お魚天獄
「お前様、釣れとるかの?」
「さっきからずっと見てて分かってるだろ? 一匹も釣れてないよ」
時間が無いことに対しての焦りの賜物だろうか? 待てど暮らせどアタリのひとつも来やしない。相手をして貰えなくて暇なのか? ノルンが先程から構って欲しそうに周りを忙しなくウロチョロしているのも魚が寄ってこない原因の一つか……。
「ぬーん……釣りというのはまどろっこしいものだのう。あれじゃ、電撃魔法や爆破魔法で魚を獲るやり方があるとも聞いた事があるぞ? それではいかんのか?」
「……あるにはある。だが場所がなぁ……下手に魔法を使えば辺りの魔獣を呼び寄せるかもしれない、流石にそれは危険だからな。ほら、ウロチョロしてたら魚が逃げちまう、膝に来い膝に」
呼ばれてうれしそうに膝にすっぽりと収まるノルン。水遊びをして冷えたのだろうか? ひんやりとする肌を包みこんで温めてやる。無邪気にこちらを見上げるノルンを見ているとなんだかほっとする……が、胴に尻尾を巻き付けるのは止めて頂きたい、肋がミシミシ言っています。
「ふふふ……ぬくいのう、極楽極楽♪じゃが、お前様ならここらに居る魔獣が群れで来ようと相手ではあるまいに? 躊躇う必要はなかろう?」
「一人で、ならな? 俺だってミスもするし怪我だってする事もある、今日はお前もいるんだぞ? お前が怪我でもしたらどうするよ?」
俺の言葉に耳を傾けていたノルンが膝を抱えて左右に揺れだし、耳まで真っ赤になった頭をこつんこつんと俺の胸にぶつけてくる。照れ隠しだろうか? だが、照れ隠しにせよ自分の頭に生えている物を忘れないでほしい、体を揺らす度に立派な角が照準を顎や喉や目に移すので非常に怖……ぬおわっ!?
「あっぶ! 危ない! ノルン! 急に立ち上がるのはやめてくれよ!」
「いや、あいすまぬ、じゃがお前様、あれはなんじゃ? 何やら水面にゆらゆらゆらめいて……」
言われてみれば確かにゆらゆら……夕日の照り返しだろうか? いや、何か違和感がある……この感覚は……魅了の魔力……?
「!! ノルン! 駄目だ! 近寄るな!」
「ふぇ? あ、妾は何を……? え?」
声をかけるが一足遅い、光に操られふらふら歩み出したノルンに光の主が眼前を覆い尽くす程の巨大な口を開け襲い掛かる。魔法で倒……駄目だ、この距離だとノルンを巻き込んじまう……ええい、くそっ!
「ふぎゅっ!? ふぇ……? お前様……? お前様!? どこじゃ? どこにいる!? どこにいるのじゃ!? まさか……こやつに……食わ……。い、嫌じゃ! 嫌じゃ嫌じゃ嫌じゃ!! 返せ! 返すのじゃ! 妾の愛しい人をすぐに返すのじゃ! 返さぬと言うのなら……!!」
『……深淵より来たる影、闇を統べる主、混沌こそが絶望の刃車を廻す……』
「ちょぉ~っとまてまてまて! 大丈夫だから! 魔法の詠唱止めろ! ここら一帯吹き飛ばす気か!?」
不穏な空気に慌てて魚の腹を割いて出てみれば大ピンチ、辺りを闇色をした魔力が包み込み、晴れていた空には暗雲が立ち込め雷鳴が轟いている。尚も詠唱を続けるノルンに駆け寄り、肩を揺すってこちらに意識を戻させる。ようやく俺に気付いたノルンが顔を涙でぐしゃぐしゃにして抱き付いてきた。
「!! お、お前様ああぁぁぁあ! うああぁぁああ! 食われてしもうたかと思った! 無事でっ無事でよかったのじゃああぁぁあ!」
「まあ、食われたっちゃ食われたがな、んにしても相手の体内から捌くってのはドラゴンに呑まれた時以来だな……こいつは何度やっても慣れないもんだ」
