話
序盤のころにちらっと出た話を回収です。
「力を貸して欲しい、ですか……?」
どうやら、白濁液まみれの件は関係ないらしい。
「はい。出来れば、詳しくお話をしたいのですが……」
ただ、怒っていなかったのは助かるのだけれど、これは少し予想外の展開だ。
力を貸して欲しいとは一体……?
ちらり、とゴルドゴの方を見てみると、肩を竦められた。
さぁな知らん、といった感じの表情である。
「俺はただ連れて来ただけだ。……話を聞くなら、談話室使ってくれ」
ゴルドゴは言って、頭を掻きながら去って行った。
談話室を使えというのは、部屋に女の子を入れるのが寮則違反だからかな。
それと、相手が王女殿下だということもあって、万が一にも変な事が起きないように、という配慮もあるのだろう。
とはいえ、その忠告も形だけだ。
――ジャンバなら変な事はしなさそうだ。ただ、自分は引率生だから、部屋に入れるなという部分だけは肩書上忠告しなければならない。……取り合えず言っておくか。
といった感じだろうか。
すぐに去って行ったのを見るに、だいぶ信頼されている感はある。
「……それで、お話を」
ぽつり、と王女殿下がこぼした。
どうするべきか、僕は一瞬悩む。
けれども、相手も相手であった。
魔専学校の理念では、どのような相手とも対等とは言え、それをかざすには少々気後れしてしまう階級差なのだ。
「まぁ、話を聞くくらいなら」
「感謝致します」
にっこりと笑われた。
少しだけ、うっとしてしまった。
赤ずきんちゃんにも負けず劣らずの可憐さがそこにあったからだ。
『うん……? 今わたしの浮気センサーに反応が……』
してない。
『そう。……まぁ、手短に済ませて来てよね』
浮気を心配するくらいなら、一緒に来れば良いのにとは思うものの、赤ずきんちゃんはついては来ないようだ。
『わたしはそこまで心の狭い女じゃない。……でも、裏切ったら嫌よ?』
その心配は無用だけどね……。
王女殿下が、木っ端の僕のことを男として意識するハズも無い。
そして、僕の方にもその気は無い。
大体にして、そんな事態に発展したら、赤ずきんちゃんのみならず、先ほど信じてくれたゴルドゴも裏切ることになる。
そんなことはさすがにしない。
だから。
その凍えるような視線は止めてくれないかな、赤ずきんちゃん。
『……ふんっ』
赤ずきんちゃんは、少しだけ鼻を鳴らすと、僕にだけ見える状態のまま、ベッドの上に寝転がった。
後は好きに行って来い、と言いたいらしい。
長く時間を掛けると機嫌を悪くしそうだから、話は早めに切り上げた方が良いかも知れない。
そんな事を考えながら、僕は王女殿下を連れて談話室へと向かった。
※※※※
談話室には誰もいなかった。
時計の針を見ると、午後の十一時となっている。
大体の寮生がもう寝ている時間である。
一部夜遊びが好きなタイプの人たちもいるけれど、彼らはこの時間、新しく地下に出来たビアガーデンにいるか、もしくは外に出払っている事が多かった。
この時間の談話室はとても静かだ。
「……」
「……」
――話がある。
そう言ったにも関わらず、王女殿下はソファに座ったまま、沈黙を続けている。
いや、沈黙というには少しニュアンスが違う。
これは、どう話を切り出すべきかを模索している、といった雰囲気である。
本来であれば、切り出してくれるまで待った方が良い。
しかし、時間も時間であった。
そう遅くまで待つ事は出来ない。
僕は取り合えず、話題はなんでも良いから、会話を始めることにした。そのうちに緊張感も薄れ、相手も本題を言い出しやすくなると思ったからだ。
「それにしても、不用心ですね」
「はい……?」
「一人で来られたのですよね?」
「えぇ、それは。……使用人の類もいないことはありませんが、連れて来るのはあまりに失礼でしょう」
「え……っと?」
「力を貸して欲しい、と頼む私が使用人を連れて来る。それでは私があまりにも失礼です。あなたを信用していない、と行動で示した上で、助けてくれ、と言っているに等しいのですから。そのような人物のお願いを誰が真摯に受け止めますか?」
そういう考え方もある……といえばあるのかな?
