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13.瑠璃色の訪問者

 


 白薔薇のガーデンパーティーから数週間。

 王室主催のパーティーに刺客が乱入したせいで毎日ピリピリとしていた王宮の空気が、少しずつ和らいで漸く元の落ち着きを取り戻そうとしていた。


 しかし、何となく部外者の身で王宮をふらふらするのは憚られ、庭園を散歩したり図書室に行くのを遠慮していた。王宮内はかなりの警戒体制を敷いているだろう事が分かっていたからでもある。


 その為、グレースの借りていてくれた本を読んだり、侍女達にねだられている刺繍をしたり、バルコニーでお茶をしてみたりと極力自室で過ごしていた。

 グレースや侍女達が気にかけてくれている事には気付いていたが、やはり外出は気乗りしなかった。



「リリー様、お客様がじきにいらっしゃいますわ。」


 そんなある日、興奮した様子の侍女が部屋に駆け込んで来た。


「お客様?」


 今日は誰かいらっしゃる予定だったかしら?と首を傾げる。


「それが、あのフォーサイス伯爵家のアルフレッド・フォーサイス様なのです。」


 その全く聞き覚えのない名前に更に首を傾げる。


「あの『氷の貴公子』様ですよ?ご存知ありませんか?」


「あまり聞き覚えがなくって…。」


「フォーサイス伯爵家は美形(イケメン)の家系として有名ですわ。次男でいらっしゃるアルフレッド様はその上、文武両道の誉高きお方です。」


 なるほど。

 来訪者は、良い家柄(とこ)のイケメン御曹司らしい。侍女達が騒ぐのも頷ける。

 しかし、何故そんな人が訪ねてくるのかはよく分からなかった。


 別に着ているドレスで会っても良かったのだが、どうしても着替えるべきだと言い張る侍女の意見を聞き、用意された華やかなライラック色のドレスに着替え、身支度を整えると急いで居間へ向かった。



