魔族
「パーチェさん、ここら辺でいいかな?」
「はい、ここならば田の拡張にも山葵用の水路にも最適でしょう。結界維持には万全を期しますのでご安心を!」
「ふぃ~……つっ……疲れた……。ってあんたら何やってんの?」
パーチェさんと結界拡張の相談をしていると疲れ切った様子のジャクリーンがふらふらと姿を現した。どうやら川の中で散々連れ回されたようで全身濡れ鼠になってしまっている。陸では無敵の腕白も水中では流石に勝手が違うようである。
「ハハハ、随分楽しんできたみたいだな。よっと『点火』ほら、焚き火に当たっとけ」
手近な枯れ木に火を灯してタオルを投げてやると、小さく『あんがと』と呟き髪を拭きながら岩に腰掛ける。意地っぱりではあるが素直な一面もあるんだよなぁ……ノルンの前でもこうなら良いんだが。
「んで、この仰々しい石造りの祠は何なの? まさかあんたを神様扱いで祀ってるとか?」
「んなわけねーだろ」
「ハハハ、ある意味そうかもしれませんな。ダイキ様は我等の救いの神ですから」
「? 魔族からしてみりゃ死神の間違いじゃねーの?」
ジャクリーンが眉根を寄せて口を尖らせる。耳が痛いが確かに否定できないのが辛いところ、俺自身も好きで殺し合いをしてた訳じゃ無いんだが……。いくら言い訳を並べ立てても事実は変わらないんだから仕方ない、こんな俺が魔界で受け入れられてるのが自分自身でも信じられないのが正直なとこでもある。
「確かにそういった側面もあるかもしれませんが、ダイキ様が我々を救って下さったのも戦争の終結に一役買って頂いたのも事実。今更戦時中の事を蒸し返す必要もありませんよ」
「そんなもんなのかねぇ……んじゃこの祠は何に使うのさ?」
「こいつは魔物除けの結界を設置すんだよ、地面に埋めといてもいいが目印があった方が分かり易いからな。定期的に魔力も注がないとだからこの形にしたんだ」
「魔物? 魔族は魔物を使役できるんじゃないの? なら別に結界なんて要らないだろ?」
「使役……ですか? ああ、人界ではそういったプロパガンダ教育が為されていたと聞きますね。一部の気性の大人しい魔物であれば家畜として利用も出来るかもしれませんが……。そういった事が出来るのであればこれほどまでに肥沃なこの地はもっと発展していないとおかしいですな、それに石化鶏や突撃猪のように家畜化としての使役であれば人界の方が余程進んでいます」
言われてみれば確かに、魔界には人界に比べ魔物が溢れているため狩りメインで生活が成り立つが、人界では一部の魔物を家畜化する事で食糧の安定供給を実現している。魔界からしてみればこちらの方がよっぽど魔物を意のままに操る驚異的なものに映っていただろう。
「まぁ、習ったことが全て事実とは言えないわけだ。それは互いに言えることでもあるがな、今この集落で魔族と呼ばれる人々に直に接して何か分かった事もあるんじゃないのか?」
「……俺は……」
「あーっ! ジャクリーンちゃんこんなとこに居た! ねーねー皆集まってこれから水魔法の練習するの! 一緒にやろう?」
「えっ? ……あ……あぁ……」
口をきゅっと結び何かを言いかけたジャクリーンを、駆け寄ってきたイナちゃんが再び引っ張って連れて行く。色々思うところはあるかもしれないが子供同士で交流を持って分かることもあるだろう。
「さて、結界を設置したら水路を作って石で補強して……だな。そういやさ、さっき肥沃な……っつってたけどここらの土地って割と優秀だったりする?」
「優秀も何もここまで魔力と滋養に溢れた土地は世界中探してもそうは無いでしょう。ダイキ様のお屋敷の樹木人といい、特異な土地であることは間違いありませんな。ダイキ様に譲って頂いた作物を食べた者も病に改善の兆候が見えたり乳の出が良くなったりと良い影響は枚挙に暇がありません」
確かに土地自体に篭もった魔力は感じてはいたがそういう影響があるとは思いもしなかった……。もしかしてここらの魔物や魔獣が他の土地のよりでかいのも土地の力のせいなのか?
……まてよ……この理論で行くと成長期のノルンがここらの作物や魔獣を食べて育った場合……もしかしたら凄く凄くおっきくなるんじゃない?
……身長三メートルとかなったらどうしよう……。いや、別にでっかくても構わないんだが……だがノルンに見下ろされるってのはなんか……うん……ちまっとしててちょこちょこついてくるイメージしか無いからなぁ……う~む、想像できん……。
……
「ただいまー、帰ったぞー!」
「おかえりなさいなのじゃ♡風呂の用意が出来ておるぞ、汗を流すがよかろう」
帰宅した俺らをノルンが笑顔で出迎える、機嫌よさげではあるが家を出る際に自分も行きたいと五体を駆使して駄々をこねたのは言うまでもない。埋め合わせをする&町での実態を不問とするということで決着したがはてさてどうしたものか……。
と、ジャクリーンが無言で脇をすり抜け階段へと向かうのをノルンが見咎める。
「これ! ジャクリーン! 帰ったら挨拶と手洗いうがいじゃ! 習慣として身に付けておかねば将来……」
「……ただいま……」
「っ!」
「これでいーんだろ? コップは? どれ使って良いかわかんねーよ」
「うぬ! ならばこれを使うがいい! 手洗いはしっかり指の間や爪も洗うのじゃぞ!」
おもいもよらぬ返答にノルンが目を丸くし動きを止め、そしていそいそと食器棚からコップを取り出す。まぁ行って帰る間に少しは素直になったかな? この調子で打ち解けてくれたらありがたいが……。
「のう、お前様。ジャクリーンの様子が違うが何かあったのかの? 一体何をしたんじゃ?」
「何をしたって言うかな、まぁ知らなかった世界を見て認識が変わったんだろ。とは言えまだまだ難しそうだがな……」
「ぬ? ジャクリーン、風呂には入らぬのか?」
「貰ったもんを置いてくるんだよ、すぐに入る!」
ジャクリーンが握った手にはイナちゃんから貰った貝殻細工のネックレスが。今日の体験が少しは魔族に対する偏見を無くしてくれたらいいが……。と、駆け上りかけた階段からひょっこりと顔を出したジャクリーンが怪しい笑みを浮かべる。
「それにしても英雄様は激しいのがお好きなんだね、私こういうの(魔獣との戦闘)初めてだったのに……あんなに激しくされて足腰立たなくされるだなんて……責任とってもらうからな?」
ジャクリーンの言葉を受け、辺りが濃密な魔素に包まれ、ノルンが壊れたブリキ人形の如くにぎこちなくこちらを振り向く。はっ!? えっ? ちょっ……おまっ……!!
慌てる俺に向かいジャクリーンが口を『バーカ』と動かし階段を駆け上る、あいつやりやがったな!! マジで駄目だろ反則だろこれは!!
「お前様!! これは一体どういう事じゃ!? はっ……激しいやら何やらとっ! 妾だってそんな風にされたい! うらやまけしからんのじゃああぁぁぁあ!!」
「いっ……いや、あれはジャクリーンがからかい目的ででまかせをだな……」
「お風呂おっ先~♪」
「ちょっ! 待てジャクリーン! 誤解を解いていけ!!」
慌てふためく俺を尻目にジャクリーンが楽しそうにあかんべぇをして風呂へと逃げる。……いやどーすんのよこれ……ほんともう……誰か……誰か助けて下さい……。