上流階級の人の思考回路は良く分からない。
「……ですが、不用心は不用心ですよ。ただでさえ、あなたは壱番寮の方なのですから。他の寮では恨みも買っている事でしょう。万が一、襲いに来る輩がいないとも限りません」
「なぜ壱番寮だと恨みを買うのですか?」
「い、いや、落書きの一件もそうですが――」
「――落書きとは何のことですか?」
王女殿下は、『落書き』という単語に、困惑の表情を見せる。
そして、その困惑の表情に対して僕も困惑した。
あ、あれ?
この反応、もしかして……知らない?
「……壱番寮の方たちは、毎年対抗戦の時期になると、他寮に煽るような落書きをしてくるそうですが……。実際に弐番寮にも今年落書きがありました。僕も見ました」
「なんと……」
王女殿下は眉を顰めると、些か機嫌が悪そうに、
「……壱番寮の方々には、後で、私の方から注意致しましょう」
と、言った。
ウソを言っているようには見えないので、どうやら本当に知らなかったらしい。
「……」
僕は一瞬言葉に詰まった。
今の言葉を聞く限り、王女殿下は落書きの件を知っていたのなら、最初から止めに入っていた可能性が高い。
ということは……壱番寮の人たちは、王女殿下の性格をある程度把握しており、止めろと言われたくないから黙っていた、ということか。
どうやら、壱番寮には、学外の権力差に敏感な人が多いらしい。
本当に性格悪そう――いや、”そう”ではなく、落書きしてる時点で性格悪いのは確定だ。
「……来年からはそのような悪戯は無くなることでしょう」
「は、はい……」
まぁ、事情はどうあれ、無くなると言うのであればそれに越したことは無い。
少なくとも、来年度から入って来る新入生は嫌な思いをしなくて済むのだ。
それは喜ばしい事だ。
「……お待たせさせてしまいましたが、本題を話させて頂いても?」
王女殿下は少し緊張が解けたようで、浅く息を吐くと、いよいよ”頼みたいこと”の話を始めた。
「まず、国境付近でのいざこざは知っておられますか?」
「国境付近……?」
頭を捻る。
何かあったかな、と。
そして、一つ思い当たる節があった。
「そういえば、魔専に来る前なのですが、父上が『きな臭い』と言っていた事があります」
「……アルドード男爵が既に知っておられましたか。いえ、前線に赴いているのですから、知っていて当然ですね。……ときに、アルドード男爵と連絡は取れていますか?」
「連絡……」
記憶を振り返る。
そして、父上に出した手紙のことを思い出した。
そういえば返事が返って来ない。
「……手紙は出したのですが、返事がありません」
「……」
「あの……」
嫌な予感がよぎる。
「……いえ、亡くなられた、ということは無いでしょう。まだ争いは本格化しておりませんから。ですが、子息からの連絡に返事も書かないとなると、相当に忙しいようですね」
少しホッとした。
死んでいるかも知れない、というのは、考えたくないことであったからだ。
返事が来ないことに関しては、忙しいのであれば、それは仕方が無いことだと諦めもつくので構わないけれど……。
「まず知って置いて欲しいのは、隣国の一部と我が国は現在戦争状態にある、ということです。表立った争いには発展していませんが、それは、何年も前に結んだ休戦協定の効果があるからに過ぎません。しかし、休戦はあくまで休戦なのです」
「……」
「協定を結んだ隣国――ファストゥーバは、我が国において、諜報活動と世論誘導を行っている、と言われています。そして、それはこの学校都市の一部にも及んでいるとも目されています。
……私は本来、魔専には通う予定にはありませんでした。ですが、我が国において最も発展したこの都市に、そういった魔の手が広がりつつあるという話を聞き、いてもたってもいられなくなったのです。
それが真か偽か、この目で確かめねばならないと思い至ったのです。
それを知るにはここに住むのが一番です。ただ、普通に移り住んだだけでは、明らかに怪しいですから……」
だから学校に通うことにした、ということらしい。
本来いるハズのない王女殿下が、魔専に通うに至った理由は、そういうことのようだ。
なんだか大きい話であり、そして、なんとなく”頼みたいこと”の大まかな流れが分かって来た。とんでもない面倒ごとを頼もうしているのだ。
どうしてそんな案件を僕に? とは思ったものの、すぐに原因には思い当たる。対抗戦だ。その時に王女殿下を完封したからだ。
あれだけの補助具をつけた相手に、僕は謎の魔術で完勝したという結果になった。
何かを頼むにあたって、魔術の実力的には申し分が無い。
王女殿下「お礼はわ・た・し」




