転生、そして魔専学校へ
「おお、ジャンバか。丁度、少し話をしようと思っていた所だ。こちらへ来い」
父上に呼ばれたので、近くへと寄る。すると、「座れ」との言葉を貰ったので、促されるままに僕は椅子に座った。
「父上、どうかされましたか?」
「……お前、幾つになった?」
「本日を持って十五となりました」
「そうだな。十五だ。ということは、来年には魔専学校への入学の時期だ」
魔専学校とは、魔術を学ぶための学校のことだ。
父上は、自身の母校である魔専学校に僕を入れるつもりだ、と以前から言っていた。
入学について触れたのは、つまり、意気込みはどうかと迂遠に聞いて来ているのだった。
「頑張ります」
「緊張はしていなさそうだな。なら良かった」
父上は満足そうに頷くと、僕の背中を叩き、「では、俺は仕事がある」と言って去って行く。「少し話がある」とは言って僕を呼び止めたワケだけど、なんというか、本当に少しだった。
父上は、男爵位持ちの貴族であるけれど、同時に最前線で戦う職業軍人でもあるから、忙しかったりもする。
確か、最近は国境付近がきな臭い、とかも言っていた気がする。
きっと、それ関係で切羽詰まった仕事があるのだと思う。
仕事で忙しい中ではあるのに、それでも僕の様子を見に来たのは、この屋敷に親一人に子一人だけだからだろう。
母上はいない。僕を産んだ時に亡くなった。
使用人の類もいない。一番に階級の低い男爵ということもあって、裕福では無いからだ。
しかし。
だからこそ、たった一人の親として、忙しい合間を縫ってでもこうして様子を見に来るようだった。
狼にも似た風貌と男爵という肩書き、そして最前線で勇猛果敢に戦い続ける事から、”狼男爵”という別称を父上は持っている。
でも、その異名と実際はあまり一致していない。
「……それにしても、魔術、か」
遠ざかっていく父上の背中を見つめながら、僕は、そんな言葉を零した。
魔術やら何やらという単語を聞いて、ふと、思い出した事があったのである。
赤ずきんちゃん、のことである。
あの時の僕が望んだ新たな人生というのは、”転生”という形で提供されていた。
狼男爵の一人息子ことジャンバは、”転生”を果たした、あの時の僕であった。
そして、赤ずきんちゃんが”魔法そのもの”である、という事について、今の僕は改めて実感と理解を得ていた。
男爵家とは言え貴族として新たな生を受け、教育を受ける機会があり、かつ魔専学校への入学も控えるがゆえに調べものをしていく中で、僕は魔術や魔法について色々と知った。
だからこそ、今では、赤ずきんちゃんが”魔法”であるというのは、普通に考えればありえない事も知っていた。
この世界には、魔術は存在している。しかし、魔法については、御伽話の中にしか出て来ない代物である、とされているからだ。
しかし。
赤ずきんちゃんは、けれども、恐らくはそのありえない”魔法”であることが疑いようもない、という結論に僕は至っていた。
理由はあるので、それを説明しようと思うけれど……この場合、魔術と魔法の違いから入った方が良さそうだ。
まず、魔術についてだけれど、これは”技術”だ。
式を用い、魔力を費やし、任意の現象を引き起こす”術”なのだ。
そこには因果があり、規則性が存在している、純然たる”技術”であり実在する。
次に、魔法について。
これは”術”ではなく”法”とされる。
これが意味する所は、因果も規則性もへったくれもない、だ。
何かの決まりに即しているのではなく、法則そのものの創造者、と言えば良いのだろうか。
そして、”魔法”というのは、法則の創造にも関与する力の為か、意思を持った存在だとも言われており、それがゆえに空想上の産物とされている。
赤ずきんちゃんは、僕を”転生”させる、という荒業を行った。
転生については、魔術でもその術式の研究が今でも行われているが、成功しておらず、その見込みもないと言われている。
それが転生という事象。
つまり、そんな事象を引き起こせるとしたら、それは、”魔法”以外ではありえないのだ。加えて赤ずきんちゃんは”意思”も持っており、見事に条件が合致している。
「――今日も元気そうね。うん? どうしたの? そんな、怪訝そうな顔をして」
幽霊みたいに壁抜けしながら、赤ずきんちゃんが現れた。
なぜ彼女がここにいるのか。
