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年末年始、9連休? そんなものお構いなしと仕事が立て込み、今年は珍しく3日に休みを貰えた。よく休みがずれる旦那とも休みが合った奇跡に今年は良い一年になりそうだと思った。アプリゲームのガチャ結果も上々だったしね、今年の引き運も上々と言うことだわ!年末、寝不足と仕事と疲労と戦いながら、作り上げたおせちと美味しいお酒を片手にして、TVを観ながら正月らしい正月をこたつでまったりと過ごしていた。
「今年は無事に食べ切れそうね」
去年は、たくさん作ってしまったが為に痛んでしまった煮物をつつきながら言う。ふふん、今年はいかに楽にするかを考えて作ったから当然なんだけども!
まぁ、いわゆる手抜き、というやつ。世間の立派な主婦様からするとお怒りの声が上がりそうだけども、共働きだし、体力ないし、そもそも職場が遠いし、職場寒いし、客は鬱陶しいし意味分かんないし妙に知ったかぶりしてくるくせにその実何も知らないとかだし。知ってる?和牛ってランクは当然、品種によっても味が違うし値段も違うのよ!とマニュアルを顔面にたたきつけてやろうかと思った、あのハゲじじい。そして、「豚400g」とか吐き捨てるババア。商品名くらい読んでくれませんかねぇ?!料理くらい多少手抜きしたって良いじゃないの。
そもそも、おせちって正月に料理をしなくて良いようにという目的のものなのだから、楽することは何も悪いことじゃないのよ。
「そうだな、最近、煮物の味付けが安定していて美味しいから嬉しい。ごまめ、もっとないのか?」
ごまめをぽりぽりしながら空になった器を差し出してくる。この、ソレ作るのどんなに大変だと思ってるのよ、でも、しょうがないわね、出してあげるわよ。残してても仕方ないしね。冷蔵庫からパックを取り出してそのまま持って行くと、置いたそばからぽりぽりと、一匹また一匹と秒で消えていく。手の込んだ料理を作っても手抜きの料理を作っても変わらずに食べて貰えるのは嬉しいけど、もう少し、こう、味わって食べるとか…と思いながら、かに鍋をつついた。
「ん~~~、かに美味しい」
ぷりぷりとした身が濃厚な味が、幸せとお酒をススメてくる。
これぞ、正月の醍醐味。贅沢。
休み、万歳。
…あぁ、でもこれも今日だけかぁ、なんてしんみりしてしまうけど、今を楽しもうとご飯とお酒と旦那との談笑を楽しんだ。
◆◇◆◇
ふと、気がつくと何もない空間だった。白い空間で、つい先ほどまであったこたつも私が苦労して作ったおせち料理も、こたつの中で丸くなっていたはずの愛猫たちの姿も、そばに居た旦那の姿すらない。白く、寂しげででもどこかあたたかい空間。
「…どこ?」
こて、と首を傾げる。いつの間にか、寝てしまったのだろうか?
否、まだ、お酒は二本目が終わる頃というところだから、酔い潰れるには早い。幾ら、疲れていたとしてもだ。それくらいの自覚も限界も知っている。
テンッテレ~~~♪♪
「?!」
唐突に着信音みたいな音が鳴り響く。びくっと身を竦めると、目の前に縦20cm、横30cmくらいの長方形が現れた。
「…なにこれ。ゲーム的な窓かなんか?」
そーっとその長方形の枠に指を近づけてみる。長方形の辺につんと触ってみると、揺らぐわけでもなく実体がそこにあった。今度は、画面?のような長方形の窓の真ん中あたりを触ってみる。
ピロロン♪
「ひゃわっ」
軽快な音が鳴って、慌てて指を引っ込めた。機能してる…ぇ、なにこれ、まさか、昨今人気のゲームの世界に取り込まれちゃった系なやつが起きてんの?
いやいや、まっさかぁ…そんなファンタジー的なもの現実に起きるわけが。
『職業を選択してください』
どこからともなく音声が聞こえた。というのも、聞こえたのは、どうにも機械的で人ではないような気がする。
音声につられて窓を見ると、つい先ほどまで何もなく真っ白だった画面に文字が浮かび上がってきた。何これ、選べってこと? うーん・・・これ、選んで良いの?
そもそも、今起こってることって現実?夢? 試しに自分の頬を抓ろうとして、そこで手に持っているお酒に気づいた。それは、確かにこの白い空間を認識する直前まで自分が手にしていた物で、重さも記憶している同程度の重さだった。
「・・・・」
コト、とお酒を置く。自分の頬、腕、手の甲を順に抓る。普通に痛い。
痛いっていうことは、現実で、でもこんなことなんてありえない。ならリアリティのある
「夢?」
妙に現実味のある感覚を全身で受けているし、手にしていた物の重さもあったけど、やっぱり夢、なのだろうか。
…どちらにしてもまずは確かめたいことがある。話かけてくるということは、こちらからの質問にも答えて貰えるかもしれない。
「ここは、どこ?あなたは何?家に帰して?」
自分の声が響く。思っているほど大きな声が出なく、か細かった。そうか、私は今、心細いんだと気づく。問いかけて、しばらくして。
『職業を選択してください』
こちらの問いかけに答える気はないようだ。つまりは、こちらで判断しなければならないということ。
職業、ということは、生き物ーー少なくとも意思疎通が出来るーーがいる場所に出るということなのだろう。そこが現実にしろ夢にしろ、戻ることが出来ないのなら進むしかないのだ、とお酒が残る頭で思考する。
「職業ねぇ・・・・」
窓を見ると多種多様な職業がずらりと列挙されている。
踊り子、歌い手、商人、料理人、質屋、金貸し、八百屋、などなど。およそ、現代日本における職業と呼ばれるようなものは全てある。
ほかにも、魔法使い、魔術師、剣士、剣闘士、戦士、治癒師、狂戦士・・・などなどファンタジー感あふれる職業も列挙されている。
・・・さて、夢にしろ現実にしろ、楽しめる職業が一番だと思うのよね。
何せ、トリプルワークをこなす身なのだから、単一作業重視の職業は飽きてしまう。
なんとなくだけど、ここで職業を選択したら、変更が出来ない気がするのよね。
ちょっとは真面目に考えないと後悔しそうな気がする。
「楽しめそうなものと言うと・・・やっぱり、ファンタジー感溢れるこっちかしら」
すいーと指を滑らせる。魔法使い、は詠唱を覚えるのが面倒くさそう。でも、きっとファイアーボールとかアクアストームとかゲームで見るような魔法が使えるのは楽しそうだと思う。でもゲームみたいな魔法の使い方でないなら私の性格には合わない。ちまちました作業や魔方陣を描くとか、無理。絵? 棒人間描くのが精一杯ですが、何か?
