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01.夜の黒、昼の橙

 


 薄暗い部屋にくねる煙。

 満たす香は異国の甘ったるいものだった。


 魔法陣の上に1人の白いローブを纏った恐ろしく整った顔立ちの男が立ち、眉間を寄せて力を込めている。

 周りを囲う数人の者たちも同様に白いローブに身を包み、息を潜め、その様子を眺める。


 白いローブの男は大きく息を吸い、そして止めた。時間が止まる。

「大地よ、空よ、海よ、我らを導き賜え。

 風に、木々に、水に、花に答えを授け賜え。」


 魔法陣が世界が歪むような感覚に陥ったのは1人や2人ではないだろう。

 急に魔法陣が眩い光に包まれた。光は部屋全体を一気に包み込み、やがて消えた。

 魔法陣の中にいた白いローブの男はゆっくりと口元に笑みを浮かべた。


『燃ゆる海から出でし君

 漆黒をその身に纏い

 この世の苦しみを全て

 癒すであろう    』


 その笑みを含んだ口元からまるで溢れるように言葉が部屋に響く。


「「「う、おおおぉぉぉぉーーー」」」


 歓喜の声がこの大地を揺らした。







 夕焼けに染まる海を見ていた。

 昼と夜とが混ざり合うこの時間、海のシーズンはまだまだ先の事で。小さな砂浜にいるのは私1人で、白波の音が聞こえるだけだった。


 そう1人だった。

 唯一の肉親を失って、私は文字通り独りになった。


 私の肉親は父だけだった。

 母の事は知らない。あまりに幼すぎて残念ながら記憶には残っていなかった。

 ただ、身体が弱く、儚げな、しかし美しい人だったと酒を飲んだ父はよく言った。私の髪も瞳も母の物だ、私の頭を撫でては懐かしげに酒を煽る父の姿をとふと思い出す。


 乗ってきた車を停めた海岸沿いにある漁村の古い食堂から魚を焼く臭いがして、鼻の奥が少しツンとする。


 …よく海に連れてきてくれた。

 父と母が初めて2人で暮らした街が海の近くにあったそうで、父は子供を遊ばせるのなら海だと言う気持ちが強かったようだ。私は海に行くことよりも、仕事で忙しい父と出かけられる事が嬉しかった。


 父は肉料理は少し苦手だったけど、魚を捌くのは上手だった。お弁当にはウサギの形の林檎を良く入れてくれた。お気に入りのブラウスに綺麗にアイロンをかけてくれたし、喧嘩した友達の家に一緒に謝りに行ってくれた。年頃の娘との2人暮らしはきっと思い悩む事も多かったのだろうと気付いたのは大学の卒業式で号泣する父の姿を目にした時だ。


 けれど…その父が逝った。私はもう独りだった。


 本当は父に花嫁姿を見せたかったな、なんて。母の写真を胸に微笑む父の姿が見えた。


「ふう」

 息を吐いて瞳を閉じる。ゆっくりと呼吸をする。

 この世界にもう私の縁者はいない。固執する理由もない。

 だけど、もう独りだけど、独りだから。独りでしっかりと歩んで行こう。寂しくても独りで。


 …『グンッ』


 1人で心を整えていると、急に身体ごと何処かに引っ張られた感覚がする。


 驚いたが、ゆっくりと目を開く。そこには変わらぬ海の橙があった。


 疲れているのかしら?


 立ち上がり、服に着いた砂を払う。着ていた喪服に付いた砂はまるで夜空の星のように目立つ。どうせすぐにクリーニングに出すからと簡単に払うと、もう1度海を見る。


「染みるなぁ〜」


 大きく伸びをした。これで終わりだ。もう落ち込むのは最後にしよう。父は母にもう会えただろうか?久々の再会だし、きっと喜んでいる事と思うと少しだけ嬉しく思った。


 …帰ろう。


 ゆっくりと振り返る。食堂で魚を食べて帰ろうかな。なんて。


 でもそこには…


「…え?」


 海岸線沿いにぽつぽつとあった民家も、魚の焦げた匂いがした食堂も、停めてあった私の白い車も、無かった。


 あるのは小さな石造りの家がいくつか。それも外国の港町を思わせる様な作りで、おおよそ元いた漁村のイメージとは似ても似つかなかった。




「え、え、え…」


 驚きながらも砂浜から海岸沿いの道へとふらふらと進んだ。

 腰を抜かしそうだったけど、最後の気力を振り絞る。

 先程まで古い食堂のあった場所には石造の小さな赤い屋根の店が建っていた。


 とにかく、誰か人はいないだろうか。店の方へと向かう。

 まずは…そう。乗ってきた車がないと家には帰れない。

 ここはどこなのか、なぜこんなに風景が変わってしまったのか。そんな事にはまだ思いを馳せられず、ただ車…車…と呟いていた。


 …カラン。

 目の前の店の扉が開き、ベルの音が鳴る。出てきたのは私より一回り位歳上に見える女性だ。


「アラ?」


 女性は私を見つけ少し目を見開いた。そして私の頭のてっぺんから足元までゆっくりと視線を流した。


「あんた、どこかから漂流してきたの?」


 そう思えるくらいには彼女と私の容姿は違っていた。


 彼女は海と生きる女性に相応しいような小麦色の肌をしていて、白いシャツに、スカートというシンプルな服装だった。


 対して私は、真っ直ぐに落ちる黒い髪と、同じ色の瞳をしている。身につけているのは喪服に黒のストッキング、それから黒い靴と言う烏のような出で立ちだった。


「い、いえ。ここがどこなのか。どうして此処にいるのか全く分からなくて…」


「ふうん…。記憶喪失ってこと?」


「記憶喪失というか…」


 自分の名前も住んでいる街の名前も、勤めている会社の仕事内容も両親の事も全部、全部覚えているのに。今、いる場所の事だけ分からない。


「あの、車…ここに停ていた車を知りませんか?」


「車?あんた馬車に乗ってきたの?」


 彼女は車と言えば馬車だと思っているようだ。自動車を知らないようなのでそれ以上説明をするのはやめた。




 あぁ…目の前がくらくらする。何が何だか分からなくて頭がくらくら…


 ん?…くらくら?


 そこで私の記憶はなくなった。






小説は最近書き始めたばかりです。

拙い文章ではありますが、読んで頂けると嬉しいです(^^)

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