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学校都市

 イジメには絶対に加担しない。

 そんな僕の姿勢が、ベニスはよほど気に入らなかったらしい。


「……ふんっ。覚えてろ。必ず後で吠え面をかかせてやる」


 そんな捨て台詞を吐いて、踵を返し――


 ――たと同時に、ベニスはごつんと誰かに殴られた。


「い、痛っ!」

「ベニス、お前ってヤツは……。何をやっているんだ」


 突如として現れ、拳を振り抜いていた人物は、ベニスと非情に良く似た風貌の男だった。ただ、背丈はベニスより10センチは高く、顔つきも大人びている。


「に、兄ちゃん⁉」

「もう一回聞くぞ。何をやってんいるだ、お前は」

「そ、それは、平民が生意気にも魔専学校に通おうとするから……」

「生意気なのはお前だ」


 現れたのはベニスの兄のようだ。

 そういえば、三男坊とか言っていたっけ……。


「……そこの君たち、すまなかった。これはベニスが迷惑をかけた詫びだ。取っておいてくれ。……安心して良い。これを渡したからと言って、穿った見方をして、『当たり屋をするためにアホのベニスを無理やり焚きつけたな』みたいなヒステリックな事も言わない」


 ベニスの兄は、こちらに向かって、何かを投げてよこした。

 受け取って見ると、札束だった。

 一万バランドはある。

 これは、質素な生活なら、人一人が一カ月はどうにか過ごせる金額だ。


「そう多い金額ではないが、それは、フォンボー子爵家としての”誠意”と受け取って貰って構わない」

「それ俺の魔術の補助具を買うお金――」

「――黙れベニス。補助具など無くても構わないだろう。どうしても欲しいと言うのであれば、おさがりで我慢しろ。去年ベックス兄が卒業した。その時に新しい補助具を買っていたようだから、魔専生時代に使っていたのが家に残ってるハズだ。汎用だし丁度良いだろう。後でベックス兄に頼んで送って貰え」

「そんな! あれ半分ヒビが入っていて壊れかけてるじゃないか!」


 どうやら、迷惑代金を払うからチャラにして欲しい、ということらしい。


 フォンボー子爵家、という家名そのものでの謝罪の表明。加えて、本来はベニスが使うべきものだった金銭の提供。

 なにやら、わりと本気の誠意のようだ。


 こういう対処をされると、僕が割って入って良い話では無くなってくる。


 この”詫び”をどうするかは、実際にベニスから迷惑を受けた、つまり殴られたのは女の子本人が決めるべきだろう。


 僕はしばし考えた後に、寄越された札束を、受け取るべき本人に握らせた。


「こ、これ、受け取れません。助けて頂きましたし、これはあなたが受け取――」

「――これは”詫び”だと相手は言ったんだよ。ベニスが迷惑をかけた”詫び”なのだとね。じゃあ、そのベニスが迷惑をかけたのは誰だろうか。君だ。君は殴られたんだ。誰に恥じることもなく、これを受け取るべき権利があるのは、君だけだ」

「私の……権利……?」

「そうだよ。もちろん、こんなものでは納得出来ないと言うのであれば、突き返す選択肢もある。ベニスの兄は、幾らか良識的なようだから、突き返したとしても何かを言うことも無いとは思うよ。いずれにしても、決めるのは君だ」

「……」


 女の子は、何か言いたげな表情になりつつも、押し黙った。

 受け取るべきか返すべきかを、悩んでいるようだ。

 と言っても、ベニスとその兄はもう既にどこかに行ってしまった。

 突き返すなら、探しに行かないといけない。

 そこまでして突き返す気がこの子にあるのか、と問われれば、そこまでではないようにも見える。

 心の整理をつける時間が欲しい。そんなところかな。


 ひとまず、これで騒動は収まったと言っても良い。

 僕の出番はもう無いので、元いた車両に戻る事にした。

 すると、後を追いかけて来るティティが、何かを呟きながら、僕を見て微笑んでいた。


「……ジャンバは真っすぐなのね」


 良く聞こえない。なんて言っているんだろうか。


「ティティどうしたの? いま何を呟いてたの?」

「うん? 大したことは何も呟いてないよ。ただ、ジャンバはとっても素敵だなって」


 本当かな?

