12.白薔薇の後始末
白薔薇のガーデンパーティーの後始末は混沌を極めた。
バージル王太子は執務室に戻ると崩れる様に椅子に座った。執務室の机の上には多数の書類が山積みだ。
それを目にしただけでもげんなりとする。
花を愛で、国民と親しく語り合う場になる予定だったと言うのに。
負傷者が居なかったのが不幸中の幸いである。
吐いた溜息はドアをノックする音によって掻き消された。
返事をすると侍従が入ってきて恭しく頭を下げる。
「近衛騎士団、アルフレッド・フォーサイス様がお見えです。」
「通してくれ。」
こめかみを揉みながら答える。
しばらくすると足音が聞こえた。
「失礼致します。アルフレッド・フォーサイス参りました。殿下、お呼びでしょうか。」
やって来たのは先程、暴漢からバージル王太子を見事に守った近衛騎士団の団員だ。
豊かな金髪に瑠璃色の瞳を持つ秀麗な男は、礼の形まで様になっている。
近衛騎士団は王国の騎士団の中から選抜されたエリート達の集団であり、主にバージル王太子達王族の警護を行なっている。
特にこのアルフレッドは文武に優れ、かつフォーサイス伯爵家の次男という国内屈指の名門の出だった為、若くしてバージル王太子側付きに任命されていた。
フォーサイス伯爵家は古くは王族とも血縁関係のあったと言う伯爵家の中でも有力な家の1つだ。
そしてこの伯爵家はやたらと容姿が整った家柄なのである。
フォーサイス家は3人兄妹であるが、アルフレッド達兄2人はもちろん、特に妹は『瑠璃色の女神』と通り名が有るほどだ。
嘘か真かフォーサイス伯爵家の治る領地は妖精の丘と呼ばれ、一族は美しい妖精の末裔であると囁かれている。
当然のように御令嬢方からの人気は高かったが、アルフレッドの浮いた噂は聞いた事がなく、バージルと同じく結婚に興味がない人種だと勝手に思っている。
バージルは座れ、と手で合図をするとアルフレッドは丁寧に頭を下げてから椅子を引く。
側に控える侍従にお茶の準備をさせてから人払いをした。
「その後の状況報告を頼む。」
バージルはため息をついて言った。
「畏まりました。
まず首謀者はあの2人の庭師です。そして、奥歯に毒を仕込んでいました。取調べをする前に捕まったと分かるや否や、その毒を強く噛み絶命してしまいました。
何も聞けず終いですが、あの身のこなしをみると彼の国からの間者でしょう。」
「コーレライか…」
バージルは苦虫を噛み潰したような顔をして、お茶に口を付けた。
「恐らくは。」
「しかし、それなりの腕前だったのだろうが、アルが簡単に組み伏すから祖国に顔向け出来なかっただろう。」
今度はすこし得意気に鼻で笑った。
「2人の庭師は件の予言を明らかにする数ヶ月前から庭師として忍んで居たようです。採用の際に出された経歴に怪しい所はありませんでした。」
王宮の庭師に採用されるのだから、当然その経歴や親戚関係も厳しく洗われるが男達に怪しい点は見つからないようにしてあった。
再度見直しを行ってはいるが、無駄であろう。
「なるほど。用意周到だな。」
「かなり計画的に仕組まれていた事かと思われます。現在他の庭師に間者が紛れ込んでいないか、調査中です。」
「なるほどな。しかし、庭師以外にも王宮で働いている者に間者がいないが調べるとなるとかなり骨が折れるな。」
言葉通り、それは気の遠くなるような大変な作業になりそうだ。
アルフレッド達のようにある程度の立場にある人間は肩書きもバッググラウンドも明確な為面倒は無いが、庭師や料理人、雑用係は市井の出なので調べるのに苦労するだろう。王宮で雇っている人数は膨大である。
しかしそれを国王陛下が一言、やる。と言ってしまえば文官達はしばらく瞬きも出来ない程多忙になるだろう。