「大変お待たせして申し訳ありません。

 リリー・シュヴァレツと申します。」


 来訪者は既に居間で待っていた。伯爵家の御子息と伺っていたので、ガーデンパーティーのために覚えた礼をする。

 すると相手も立ち上がり、胸に手を当ててお辞儀をした。


「リリー・シュヴァレツ嬢、急な訪問で大変申し訳ない。先日の礼をどうしても伝えたくて。」


 ゆっくりと頭を元の位置に戻す。

 すると目の前で麗しい笑みを浮かべていたのは図書室の『目の保養』さん、その人だった。





『目の保養』さんもといアルフレッド・フォーサイス様はエリート集団、近衛騎士団を率いる若き団長だった。


「白薔薇のパーティーの責任を感じた団長と副団長が辞任をしてね、私が繰り上がっただけだよ。」


 フォーサイス様は謙遜して笑ったが、後から聞いた噂では家柄、実力共にフォーサイス様が最もふさわしい存在であったらしい。


「本当はもっと早く礼を伝えに伺いたかったのだが、白薔薇のガーデンパーティーの後始末や、団長に就任する為の準備で毎日騒がしくてね。

 遅くなってしまって大変申し訳ない。」


「いえ。本当にお気になさらないで下さい。」


 フォーサイス様が真っ直ぐに私の目を見て言った。その瞳は深い瑠璃色で、見た目はとても華やかな人だけれど、何となく真面目な人なんだろうな、と感じた。


「ヴィンセントから貴女のことはよく聞いているよ。」


 聞けばフォーサイス様はヴォルドーフ様と古くからのご友人だと言う。

 ヴォルドーフ様は一体何を言ったんだろうと少し冷や汗が流れた。


「私も、フォーサイス様を図書室で数度お見かけした事があります。」


 フォーサイス様は何とも言えない表情をした。

 そもそもフォーサイス様を図書室でよく見かけていたのは、密かに私の警護をしていた為だったと知った。

 まあ、半分は監視の意味もあったと思うけれど。


「リリー嬢にしっかり気付かれていたとなると、やはり私は間者には向かないな。」


 フォーサイス様は少し恥ずかし気に笑った。

 まあ、こんな華やかな雰囲気を纏った人が目立たない様に生きるなんて難しいに決まっている。


「いつも図書室で魔術の本を一生懸命読んでいたのを見ていた。

 あの素晴らしい魔法は努力の賜物だな。ヴィンセントもとても褒めていたよ。」


 図書室で沢山の本を積んで山にしていた事を思い出し、恥ずかしくなった。


「貴女の魔法に助けられた。本当にありがとう。」


「い、いえ。とんでもない事です。」


 フォーサイス様の輝く笑顔に目が眩みそうになった。


「お礼の品を何か用意したかったのだが、ご婦人の喜ぶ物が分からなくてね。ヴィンセントに貴女の好きな物を聞いてみたんだ。甘い物が好きだと言っていたから、もしも良ければこれを。」


 フォーサイス様は困ったように笑って、美しく包装された箱を取り出した。


「最近、王都の御婦人方に話題の異国の加加阿カカオという実を原料にしている菓子だそうだ。

 貴女の口に合えば良いが…。」


「ありがとうございます。

 あの、開けてみてもよろしいですか?」


 フォーサイス様が、もちろんと頷いたのでリボンを解き可愛らしい包みを開く。

 そこには大好きだったお菓子が、綺麗に並んでいた。


「これは…チョコレート…」


「え?」


「あ、いえ。元いた世界でチョコレートと呼ばれるお菓子と同じ物だったので、驚いてしまって。

 好んでよく食べていたお菓子だったのですが、この国では食べられなかったので、とても嬉しいです。

 新しいお茶をご用意致しますね。」


 グレースが既に準備をしていたので、すぐに新しいお茶が注がれる。

 そして、小さなケーキトングでチョコレートを小皿に取り分けるとフォーサイス様と私に渡した。


「いただきます。」


 口に含むと、その甘さがとけて自然と笑みが溢れる。

 シンプルな純チョコレートの様だったが、久しぶりの大好きな味だ。


「とても美味しいです。」


「…喜んで貰えて良かった。」


 フォーサイス様は手で口元を隠しながら少し照れたようにしていた。


「皆さんも頂いたら?フォーサイス様、よろしいですか??」


 侍女達が興味深々でこちらの様子を伺っていたので、声をかける。

 フォーサイス様も笑顔で答えてくれた。


「よろしいのですか?フォーサイス様、ありがとうございます。」


「とても美味しいですわ。」


 侍女達は喜び、チョコレートを口にする。

 美味しそうに頬張る侍女達を見て、フォーサイス様と微笑み合った。





「今日は突然押しかけて大変失礼をした。」


「とんでもない事でございます。久しぶりに人とお話をして、お茶と美味しいお菓子を頂けて、とても楽しかったです。」


 しばしの歓談の後、フォーサイス様は帰り支度を始めた。近衛騎士団の団長をも務めている方だ。忙しい合間を縫ってお礼に来てくれた事を嬉しく思った。


「リリー嬢、最近図書室でもお見かけしていないが、外に出るのを遠慮しているのか?」


 フォーサイス様は少し憂慮した表情をみせた。

 憂いを帯びた瞳さえも秀麗だ。


「部外者が歩き回ると、皆さんも心配するでしょう。」


「貴女を疑っている者はいない。」


「でも、私は信用に足る経歴を何も持ち合わせていません。」


 下手に疑われたら、この国で後盾もないリリーである。追放されたり、最悪処刑されたりする事もあるやもしれない。

 フォーサイス様は顎に手を当てて少し考える様な仕草をした。


「それでは、こうするのはどうだろう?貴女が外出をする際は近衛騎士団の者が護衛に着く。そうすれば、周りの者も安心するし、貴女も気を遣わずにすむ。」


「そんな…皆さん忙しいでしょう。私なら大丈夫ですから。」


 フォーサイス様からの申し出を慌てて断る。

 王族の皆様をお守りする皆さんの手を煩わせてはいけない。


「いいや。貴女は『漆黒の君』候補だ。バージル王太子殿下からも貴女のことを大切にお守りする様に仰せ付かっている。」


「でも…。」


「リリー嬢、貴女は自分の価値をご存知ない。ローズブレイドでは『漆黒の君』は王族に次ぐ重要人物なんだよ。」


 その深い深い瑠璃色の瞳に見つめられると、つい動揺してしまう。

 リリーは頷く事しか出来なかったのである。




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