腰に抱き付いて泣きじゃくるノルンの頭をゆっくりと撫でてやる。……それにしても危なかった……あの詠唱文、確か闇魔法の最高位魔法のやつ、あんなもん放たれたら一帯が焦土になりかねん。……ってかそんなの食らったら俺でも無事じゃ済まない、危うくノルンにとどめを刺されるとこだった……。
「ごめんな、相手との距離が近すぎたから突き飛ばすしか出来なかった、それにもうちょい早く気付いていたら……怖い思いさせたな」
「妾はっ……ぐすっ、妾はいいのじゃ! お前様ぁ……無事でよかった、無事でよかったああぁあぁ!」
しがみついたまま尚もヒックヒックとしゃくり上げるノルンの頭を撫でてやり、落ち着くまで泣かせてやる……と言いたい所だが辺り中から凄まじい重圧と共に何やらザワザワと……首筋に感じるざわめきが全力で俺の脳内に警鐘を鳴り響かせる。
「こりゃあ……うん、ヤバいな……ノルン、行くぞ!」
「ふぇっ? お前様何を……ふにゅっ? どうしたのじゃ! 獲物を置いたままじゃぞ?」
「さっきのノルンの殺気と魔力に魔獣達が引き寄せられてるんだ! 悪いがちょっと荒っぽく行くからな? 舌噛むんじゃないぞ!」
「んなっ!? ちょっ……速っ! あぶっ危なっ! ……! ……!?」
……
「ふい~っ、ようやく帰ってこれた」
「うっぷ……ぎもぢわるいのじゃ……目が回って吐き気が……はっ!? もしや悪阻?? 一日一緒に居たからついにややこが……!」
「一緒に居るだけで妊娠なんかしねーよ、馬鹿言ってないで背中から降りる!」
「分かっておるわ冗談じゃよ。……それともお前様、どうすればややこが出来るか妾に教えてくれるのかえ?」
「っ!? っげっほげっほ! おまっ……お前なぁ! んっとに耳年増のませガキめ! そーゆーこと言うのは十年早い!」
「ホホホ……お前様は愛いのう、そういう部分も大好きじゃぞ♡それじゃあ妾は十年後を指折り数えて待たねばならぬのぅ、今から楽しみじゃ♪」
「うぐっ……」
なんか上手い具合に誘導された気がする……。なんか変な汗も出て来た……汗臭くなってないかな? ってか臭っ! なにこれ生臭っ!?
「何だこの匂い……うぁ……なんかヌルヌルするし……。……あ~、あの魚のか……こりゃ念入りに洗濯しなきゃ……」
「うむ、運んで貰っていた手前黙っておったがお前様酷い匂いじゃぞ? ささ、急いで風呂に入ろうぞ♡背中を流して進ぜよう」
「いや、今日は一人でゆっくり入らせてくれ、流石に疲れたから……?」
風呂に向かおうとする俺の服の裾をノルンが引っ張る、何? ……心なしか指先が震えてる?
「……お前様、頼む、今日は……今日だけは目の届かぬ所に行かないで欲しいのじゃ……」
ノルンが震える指で裾を引き、今にも涙がこぼれそうな瞳でこちらを見上げる。……こいつはほんと、こういうとこは全力で子供なんだよな……不覚にもドキッとさせられるのがなんか悔しい。
「……はぁ……わかったよ、ってかお前の髪にもヌルヌルがくっついてるしな、洗ってやるからさっさと行こう」
「ぬあっ!? わっ、妾の髪にまで?? ぬうぅ……あの魚めぇ……許すまじ! 今度あったら消し炭にしてくれる!」
……消し炭もなにも今頃集まった魔獣達の腹の中だろうがな……あ~、それにしても惜しいことをした、滅多に見ない大物だったんだがなぁ。
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