剣士は、剣の世界のゲームをしてた身からすると憧れるんだけどなー。ゲーム上だとこうちょっとレベル差が合ったらレベルをガンガン上げて力業でなんとかしちゃうタイプだからなー。
治癒師、は私じゃなくて旦那だしな。あの人、後衛タイプだし。…あれ、私って何の適正あるの? 中距離タイプ? 近距離タイプ?
「うぅーん・・・」
悩ましい。どうしよう。私適当に指を滑らせていると職業を選択してください。という画面ではなくて、スキルを選択してくださいという画面が現れた。
「あら? これは、所謂チートスキルっていうやつを選べるのかしら?」
なら私が異世界でも欲しいと思うスキルは、そうねぇ。やっぱりアレかしら。どういう世界かわからないし。
「ネットショッピング、あぁ、あったわ。」
私は迷わずにソレを選択すると
「職業は選べません。」
と、出た。
「何よそれ。」
チートスキルを選んだら職業を選べなくなるってどういうことよ。ちょっと!
私はそのことに憤慨しながら類似するスキルを苦労して探し出して『本屋』を選択した。本さえ買えればいいわ。何もない場所に連れていかれて、もう手の届かない場所に今読んでいる漫画や小説の続きがある。なんて私発狂しそうだし。
『本屋』を選択すると、さっきまで選択出来なかった職業選択が出来るようになった。その職業一覧を見ていて気が付いたことがある。選べる職業と選べない職業があることに。
現代日本における職業系の殆どは選択が可能なのに比べ、ファンタジー職業系は、大まかに魔法使いや治癒師、剣士、弓使いの四種類の系統しか選択できない。試しにそれ以外のテイマーを押してみるが、ブブと音が鳴って『この職業は適性がありません』と表示された。適正なんていつの間に調べられたのだろうか。
「ぇー…これ、ほぼ選択権ないようなもんじゃん…」
そして考える。もし、仮に、旦那も同じような状況なら。あの人なら、恐らく治癒系を選ぶだろう。なら、私は、前に出れるような職業にするべきなんじゃないだろうか。前衛職なら、剣士しかないのだけど。詠唱を覚えるのは大変だろうけど、わくわくする魔法使いも捨てがたく選んでみたいと思う。両方選べるというなら文句はないけど…うーん。ぁ、そうだ。
「ねぇ、これって魔法剣士とかないわけ?」
だめもとで何もない空間へ聞いてみる。だめなんだろうなぁ、と思っていると、
ピロロン♪
軽快な音が鳴った。
窓を見てみると、ファンタジー職業系の弓使いの後に魔法剣士と表示された。希望が叶えられた、ということなのだろうか。
…こちらの要望を聞き入れるのなら、さっきの質問に答えてくれたって良かったんじゃないの? と思わなくもない。というか、自分の家に帰して欲しい訳なんだけど。
少し待ってみる。が、何も起こらない。相変わらず、窓は生意気にも職業選択をしろと表示し続けている。
「仕方ない」
自分で要求しておいて選択しないのはなんとなく気が引けるので、魔法剣士をぽち、と押してみる。
すると、
『選択スキルは、本屋のみとなります。職業は魔法剣士でよろしいですか?』
どこからともなくアナウンスが流れた。
窓には、はい/いいえのボタンが表示されている。
うーん…、まぁ、いっか。これ以上悩んでも選択肢が増えるわけでもなさそうだし。それに夢ならなんとかなるだろうし? 夢の中でぐらい無双させてくれるでしょ?
現実なら…もう少し考えた方が良いかも知れないけど。でも、これから起こることなんてまだ視れないし、わからないから心配したってしょうがないよね。
はいをぽちっと押した。
瞬く間に眩い光に包まれーーーーー
気がつけば、私は一人暮らしの学生が住むような何も狭い部屋の中にいた。
「ぇ」
職業選択をもう少し真面目に考えて真剣に悩むべきだったかも知れないと思ったのは言うまでもなく。どうしようとか、怖い。どうして私一人なの? 私の旦那とか可愛い猫たちは?
怖くて心細くて泣きそうになったところで、見知った人影が見えて、認識してーー
「気がついたら白い空間に居て、ゲームみたいな選択肢が出てきて、選んだらこんなとこに一人で放り出されて怖かった!」
泣きながら旦那に抱きついた。
嫁さんが考えた内容を元に私が考えた設定に基づいて修正を加えています。