 お世辞な気がしないでもないけど、でも、お世辞でもそう言われると嬉しいな。


※※※※


 ――それから。

 魔専学校に着くまでの間は、平穏な時間が過ぎて行った。


 カートを引いた車内販売が来たら、お菓子を買ってティティとお喋りしながら食べたりして、そうして過ごした。


 いつの間にか赤ずきんちゃんも戻って来ていたけど、どうにも人の目が気になるらしくて、実体化はしない方向で行くことに決めたらしい。


 とはいえ、時たま僕にだけ見える状態になりつつ、ティティとのお喋りを監視するような視線も送って来ていたけれどね……。


『……大丈夫そうね』


 赤ずきんちゃんは、一体、僕をなんだと思っているのだろうか。

 まだ知り合って間もない子を、すぐに好きになるような、節操無しじゃない。


「……ねぇ、ジャンバってたまに変な所を見るけれど、何か理由でもあるの?」


 赤ずきんちゃんを見ていると、ティティに、怪訝そうな顔をされる。


 ティティが現れて以降、赤ずきんちゃんは、僕にしか見えない姿を取っていた。つまり、傍から見れば、それを見つめる僕の姿は、『怪しい男』以外の何物でも無い。


 折角新しい学校生活が待っているのに、いきなり変人のレッテルを貼られるのは避けたい。

 取り合えず誤魔化さないと。


「え? そんなこと僕してた?」

「うん。天井とか車内の隅とか、じっと見てる時ある。不思議だなって」

「べ、別にそんな事はないよ。たまたまだよ。たまたま」

「そう……?」

「そうだよ。それより、これ食べてみなよ」

「……これって、さっき車内販売で買ったやつ?」

「うん。美味しいよ」

「貰っていいなら貰うね。じゃあ、頂きます。……あっ、ほんとだ美味しい」


 よし、誤魔化せた。

 僕がそう安堵していると、ふいに赤ずきんちゃんがティティに横に座った。それから、ティティを指さして、自分自身も指さした。


『ジャンバはどっちが可愛いと思う?』


 スルーすると後で何を言われるか分からないので、ティティが一瞬横を向いた隙に、僕は赤ずきんちゃんを指した。

 なお、忖度は一切していない。

 赤ずきんちゃんは別格な見た目だ。

 出会った当初から、他に類を見ないような愛らしさと美しさの調和であり、それは今も変わっていない。

 ティティも可愛らしい女の子だけど、赤ずきんちゃんは、少し次元が違っている。


『えへへ』


 赤ずきんちゃんが嬉しそうに笑う。

 こういうすぐに喜ぶところは良い所だよね、と僕も思っている。


 あ、ちなみに。

 赤ずきんちゃんが赤ずきんを取ると、可愛さが五割増しになる。


 淀んだ愛と性格のせいで色々台無しなだけで、基本的には珍しいくらいの美少女だ。


※※※※


 学校が見えて来る。

 列車の窓から眺める魔専学校は――都市そのものであった。

 学校都市、とも呼称されるここは、この国でもっとも人口が多く、首都以上だと言われることもある。列車に備えつけてあった冊子に、そう書いてあった。

 父上に言われた『大都市』という意味が、良く分かる。

 期待に胸が高鳴る。


 ――到着。魔専学校都市に到着致しました。押さない駆けない慌てないの3ないを忘れず、足元ご注意にてご降車お願い致します。

 

 そんなアナウンスと同時に、列車が止まって扉が開く。すると、一斉に魔専生が雪崩のように学校都市へと流れ出した。


 列車は僕らが乗っているものだけではなく、他にも幾つもあったようで、別の線路にも止まり始めていた。そして、そこからも、大量の魔専生が溢れるようにして吐き出されていく。


「……凄い」

「……ね」


 列車の中の人混みなど比ではないくらいの人の波に、思わず、目を丸くする。

 数秒間ほど言葉も失ってしまった。

 しかし、いつまでも呆けるわけにもいかない。

 とにもかくにも着いたのだ。

 入学式は数日先であるから、まずは、寮に行かないといけない。


 魔専は全寮制である。

 ただ、入る寮と言うのは、学生の出自等によって変わって来る。


 貴族の家の子が入る貴族寮。

 それ以外の子が入る一般寮。


 おおまかにはこの二つである。

 詳細には、貴族寮には貴族寮で、一般寮には一般寮で更に区分けがあるらしいけれど……。

 ともあれ、僕は男爵家とはいえ貴族は貴族だから、当然に貴族寮に入る事になる。

 ティティは魔術士の家系ではあるけれど、貴族ではないから一般寮だ。


 向かうところが違うので、僕とティティはお互いにここで一時の別れとなった。


「次会うときは、学校でね」

「うん」


 僕は、自分の頬をパンパンと叩く。

 頑張って魔専学校で良い結果を出すのが今の目標である。

 その第一歩目を僕は踏み出した。


『……』


 そういえば、赤ずきんちゃんがやたら大人しい。

 人混みが苦手と言っていたから、更に増えたこの状況は、今にも吐きそうなのかも知れない。

 慣れるまでは、しばらく、大人しくしていてくれそうだ。

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