こぶな釣りしかの川
「い~ざす~す~め~や~キッ〇ーン♪めーざす~は~じゃ~が~〇も~♪」
以前教えた歌を歌いながらノルンがご機嫌で行進している、まぁ食材とりに行くんだから歌のテーマ的には合ってるんだがなぜこのチョイスなんだろう……?
「さぁお前様急ぐぞ! 川が! 自然が! 魚が待っておる! 久々の遠出じゃからな、今日は思い切り楽しむぞ!」
「だから遊びじゃないっての、なるべく俺から離れないようにしろよ? 辺り中危険な生き物が満載なんだからな?」
「またまたそんなことを、見渡す限りの草原で魔獣の一匹も居ないではないか! そんなこと言って妾から離れたくない口実…じゃ……ヒッ!? な、なんじゃ! いきなりナイフなぞ投げて!」
「ナイフの先、見てみな」
「な、なんじゃ? 驚かせおって……ヒッ! こ、これは……蜘蛛……いや……蠍?」
「灼尾蜘蛛だよ、尾に毒があるから触るなよ?」
灼尾蜘蛛は焼け付くような痛みを伴う神経毒をもつ小型の蜘蛛の魔物だ。赤い斑紋のある体から伸びた蠍のような尾に刺されたら最後、痛みでショック死か神経をやられて動けなくなったところを群れに襲われるか……。辺りに魔獣の姿が無いのはこの蜘蛛を警戒しての事だろう。
「な、なんじゃ虫くらい……わ、妾の敵ではないわ!」
「……その割にはしっかり俺の肩によじ登ってるがな。あと、しがみつくな、前が見えない」
「あんな危険な生き物がいるなぞと思うまい! せいぜい大型の魔獣が練り歩いておる程度かと……! 家庭教師にも灼尾蜘蛛が居る場所には絶対に近づくなと何度も釘を刺されたぞ!」
「大型の魔獣は魔獣で危険なんだがなぁ」
まぁ、今時期は繁殖期から外れているから大量に居るって事は無いだろ。それにちょっと怯えてくれてる方が移動に便利だからそこら辺は黙っとこう、うん。
「まぁ結界をかけてあるからそうそう刺されたりはしないがな、注意するにこした事は無い」
「う、うむ! そうじゃな、用心するにこした事はないの! 妾はしっかり掴まっておるからお前様も刺されぬよう気を付けるのじゃぞ?」
「……そんなこと言って俺から離れたくない口実なんじゃないのか?」
「もちろんじゃ! 妾はお前様に惚れておるからの♪いつもいつでも片時も離れたくはないのじゃぞ♡」
ぐっ……ちょっと反撃したつもりが思わぬ逆襲にあった……。いや、それにしても今日は暑い、気候が頻繁に変わる土地だが今日は特別暑い気がするな!
……
「ほおおおぉぉぉ! なんじゃなんじゃ! 細い川と言うから小さな小川を想像しておったが何とも立派な川ではないか! これなら釣果も期待できそうじゃの♪」
「あ~、うん……え? こんな広かったっけ?」
おかしい、明らかにおかしい、ただの数週間前には幅2メートル程度の小川だったはず……? 今目の前にある川は幅20メートルはあり、岸には浜まで出来ていて強い陽射しも相まりさながらビーチの様相である。
「お前様! 早く早く! ひゃ~っひゃっこい! 水が冷たくて気持ちよいぞ!」
「あ、おい! ちょっとまて! 危険が無いか確認して……あ~っもう!」
まぁそりゃそうだ、引き籠もらされていた子供がこんな光景を見て止まるはずはない。気持ちは分かるが場所を考えて欲しい、見た目は風光明媚な観光地のように見えるが実態は人も魔族も恐れて近づかないような禁足地なのだから。
「お前様何をしておるか! 早くこっち! こっちじゃ! それっ!」
「うわっ! 冷たっ!? いきなり何を……もがっガフッ!? グェッホゲッホ!」
「あ……すまぬ……まさかまともに顔面に当たるとは……」
「ふっ……ククク……どうやらお前はどうあっても俺と争いたいらしい……! よかろう! 全力を持って相手をしてくれるわ!!」
「うひっ……ひゃああああぁぁぁぁぁあ!?」
獅子は兎を狩るにも全力を尽くす、さあ哀れな生贄の子兎よ! 望むがままに存分に相手をしてくれようぞ! フハハハハハハハハ!!
「あ~っ遊んだ遊んだ! どうじゃ? お前様、たまにはこういうのもよかろ?」
「ゼェゼェ……こ、子供の……体力を侮っていた……ノルン、お前なんで平気なんだよ……」
「むうぅ! 子供扱いしてくれるな! ……ふふん、そこは若さの勝利かの? 妾はまだまだいけるぞ?」
ノルンが得意気にふんぞり返る、だがこっちは流石に限界だ。これ以上は命に関わりかねない。
「流石に勘弁してくれ、休憩だ休憩! ……ってかその言いぶりだと自分で自分が子供だって自供してんじゃねーのか?」
「またそういう事を言う! よいか? お前様、人の揚げ足ばかりとるのは子供のする事じゃぞ? そのようにあら探しをせずに正直に……」
クウウウゥゥゥ……
「……なる程、大人のレディの腹は素直だな」
「う゛~っ! そういうとこ! そういう所じゃぞ! お前様の悪いところは!」
顔を真っ赤にしたノルンが頬を膨らましポカポカと俺の胸を叩いてくる、まあこういうとこがまだ子供だよなぁ……と思うが追撃したら後が怖いのでお口にチャックである。
「ごめんごめん、でも確かに腹が減ったな、弁当にするか?」
「ぬぬっ? 朝何やらごそごそしておったと思えば弁当とな!? なんじゃなんじゃ? 早く見せるのじゃ! 中身がどんなか楽しみじゃのう♪」
……チョロい……『そういう所だぞ』って言い返したいけどぐっと我慢、大人な紳士はこういう気遣いがきちんと出来るのだ。
「慌てるな慌てるな、さてさて弁当箱の中身は……じゃ~ん♪カツサンド~♪」
「なんじゃ? カツレツをパンに挟んだのか?」
「ほんとはトンカツを使いたいが中身は鳥カツな、まぁ鳥は飽きてるかもだが勘弁してくれよ」
「大丈夫じゃよ、お前様の料理は何でも美味いからの♪ささ、早く食べようぞ! 腹がぺこぺこじゃ♪」
川岸に座って頬ばるカツサンド、鳥は飽きたはずだけど何だか特別な感じで普段より美味しく感じるもんだ。たっぷり遊んで疲れたのもあるかな? まぁ、たまには童心に返るのも悪くないもんだ。
「うぬ、カツに染みこんだソースにキャベツとマヨネーズ! 悪魔的! 悪魔的すぎるぞこの相性は! そしてこっちは……? 厚焼き卵焼きをパンに挟んでおるのか? ……!! ふわふわの卵焼きにマヨネーズとケチャップ! こっちも美味いのぅ!」
「ゆで卵をマヨネーズで和えた卵サンドもいいけどこっちはこっちで美味いんだよなぁ、次に作るときはそっちも作ってやるよ」
「期待しておるぞ、お前様♡……ふぅ、腹も膨れた事じゃしこれからどうするかのぅ」
「そうだなぁ……良い天気だしこのまま昼寝でもしたく……あ゛っ!?」
……そういや魚を捕りに来たんだった……。