その理由は単純明確で、僕の転生先に、赤ずきんちゃんまでくっついて来たからだ。
てっきり、あのお願い一回だけで終わりなのかと思っていたら、そんなことはないようで。
僕のことを気に入った、と言っていたけれど、それはわりかし本気のようだ。
「……別に。赤ずきんちゃん以外にも、”魔法”っているのかなって」
「魔法と言うのは世界を作る要素そのものよ。それが幾つもあったら、世界は形を留める事が出来なくなる。つまり魔法は私だけ。……ねぇ、ところで」
ふわふわと浮かびながら、赤ずきんちゃんは「ふふっ」と笑う。
「次は何をして欲しい?」
赤ずきんちゃんは、なんでも僕の願いを叶えてくれようとする。
けれど僕は、過去の自分を燃やし、新たな人生を送る以外の事はもう望んでいないのだ。
だから、転生してから、僕はただの一度も赤ずきんちゃんに”お願い”をした事が無い。
「特にないよ」
僕がそう言うと、赤ずきんちゃんが、面白くなさそうに口をつ尖らせた。
「わたしはジャンバを愛している。そして、その”愛”を示すために、わたしはジャンバの望むことをしてあげたい。……ジャンバが望むのなら、世界中の女が這いつくばるように出来るし、気に入らないものがあれば、例えそれが国であっても、丸ごとひとつ消し飛ばしてあげる」
赤ずきんちゃんが言うには、僕のことを愛しているらしい。
本当かどうかは分からない。
でも、仮に本当なのだとしたら、重い感じの愛である。
※※※※
日々はあっという間に過ぎて行く。
気づけば、魔専学校への入学が近づいていた。
屋敷で身支度を整え、父上からの激励の言葉を貰いつつ、僕は列車に乗る。
魔専学校は全寮制ゆえに、当然に僕も入寮だ。屋敷に戻ってくるのは、一年一度の長期休みの時だけになるだろう。
「……頑張って来いよ」
「はい」
僕が頷くと列車が走り出した。
徐々に父上の姿が遠ざかっていき、やがて、見えなくなった。
すると――
「……魔専学校ねぇ」
――向かいの席に、突如として姿を現した赤ずきんちゃんが、僕が父上から差し入れで貰っていたクッキーを食べ始めた。
赤ずきんちゃんは、”魔法”そのものであるがために、実体を持つ事も容易だ。普段は僕以外に見えないにしていたり、半透明になっていたりだけど、こうして、姿を現す事も出来るのだ。
どうやら、父上の姿が完全に見えなくなった瞬間に、実体化したらしい。
「……僕は良い結果を残したい」
そんな言葉が零れる。
魔専学校での成績と言うのは、貴族間においては自慢の道具の一つだから、僕的には頑張りたいと思っているのだ。
ここで結果を残せば、今後の人生でも有利に働くからと言うのもあるけれど、それ以上に何よりも父上が喜ぶという理由も大きい。
貴族としては貧乏であったけれど、それでも、生前の僕から考えれば天国のような環境だった。
少なくとも衣食住に困った事はないし、普通の学校にも通わせて貰えた。
魔専学校への入学だって、お金も掛かるのにこうしてなんとかしてくれた。
親いなかった僕にとっては、そもそも、父上がいるというだけでも嬉しかった。
だから、吉報を届けたいと思っている。
ちらり、と窓を見ると、反射した僕の顔が映る。
父上に似て、どことなく狼を想起させる風貌である。
男らしいと言えば男らしいし、どちらかというと格好良い面構えだ。
「ふぅん。良い結果を残したい、ね……」
ふと、赤ずきんちゃんが、咥えたクッキーをパキッと割って眼を細めた。
嫌な予感がしないでもないので、一応、余計な事をしないようにと頼んで見る。
「赤ずきんちゃん、変なことしないでね?」
「ジャンバが喜びそうなことはするけど、変なことはしない。というか、そもそも”魔術”なら私がどうこうしなくても良い結果になるんじゃない?」
「……え?」
どういう、意味だろうか。その言葉の真意を測りかねる。
この時の僕は、頭の中から、すっかりある事を抜け落としていた。
僕自身が、”魔法”によって転生をしていたのだ、という事を。
それはつまり、世界の法則を創る力そのものに、僕は全身で触れていたということなのである。
少し考えれば分かる事ではある。
規則法則に沿って事象を顕現させる技術が魔術なのだ。
その根源足りえる”魔法”に触れるという体験が、魔術の行使において、いかに絶大な影響を与える事なのか……。