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ベニス、床に座り込む

 目が覚めると、すぐ隣に赤ずきんちゃんがいた。

 妙に肌がつやつやしているように見えるのは、その、昨日僕のこと襲ったからなのだろう。

 行為中、満足そうな顔をしていたのが思い出される。戸惑う僕を見て、恍惚の表情で息を荒げていた。


 僕には、赤ずきんちゃんを責める事が出来ない。

 資格が無い。

 序盤から中盤までは赤ずきんちゃんリードだったけれど、終盤になった頃に、本能に負けて僕が襲い返してしまっていたからだ。


 ……金と女には気をつけろ、という言葉がある。僕は小さい頃、その言葉について、『お金は分かるけど、女はどうして?』なんて思っていた。

 しかし、今なら分かる。

 確かに女は溺れたら危ない。身をもって知った。僕は、自分が、あんな猿みたいになるとは思っていなかった。


『……ぬへへ』


 赤ずきんちゃんはとても悦な表情で寝ている。

 今は実体化していて、触る事が出来るから、頬を突いて見る。

 柔らかくてすべすべしていた。

 なんだか――


 ――いや、僕は何を考えているんだ。


 これじゃあ、欲望に負けるただのスケベ野郎だ。

 でも、スケベって凄く気持ち良かっ――


 ――いやだから、そうじゃなくて。


「頭冷やそう……」


 ぱんぱん、と頬を叩いて、僕は一度外に出て頭を冷やす事にした。

 今は早朝だ。

 外の空気は冷えきっており、頭を冷やすには、丁度良い時間だった。


※※※※


 部屋を出る。

 廊下突き当たりの階段を、降りて、降りる。

 新入生対抗戦の代表に選ばれたこともあってか、良い部屋を割り振ってやる、と言われて僕は最上階の部屋を与えられた。


 確かに、良い部屋ではある……と思う。

 窓の外を眺めれば、都市を一望するような景色があったりしたからだ。


 けれども、一方で不便な部分もあるにはあった。

 今まさに体感している。

 東館から出る為には、こうして階段を降り続けなければならないのだ。


「1階とか2階でも良かったんだけどな……」


 東館は8階建て。

 つまり、僕の部屋は8階にあるのであった。


 たん、たん、たん、と階段を下りて行く。ようやく1階まで降り立つと、ちらほらと、廊下を歩く寮生が見えるようになった。

 割合的に良く見たのは、僕と同じぐらいの歳の子だ。

 恐らく新入生だろう。

 緊張して早く起きてしまったとか、そういうところ――


 ――うん?


 どこかで見た顔がいた。

 あれは確か、列車の中で揉めたベニスだ。

 そういえば子爵家って言っていたね。

 東館は男爵家と子爵家で一纏めだから、まぁつまり、ベニスもこの寮に住む事になったわけだ。


「……ふんっ」


 ベニスも僕に気づいたようだ。そして、こちらを見るや否や、鼻を鳴らして近づいてきた。


「この前の一件、後悔させてやるからな。ひとまず、格が違うということを、教えてやる。……新入生対抗戦って知っているか? それの代表に選ばれるのは非常に名誉なことであり、恐らくは俺が選ばれるハズだ。俺は才能を秘めているからな! ふふふふふっ……まっ、同じ館なんだ。応援ぐらいしてくれたまえよ?」


 ベニスはそんな台詞を吐くと、じろじろ僕の顔を見た後に、踵を返した。

 新入生対抗戦の代表が、もう既に僕と決まったということを、知らないようだ。


 と、思っていると、一人の寮生が壁に張り紙を始めた。そして、壁に貼られた紙をちらりと見たベニスの目ん玉が飛び出した。


 何か驚くようなことでも書いてあったのかな……?


