うっかり義母さん
「さて、と、それじゃあ……」
にっこり笑って手をポンと合わせ、お義母様がなにやらいそいそと準備を始める……。えっ? エプロン? エプロンの腰紐を締める事で露わになるボディライン! 溢れ出す色気に人妻感! 髪を纏めるその姿に神々しささえ感じられる!! ってえっ!? 何事!?
「はっ? えっ……あっ!? ちょっ……お義母さ……セラスさん! 一体何を……??」
「久し振りにノルンに手料理を作ってあげたくてね♪台所、お借りしていいかしら? あっ、触られるの嫌だったらやめておくけど……」
「あっ、いや、構いませんが……」
構いませんとは言ったものの一国の王が、お姑さんが、うちの台所で、料理? なにこの可愛いフリフリエプロン、若妻感が半端ない……こんな嫁さんを貰いたい人生だった……。ではなく! うぇ? いいのこれ? 女王陛下を台所に立たせるとかいいの!?
目の前の事象に頭が追い付かず、ノルンに視線を向け助けを求めるも当のノルンは目を輝かせたまま足をぶらつかせてお義母さまを眺めている。そりゃ久し振りの母親の手料理だしな、ワクワクするのも仕方ない、だが俺の心労も察して欲しいというのは贅沢な注文であろうか……?
「なんじゃお前様浮かぬ表情じゃの、母上の料理は絶品じゃぞ? なんぞ不満でもあるのかの?」
「いや、不満っていうかなんていうか……魔王様を台所に立たせるとか……想定外の事態っつーか……うぅ……胃が……」
「気にしすぎてはいかん、美しい女性が手ずから料理を振る舞ってくれるのじゃぞ? コホン、まぁ、お前様はそういうしゅちゅえーしょんには慣れておるから特別視はせんじゃろうが……」
こっちをチラチラ確認しつつ胸を張るノルン、(将来的に)美人なのは認めるがお義母さまと比べるとボリュームが……。
またもや頭の中を読まれてしまったのだろうか? 無言で振るわれたノルンの爪先が脛にヒットし痛みでそのまま蹲る。もうなにこの子怖い、うっかり何か考える事すら出来ないの? 俺。
「ふふふ、ダイキさんは顔に出すぎですよ。初対面の私でも分かっちゃいます」
「うぇっ!? そそそんなに顔に出てます!? あぁ……どんだけだよほんと……いっそ貝になりたい……」
「大丈夫なのじゃ、殻に篭もったら下から炙れば開くのじゃ」
「……それ俺に火が通っちゃうじゃん……」
笑顔で物騒な事を言うノルン、まぁ確かにこいつの前で殻に篭もろうが何しようが、こじ開けてでも目を合わせようとするだろう。真っ直ぐというか無遠慮というか……それが不快じゃないのは元よりの天真爛漫さ故か……?
「あらあら、二人とも仲良しなのね。マリーさんに時々報告は貰っていたけど実際に会ってみて安心したわ♪私の前だからって遠慮せずにいちゃいちゃしてくれていいのよ」
いや、いちゃいちゃって……。流石にお姑さんの前でいちゃつく胆力は持ち合わせてござーせん、ってかほんと不思議な人だな……。俺に死を覚悟させるほどの威圧感を放っていたかと思いきや少女のような笑顔を見せ、ノルンに対しては聖母の如き包容力を感じさせる、なにこのパーフェクト奥様、先代魔王うらやまけしからん。
「母上、はしゃぐのは良いがよそ見をしていたら……」
「あっ……!」
ザクッ!
お義母さまがはしゃいで振り回した包丁がまな板に触れた瞬間、まな板もキッチンも、まるでそこに何も無いかのように包丁が通り抜ける。……一瞬何が起きたか理解できず反応が遅れた次の瞬間、ズズンと音を立て部屋が、いや世界樹が斜めにズレていく……。
「んなっ!? 嘘? マジで!?」
「あら~……失敗しちゃった……ごめんなさい」
「もう、母上はおっちょこちょいじゃのう♪」
失敗しちゃったって……舌を出し自らの頭をコツンと叩いたお義母さまの背後でメキメキと嫌な音を立てて壁に走った切り口が広がっていく……。
あざとい……けど可愛いから許す! じゃない! ヤバいヤバいヤバい! おっちょこちょいどころじゃねぇよ! 世界樹が倒れちまう!!
「ちょっ! やばっ! 早く繋げなきゃ……っ!」
ゆっくりと、不穏な音を立てながらスローモーションのように倒れてゆく世界樹を無理矢理支えて魔力で繋げる、間に合うか? 間に合ってくれ!! こんなもん倒れたら大災害どころじゃ済まされない! 結界とか諸々全部壊れるし畑も……っ! なによりまたマイホーム失うとか御免被る!
「ぬぐおおぉぉお……どりゃっ!! ……!! ゼー……ゼー……何とか……繋がったか?? ……ハァ……」
部屋の中一周ぐるり見渡してズレや異常が無いことを確認しその場にへたり込む、危なかったああぁぁぁぁあ! 世界樹の魔力反応は……? 異常なし、乱れがないとこを見るとそもそも切られた事に気が付いてないなこれ……。
「ごめんなさい……ついうっかり……」
「母上は昔からそそっかしいからのう」
そそっかしいで世界樹を切り倒すとか有り得ない……ってか外は!? 護衛の方々は!? 嫌な予感を感じ早鐘を打つ心臓を宥めながら開け放った扉の先には……。
「おや? ダイキ殿どうかされましたかな? あっ、お庭をお借りしております。いやぁ……ここは気候の良い場所ですなぁ」
「あ、はい、ごゆっくり……?」
開け放った扉の先にはピクニック? をしている護衛の皆様、よく見れば強固な結界を何重にも積み重ねて周囲を覆っている。
普段から一緒に居るんだから対策も万全ですか、何はともあれ犠牲者が無くてほっと一息。……ってか樹木人共、何しれっとピクニックに参加して楽しんでんだ貴様ら、気楽でいいなお前らは……。