「それから今回の狙いは恐らく殿下ではなく、『漆黒の君』の殺害、または略奪でしょう。
ローズブレイド王国の転覆を狙ったのか、彼の国の国益の為だったのかは結局分からず終いですが…。」
「そうか。」
『漆黒の君』がガーデンパーティーに参加すると言う話を庭師と言う立場を利用して仕入れ、狙ってきたと言うわけか。
美しい黒髪の女性と、艶やかな褐色の肌をした女性を思い浮かべる。
混乱した世の中では、この世の苦しみを全て癒すという『漆黒の君』について他の国々も虎視眈々と狙っているのがよく分かった。
「爆発物につきましては、どうやら庭師という身分を利用して他の庭師たちの目を盗んで土の中に埋めて隠していたものが爆発したようです。」
たしかに爆発の際、土埃がたちこめていた。
「なるほど。それてまは警護の者達もさすがに広い庭園を全て掘り返すのは無理があるな。」
今回のガーデンパーティーでは近衛騎士団がバージルやゲストの警護を、別の騎士団が庭園の警備を、担当していた。
「庭師の帯刀を見抜けかったのは我々の落ち度です。」
「来年からはガーデンパーティーを行う際には身体検査を取り入れるか。」
御令嬢達は嫌がるだろうな、と笑う。
そんなバージルをアルフレッドは見つめている。
「殿下…。この度は御身をお守りしきれず、申し訳ございませんでした。」
アルフレッドが再び立ち上がり、深く深く頭を下げた。
しかしそれをバージルは手を振って遮った。
「いや、お前のおかげで私には傷ひとつない。」
「しかし…」
「お前こそ腕の傷は問題ないのか?」
「はい。擦り傷でしたし、綺麗に治して貰いましたので心配には及びません。」
「そうか。それは良かった。リリー嬢の魔法のおかげだな。」
金色を纏う魔法の様子を思い出す。ヴィンセントに魔法の指南を任せたが、筋が良いようだった。
いくら才能があると言っても、この短時間であそこまで育て上げるヴィンセントも大した物だ。
「…先程、近衛騎士団の団長と副団長から辞意を伝えられた。」
「な…」
アルフレッドは驚いたように端正な顔を歪める。
この事件において、バージルは近衛騎士団を責めるつもりは毛頭なかった。それは王である父も同じようであった。
事件自体は大きな騒ぎになってしまったが、近衛騎士団は王族を護ると言う本来の役割を見事に果たした。
「今回の責任を感じてと言うこともあるとは思うが、2人とももう歳だ。そろそろ後進に譲りたいと言う話を父上は前々から聞いていたそうだ。」
アルフレッドは少し悔しそうな表情をしている。
この男は責任感が強いのだと長年の付き合いで知っていた。
上官には目をかけられ、部下には慕われる、そんな男だと言うことも。そしてバージルの持論だと同性に好かれる人間は信頼がおける。
「表面上、団長と副団長が責任を取る形になるのだから、他の者への処分は行われない。」
こんな所でこの男を躓かせては行けない。バージルはいずれアルフレッドを自分の右腕にしたいと考えている。
「アル、お前は近衛騎士団に残れ。これは父上からのご命令でもある。
残って、騎士団を指揮しろ。」
「殿下、それは…」
アルフレッドは言葉の意味を理解したのが、驚いたように顔を上げた。
「近衛騎士団の団長への就任だ。
団長、副団長共にお前を推薦している。父上も私もお前しかいないと確信している。」
先程、届いた書状を見せる。アルフレッドを推薦するという書状にはそれぞれ団長、副団長の署名がされていた。
「就任式は5日後だ。異論は認めない。」
アルフレッドは自責の念に苛まれているようだったが、ゆっくりと返答をした。
「殿下、仰せのままに。
有り難き幸せにございます。」