父親
「……はぁ……ようやく寝付いた……」
「もう嫁さんは放っといていーのかよ? あんたも改めて苦労人だな」
ソファに腰掛けたジャックがこちらを見てニヤリと笑う。荒れ狂うノルンを宥めすかしてようやく寝付かせたらとっぷりと夜が更けてしまっていた、今日の荒れようを見る限り浮気でもしようものなら命が無いな……まぁ、するつもりも無いが……。
「さっきは悪かったな、知らなかったとはいえ改めて申し訳ない」
「いーよいーよ、見られて減るもんじゃないし。あんたも悪気があってのもんじゃないだろ?」
改めて頭を下げる俺にジャックがうざったそうに手をヒラヒラさせて答える。気にしないと言われましてもこっちはそうもいかない訳で……どうにもギクシャクしてしまうのはどうしたものか……。悩む俺が可笑しいのかくくっと喉を鳴らしジャックが言葉を続ける。
「それとも英雄様は童女趣味がおありで? いや~そんな熱視線送られても困るね~。まさかハーレム建設の為に俺を攫ったとか言わないよね?」
「んなっ……! そんなわけあるか! 大人をからかうな!」
焦る俺が可笑しくて堪らないという様子でジャックがニヤニヤと視線を送る。……こんな感じの視線、覚えがあるな……確かあれは……。
「……もしかしてお前の父親の名前、グスタフって言うんじゃないのか?」
「!! なんで知ってるんだ!?」
「やっぱりか、なんか雰囲気っつーのか? そうやって人をからかって眺めてる様子がなんか重なっちまってな。んでお前の名前は本当はジャクリーンだな?」
「……あぁ、ジャックは偽名だよ。ってかまさか父ちゃんが英雄様と知り合いだったとはね、真面目に仕事してたんだな……」
ジャック、もといジャクリーンの父親とはネクロス率いる魔王軍第三軍と相対しての都市防衛戦で轡を並べて戦っていた。後から後から押し寄せる死霊の群れに敢然と立ち向かい、部隊の皆からも一目置かれている存在だったのだ。
「いつも先陣を切って敵陣に斬り込んでいってな、皆の士気を上げるのが上手いムードメーカーだったよ」
「そんで腕も無いのに功を焦って敵陣で孤立して……ってのがオチだろ?」
……流石娘、仰る通りで……。だが味方の士気を上げ皆を引っ張るムードメーカーであったのは確か、きついことだらけの戦場で皆が笑えてたのはグスタフの底抜けの明るさが一助になっていたのは間違いない。
「……父ちゃんはどんな最期だったんだ?」
「……あの時は押し寄せる死霊の群れと乱戦になっちまっててな、たまたまだ……たまたまその死霊の群れの中に死んだ奥さんが居たらしい。倒すのに躊躇した間に群れに飲まれちまって……」
「……っ。最期に……なんか言ってた?」
「『昔っから嫁に勝てた試しがねぇ! 今回も負けちまった! ……娘に母ちゃんにリベンジしに行ってくるって伝えといてくれ』だったな。最期までグスタフらしい生き様だったよ」
「父ちゃんらしい……ねぇ……。そんで残されるこっちの身にもなれっての……バカ親父……。ま、事情はともかくとして伝えてくれたことには感謝するよ、あんがとな」
本来ならあの戦の生き残りできちんと遺族の捜索と遺言の伝達は行うべきだったんだろうがそうもいかなかったからな……。
スラムのあの男共ももしかして戦場に居たのかも知れない、そして状況を利用して遺族に近付いて……か。人間の闇の部分ばかり見えちまうと何が正義で何が正しいのか分かんなくなってきちまうなほんと。
「さ、夜も更けた、子供は寝る時間だ。二階の上がってすぐ右の部屋にベッドを用意したからそこで寝てくれ」
「風呂に食事にベッドか……至れり尽くせりだな、はるばる魔界まで連れてこられた甲斐があったってことかな?」
ぐうっと伸びをしてソファから飛び降りたジャクリーンが、ふと思い当たったかのように口を開く。
「そういやさ、あんたの嫁、ノルンっつったっけ? あいつも父親が死んでんだろ? 平和を願うやらとえらく壮大な事言ってたみたいだけど一体何して死んだんだよ?」
「……ノルンの父親は先代の魔王だ」
「はっ!? えっ? ってことは……はっ?」
「ああ……俺が殺した」
「っ……どういう事情かは知らないけどさ、やっぱあんたら狂っ……変わってるよ……」
複雑そうな表情で言葉を選んだジャクリーンがのそのそと二階へと姿を消す。まぁ、言葉を選びつつ本音はバッチリでちゃっているが……。
変わってる……ねぇ。確かに人間の価値観からすれば狂ってるようにも見えちまう、ってか俺自身も何でこうなったやら……。さも当然のようにこの環境に溶け込んじまってる辺り俺も相当に変わりもんなんだろな。
まぁ今は眼前の事に集中集中! 願わくば何事も無く平和な世になってくれればいいがなぁ……。
……
「バザーリアで不自然な魔力反応痕?」
「はい、転移魔法の物と思しき魔力反応痕がスラムの外れに……。ですが周囲に魔法陣を描いた形跡も無く魔力の残滓の解析からは一人分の魔力しか検出されず……」
「ふうん……通常転移魔法に必要な人員は?」
「最低でも一級魔導師十名、その上直径十メートルの魔法陣が必要です」
「……よねぇ? そしてこんな離れ業が出来るのは知っている限りでは一人しか居ないわ。やっぱり……やっぱり生きていたのね……!」
「姫様、いかがなさいますか?」
「愚問ね、動ける魔導師を総動員して転移先の特定をなさい」
「……御意に……」
「あぁ、生きていたのね! そうよ! 魔王程度に相討ちになるなんてありえないわ! さぁ、早く迎えにいってあげなくちゃねぇ♪」