 なんだか少し気になったので、僕も、ベニスの後ろから覗き込むようにして張り紙を見た。

 すると、それは、新入生対抗戦の代表が決まったという連絡紙であった。

 当然、『ジャンバ』という僕の名前が記されている。


「なっ、ななっ……」


 代表が既に決まっており、そしてそれが自分では無い事に、ベニスはかなりショックを受けたようだ。

 その自信がどこから湧いて来るのかはさておき、手を口元へと持って行き、あわあわと震え始めている。

 その様子は、僕的には少し良い気分であったので、ついでに先ほどの啖呵のお返しもすることにした。


「そういえば、あの時は、家名しか言ってなかったね。僕の名前は”ジャンバ”って言うんだ。……応援ぐらいしてくれたまえよ? 同じ館なんだから、さ」


 ベニスの肩をぽんぽんと叩きながら、僕は、耳元で囁くように言う。

 すると、ベニスは、「う、うそだ。うそをちゅくな……」と言いながら、へなへなと力なく床に座り込んだ。


 なんだか少しスカッとした。


※※※※


 外に出てみると、予想していた通りの涼しさが頬を撫でる。

 頭を冷やすには十分過ぎるくらいだ。

 朝日が半分ほど顔を覗かせている。新鮮な空気が肺の中に入って来る。


 もう少ししたら、沢山人が出て来るのだろうけれど、今はまだ少ない。今の時間の外にいる人は、マラソンなんかをしている人が多い。

 健康志向なのだろうか。

 その中には、ゴルドゴの姿もあった。ゴルドゴは、僕を目ざとく見つけると、「おーい」と手を振りながらこちらに来た。

 取り合えず僕も挨拶をする。


「おはようございます」

「おう。……それにしても朝早いなジャンバ。俺は体力作りでマラソンが日課だからだが、お前もか?」

「いや、違います」

「違うというと……さては、新入生対抗戦の代表に選ばれたことで、緊張しているのか?」


 ゴルドゴの読みは少し外れている。

 僕に不思議と緊張は無い。


 まぁ実を言うと、昨夜まではあるにはあった……んだけれど、赤ずきんちゃんとごにょごにょした結果、新入生対抗戦への緊張というものが、どこかに消えてしまった。

 今ここにいるのも、緊張と言うよりも、赤ずきんちゃんと一線を越えた事について、頭を冷やしたいからであって。

 とはいえ。

 そんな事は寮の規則的にも言えないので、僕は適当に誤魔化す方向に舵を切る。


「緊張と言うわけではありません。たまたまです」

「……なら良いんだが」

「緊張云々は本当に大丈夫です。……それにしても、体力作りって、何か理由があるんですか?」

「理由か……。まぁあるな。俺は卒業したら軍人になりたいんだ。だから、体力作りだ」

「軍人……?」

「俺は次男だから親父の跡を継げないんだ。家が男爵家だと言ったろう? ……一部裕福なのもいるが、基本的に男爵家は貧乏でさして偉いわけでもない。次男の俺が飯食えるような席なんか用意出来ない」


 あくまで貴族としては、という注釈がつくけれど、男爵家が裕福ではないというのは分かる。

 僕の父上も男爵だから。

 何不自由ない生活をさせては貰ったけれど、それは、一般の目から見たらだ。貴族と言う目から見たら、貧乏ではある。


 確かに、貴族年金というものもある。

 けれど、爵位によって貰える金額も変わり、男爵位は一番階級が低いから、年金の額も少ない。

 貰えるのも、爵位を継承した人物だけ。

 爵位持ちであっても働いている人も男爵には多い。

 僕の父上のように。


 といっても、それでも普通の人から見たら、二子三子であっても、こうして魔専学校にも通わせるくらいにはどうにか出来るのだから、恵まれてはいるのだけど。


 僕は一人息子だから、いずれ爵位を継げば、僅かであっても年金が貰える。切り詰めれば、それで生活も出来なくはないかも知れない。

 でも、ゴルドゴのように二子三子である人は、そうはいかない。

 親が、何かしらの強い権力や事業を持っていないのであれば、家と関わらない外で生きて行く必要がある。


「で、色々考えたんだ。何になりたいとか、そういう事を考えて、その時に知ったんだ。”狼男爵”を。……格好良い人もいるもんだなって思った。男爵といえど貴族なら書記官とかって手もあるのに、そんなんじゃなくて、前線に赴いて戦うんだぜ。肩書なんて関係ないって感じのその姿勢が凄い格好良い。それに憧れて、俺も軍人になろうと決めたんだ」

「狼男爵……あっ、それは僕の父上です」

「はぁっ⁉ マ、マジで⁉ じゃあもしかして、ジャンバの家名ってアルドードか⁉」

「えぇまぁ」


 意外なところに、父上に憧れている、という人がいた。

 ゴルドゴは、僕が”狼男爵”の息子だと知って、驚いて何度も瞬きを繰り返した。


「そういえば、家名までは聞いていなかったな。……あっ、すまねぇ。張り紙作ったんだけど、名前に家名入れて無かった。人伝手に貼っといてくれって頼んだんだけど、もう貼られちまってるかなぁ……」


 張り紙というと、新入生対抗の代表の連絡のことだろう。

 確かに、”ジャンバ”とだけ書いてあった。


「後で新しいの用意しとく。……ところで、えっと、そのさ……出来ればで良いんだが、親父さんにそれとなーく俺のこと伝えておいてくれないか? 『ゴルドゴって人が憧れてるって言ってた』とかなんとかってさ」

「えぇ……」

「な? な?」

「ま、まぁ名前ぐらいなら……」

「よし! 頼んだぜ! じゃあ、俺はマラソン戻っから! ――そうそう、何か困った事があったらなんでも俺に言えよ!」


 ゴルドゴは気持ち悪いくらいに良い笑顔になると、そのままマラソンに戻っていった。


 父上に名前を伝える、という約束を押し切られてしまった形だ。

 けれど、そこに、僕の意思がまるで無かったわけではない。

 断ろうと思えば断れた。

 ただ、手紙書く時の話題の一つに出来そうと思ったから、別に良いかな、と。


 顔を上げると、すっかり昇った太陽が見えた。

 気がつけば、僕の頭もきちんと冷えて正常に戻っていた。


 言っておくけれど、僕はえっちが嫌いではない。

 そもそも、あの快楽を嫌う事は出来そうにない。

 ただ、四六時中それの事しか考えられなくなりそうだったから、さすがにそれはマズいと思って、頭を冷やしたかったのである。

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