プロローグ~赤ずきんちゃん~
よろしくお願いします!
赤ずきんちゃんは可愛い溺愛ヤンデレです!
虐められっ子の僕は、街では居場所がなかった。
どこにいっても石を投げられて、そして、水をかけられる日々。
親がいないことをからかわれる時もあったし、奉公先の馬小屋では、いつも汚い仕事を必ず押しつけられた。
僕は、いわゆるそんな底辺だった。
毎日面白くもない日々を過ごす僕であったけれど、でも、一つだけ楽しみがあった。
それは、毎日夜になると街道に現れる赤ずきんちゃんとの会話だ。
赤ずきんちゃんは、籐の籠に沢山のマッチ箱を入れて、夜更けになると商売をしに街道にふらりと現れる女の子である。
あまり売れないらしくて、暇をしている、と赤ずきんちゃんは良く言っている。だから、僕が会話を求めると、「どうせお客さんも来ないし」と、了承してくれる。
「赤ずきんちゃん」
「なぁに」
「今日も話いいかな?」
「いいわよ」
この日も、赤ずきんちゃんは嫌な顔をひとつせず、僕と話をしてくれた。
話しかけると石を投げて来る街の皆とは違って、赤ずきんちゃんは優しい。きちんとこうして話をしてくれるからだ。
僕はこの時間が、赤ずきんちゃんとの話をするこの瞬間が楽しみで、それで、毎日をどうにか生きていた。
赤ずきんちゃんが、どこの家の子かは分からない。ただ、少なくとも、僕の住む街の子ではないのだけは確かだ。
「もう遅いから帰るよ。話をしてくれてありがとう」
「構わないわ。私も楽しかったから」
赤ずきんちゃんは、にっこり笑った。
それを見て、僕はなんだか顔が赤くなった。
赤ずきんちゃんは、街の一番の美人でも叶わないくらいに可愛い子だから、そのせいだ。
「どうしたの、顔を赤くして」
「な、なんでもないよ」
滑らかな輪郭に、造り物かと見紛うほどに綺麗な瞳。
身長はそんなに高くないけれど、すらっと伸びた細い手足のお陰で、そんな風には感じさせない。
可愛さと美しさをどちらも持っているような、そんな感じだ。
まるで、御伽話に出て来る美女のようで、そんな子の笑顔は眩し過ぎたこともあって、僕は慌てて踵を返した。
けれども、赤ずきんちゃんが、「ちょっと待って」と僕を呼び止めた。
振り返る。
すると、少し怖い顔をした赤ずきんちゃんがそこにいた。
「ねぇ」
それは、先ほどまの雰囲気とは違っていて、悪魔のように見えなくもなかったけれど……僕は首を横に振って、抱いた印象を振り払った。
「あなた、いつも街でイジメられているのよね?」
「そう、だけど……」
「全て消えればいいのにとか、思ったことは、ない?」
「それは、あるけれど……」
街の皆はとても嫌な連中だ。
死ねばいいのに、って思ったことは数えきれない程ある。赤ずきんちゃんにも、毎日のように僕は愚痴っている。
でも、いつも赤ずきんちゃんは、それを「うんうん」と、聞いてくれるだけなのだ。
こうして、聞き返して来るようなことは一度もなかった。
なぜ今日は聞き返して来たのだろうか?
「あの街なんか、消えちゃえって思っているんだ?」
「……それは、まぁ」
僕が頷くと、赤ずきんちゃんの雰囲気が少し変わった気がした。
いつもみたいなかわいい笑顔に戻っていたのだ。
なんだかほっとする。
さっきのは気のせいだったんだ。
「わかったわ」
一体なにが「わかったわ」なのか、僕には分からなかった。
それが何を意味していたのか理解したのは、翌朝になってからだった。
※※※※
目が覚めると、街が黒焦げになっていた。
僕の家以外の全てが焼失していたのだ。
大火事でも起きた……のだろうか? でも、それならなぜ僕だけは無事なんだろうか。この規模の大火事ならば、僕も丸焼きになっていないとおかしい。
僕が困惑していると、目の前に赤ずきんちゃんが現れた。
この街の子でないのは知っているけれど、街道に現れるということもあって、近くには住んでいたハズだ。
巻き込まれていた可能性もあったけれど、どうやら、無事のようだ。
「赤ずきんちゃん、無事だったんだ。良かったよ」
「ふふっ、ありがと。でも、無事なのは当たり前よ。それより、綺麗サッパリ全てが無くなってしまったわね」
「うん。まさか、街が丸ごと黒焦げになるなんて……」
「あなたが望んだことじゃない」
「え……?」
「消えちゃえって、そう思っているって言ったじゃない。だから、わたしが燃やしてあげたの」
「そ、そんなことが赤ずきんちゃんに――」
「――出来るの。わたし、実は人間じゃなくて、”魔法”そのものだから」
赤ずきんちゃんは、存在そのものが人ではなくて”魔法”だと言い始めた。そして、僕が望んだから、街をこんなにしてしまったとも言った。
わけが分からない。
けれども、不思議と納得させられるような、そんな感覚があった。
「……わたしはあなたのことが気に入ったの」
「え……?」
「わたしはね、誰かとお話がしたかった。だから、こんな格好をして街道に現れたりしたんだけれど、でも、誰も話しかけてくれなかった。……あなた以外は、ね。あなたは違う。毎日毎日、楽しそうにわたしと話をしてくれた。だから、それが嬉しくて、わたしはあなたに力を貸す事にしたの。……で、そんなあなたが、街なんか消えちゃえって思っているって言うから、この通りにしてあげた」
毎日会話をしたから、それで僕のことを気に入って、だから望みを叶えた……?
「それで、次はどうして欲しい? 教えてちょうだいな」
そう言った赤ずきんちゃんは、昨日にも見たあの少し怖い顔をしていた。
僕はなんだか恐ろしさを感じた。
でも、黒焦げの灰になった街並みを眺めて、ごくりと喉を鳴らした。
経緯は分かった。そして、僕にとっては忌むべきだった街が消えたことについては、少し留飲が下がってしまったまである。
だというのに、なぜ僕は喉を鳴らしたのか。
それは、もしも赤ずきんちゃんの力が本物なのならば、これは”チャンス”ではないかと考えたからだ。
嫌いだった街も、そこに住まう人々も、確かに消えた。
けれど、僕の今までもが消えたわけではない。
うだつが上がらなかった僕。馬鹿な僕。虐められ続けて来た僕。もしも消せるのであれば、街だけではなく、その過去の全てをも僕は消したかった。
赤ずきんちゃんの力でどうにかできるんじゃないか。僕はそんなことを考えていた。
やり直したいんだ。
最初から、初めから、人生をもう一度やり直したいんだ。
だから僕は伝えた。
「――僕の今までの人生を燃やしたい。この街を燃やし尽くしたように、僕の今までの人生を」
それは心の底からの僕の願いでもあった。
「わかったわ。じゃあ、今までの人生を燃やして、かわりに、新しい人生をあなたに送らせてあげる」
次の瞬間。
僕の体が燃やされ灰になっていた。
そして、僕の新しい人生というのは――転生という形で叶うことになった。