたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「借りられると思いますよ。研究室を1日貸して欲しいと言う事ですね?責任者に了承をとりましょう。」


 ヴォルドーフ様曰く、研究室を借りることは普段はそんなに難しくないらしいが、丁度重要な研究を行っている真っ最中だと先延ばしになる可能性もあるとの事だった。


「恐らく、私がお目付け役をしなければならないでしょう。」


 たしかに白薔薇の事件の後である。国家の重要な研究をしている場所に部外者が立ち入れば少し警戒されるかも知れない。その点、魔法薬学の研究室からすれば王宮付魔導師であるヴォルドーフ様がお目付役なら安心だろう。

 先日のお言葉に甘えて、フォーサイス様にも護衛と言う名の見張りをお願いしようかと考えた。


(薔薇が枯れる前にお願い出来るかしら…)


 リリーは蜂蜜漬けで甘ったるくなった口内を紅茶で潤しながら思った。





 数日後、ヴォルドーフ様から研究室の使用許可が出たと書面で連絡が来て、実際に使う事が出来るのは今週末と記されていた。

 思いの外、早い回答だったのはお目付役と警護役として申請したヴォルドーフ様とフォーサイス様の信用力の賜物だろう。


 すぐに侍女を通じて庭を管理している庭師の長に剪定した薔薇を譲ってくれるように頼んだ。

 あれだけ広い庭園だ。集めればすごい量になるだろう。出来れば香りの良いダマスクローズが良いと言ってみたが、王宮の庭園では栽培していないようだった。

 侍女達の話では庭師長はかなり訝しげな表情をしていたらしいが、了承してくれたらしい。


 それからグレースに銅製の大きな蓋つきの鍋と、同じく銅製の管を用意して貰うよう頼んだ。

 鍋はともかく、銅製の管なんて見つけられるか不安だったが、さすがに優秀な侍女である。

 伝手を駆使して、どうにか見つけて来た。想像していたよりも大分太い管ではあったが、十分な物だった。



 そして待ちに待った週末。大きなカゴいっぱいに入った真紅の薔薇の花と大きな銅製の鍋を侍従に手伝って貰って研究室まで運ぶ。自室から研究室までの道のりですれ違う人はみんな奇妙な物を観た様な顔をしていた。


 王宮の一角にある研究室には大きな竃がいくつも並んでいた。様々な薬草などが入った瓶が所狭しと置かれてはいるが、清潔にされている。

 手伝ってくれた侍従にお礼を行って帰すと、白い白衣を羽織り、長い髪をまとめた。


 グレースに頼んでもらった銅製の蓋つき大鍋を竃に置いて、匂いが篭らないように窓という窓を開け放つ。貰った真紅の薔薇の花弁は1枚1枚よく水洗いしてから鍋に入れた。


 さて、後は火を点けるだけだ。しかし竃に火を点けようとするが中々上手くいかない。

 一度大きく息を吸って、竈に意識を集中させる。しかし、その火は強すぎたり、弱すぎたり…火の魔法はやっぱり苦手だ。


『燃えろ』


 困っていると後ろから声が聞こえて、竃にちょうど良い塩梅で火が灯る。


「アル、リリーは火に関わる魔法が全くダメなので、練習させなくては。甘やかしてはいけません。」


「それは申し訳ない事をしたな…」


 振返ると今日も整った笑顔を張り付けたヴォルドーフ様と輝くような麗しのフォーサイス様が立っていた。どうやらフォーサイス様が気を利かせて火を点けてくれたらしい。


「ところでリリー、何をしているのですか?」


 ヴォルドーフ様は心なしか楽しそうにしている。一応、お目付役なので様子を見にきているらしいが、意外にも珍しい物好きのミーハーなのかもしれない。


「今は薔薇の花弁を煮詰めて蒸留をしようとしています。」


 この世界では魔法がある為か、元いた国程科学はあまり発達していない。車ではなく馬車を使うくらいである。

 その為、蒸留と言ってもグレース達侍女は不思議な顔をするばかりだったが、ヴォルドーフ様は魔法薬学の知識があるからか何となく理解してくれたようだ。


 ヴォルドーフ様とフォーサイス様が蓋を少し開けて大鍋の中を覗き込んだ。

 先程、真紅の薔薇の花弁を入れた大鍋はぐつぐつと煮立ってきた。これを更に煮詰めていく。

 頃合いを見て、大鍋に特注で用意してもらった細い銅製の管を繋げる。


 じっと3人で鍋を見つめていると、だんだんと芳しい香りが漂って来た。


 後はしばらく待つだけなので、3人で椅子に腰掛け話をする。


「ところで、リリーは何故このような技術を知っているのですか?」


「実は元いた国でアロマセラピーと言うものにハマっていたんです。」


「アロマセラピー?」


 フォーサイス様が首を傾げる。

 整った顔立ちの2人に見つめられて、緊張してしまう。


精油(オイル)を使って心身共にリラックスさせたり、リフレッシュさせる健康法の事です。

 元いた国では精油(オイル)を購入して使っていたのですがこの国では生産されていない様なので、昔読んだ本に書いてあった作り方を参考に自分で作ってみる事にしました。」


「花が健康に繋がるなんて知らなかったな。」


 フォーサイス様が薔薇の花が綻ぶ様に微笑むので、つい顔を赤くしてしまう。

 慌てて紅い鍋を覗き込むが、ヴォルドーフ様が何故かニヤニヤと笑っているのが見えた。



 しばらく鍋を火にかけておくと、管からはポタポタと滴が落ちて来る。


「これの液体が精油(オイル)なのか?」


 フォーサイス様が首を傾げた。


「いいえ。この液体のうち、しばらく置いておくと上に上がってくるのが精油です。下に溜まっているのは芳香蒸留水(ローズウォーター)と呼ばれています。」


「なるほど。分離させるわけか。」


「しかし、その精油(オイル)なる物と芳香蒸留水(ローズウォーター)なる物との違いは何ですか?」


精油(オイル)はとても芳しい香りを楽しめますが、これだけの薔薇の花弁を使ってもほんの少ししかとれません。その点芳香蒸留水(ローズウォーター)は香りの豊かさでは劣りますが、量が取れるので良いですね。」


 しばらくして分離してきた精油(オイル)芳香蒸留水(ローズウォーター)を掬い、それぞれ小瓶に入れて蓋をきつく締める。


「ヴォルドーフ様、フォーサイス様。この小瓶をバージル王太子殿下にお渡し頂けないでしょうか?以前、殿下にはこの精油(オイル)についてお話した事があります。お渡し頂ければ、ご理解頂けると思います。」


 ヴォルドーフ様とフォーサイス様が顔を見合わせる。


「この精油(オイル)はローズブレイドの新しい名産品になるかもしれません。」


 そう言ってヴォルドーフ様に小瓶を手渡した。



 

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