吊り橋効果
「……おかしい! こんなに距離があるはずが無い!」
「うぬぅ……こんなに上ったり下りたりした覚えは無いのぅ……」
階段を探してかれこれ一時間、逃げる際にこんな距離を移動した覚えは無い。トラップがなりを潜めているのも不気味なんだが……、他のフロアの広さから考えても明らかに広すぎる距離を移動しているんだよなぁ……。
「そこの分岐など見た覚えが無いのぅ、地図化の魔法はどうじゃ?」
「う~ん、改めて見てみると道があちこち交差してるな、立体にしたら上下に二フロア分ずつ、計五フロア分位の迷路になってる」
「何をどうしたら一本道がそうなるのじゃ……」
「……う~ん、道があるはずが行き止まり、こりゃこの迷路自体が形がどんどん変化してるな……」
形が変わっていく迷路って……どこの千回遊べるRPG? 疲れたのか不安なのか、ノルンも俺の服の裾を掴んだままそわそわと落ち着きが無い。早く出口を見つけなければ……。
「地図化が効果が無い以上自力で脱出するしかない、破壊するのは最終手段としてとりあえず下を目指そうか」
「そうじゃな、四階部分まで行けば落とし穴もあるやも知れぬ。落ちることが出来れば三階まで直通じゃ……急がねばのぅ」
? ノルンも現状に危機感を覚えてるみたいだしここは気合を入れて探さねば!
「よっと、そんじゃちょっと走るぞ? しっかり掴まってろよ?」
「にゅわっ!? な、なんじゃ! いきなり担ぎ上げて!」
「さっきから呼吸も荒いし汗もかいてる、疲れたんだろ? 抱っこしてやるから落ちないように気を付けろ?」
「う、うぬ、ありがとうなのじゃ……」
普段より元気が無い……やっぱ長時間の閉鎖空間は子供にゃきついし心細いよな。俺も悪さして押し入れとかに閉じ込められて怖い思いした記憶があるもんなぁ……。何より我が家にトラウマを持ってもらっても困る……って……何だあれ?
「……あそこ一カ所部屋になってるな……何だろうか?」
「ぬぅ……部屋など今まで無かったのにのぉ……っもしや階段に戻って来たのやもしれぬ!」
「あっ! ちょっと待て! こういう変化があった時は慎重に……!」
言うが早いか腕から飛び降りたノルンが走り出す、早く脱出したいのは分かるがこういうときは大体決まって……。
ガキョンッ!
「「あっ……」」
「にゅああわああぁぁぁぁあああ!?」
「ノルン! 掴まれ! 離れるなよ!!」
部屋に踏みこんだ瞬間のスイッチ音、それを合図に四方の壁が螺旋を描いて迫ってくる。
潰される? まさかそんな……トラップ如きで? ノルンだけでも無事に! 早っ……結界……間に合う? ……!!
……
「ぐぉ……っ! ノルン? 大丈夫か?」
「ぬぬぅ……うぅ……な、何がどうなってこうなったのじゃ……? それに……この状態は……。ハァ……ハァ……お、お前様……」
辛うじて間に合った結界だが自分たちの周囲に展開するので精一杯、しかも魔力の質が一緒だから結界を吸収されちまった……。
迫る壁が俺達が居るスペースを残してぴったり密着、ノルンと抱き合った状態で身動きが取れない。
「無事なら良かった、怪我は無いか? 苦しそうだな……少しスペースを……」
「ひぅっ!? ……お、お前様、動かないで欲しいのじゃ!」
……ノルンの様子がおかしい、いや、いつもおかしいっちゃおかしいんだが……息も荒いし、なんだ? 潤んだ瞳で見上げてきて……ぐうぅ……なんかこっちまでドキドキしてしまう……なに? これ吊り橋効果ってやつ? ぬおぉ……そんな錯覚なんぞに俺は屈しない……!!
だが……こいつこんなに可愛かったか? いや、いつも可愛いのは可愛いが……いや俺は何を考えて……あ~っ! もう!
「お前様……妾は……妾はもう……限界なのじゃ……」
うぇ!? 限界?? 限界って何が!? そんなしがみ付いて潤んだ瞳で見上げて何が限界って言うんですか!? ちょっ……待っ……あっ……。
「ううぅ゛~……お前様ぁ……すまぬ……すまぬぅ……」
足元にじんわり広がる生温かい感覚……。あ~、ずっと我慢してたのね……気が付いてやれなくて申し訳ない……。
「お前様ごめんなさいなのじゃ……うっく……ひぐっ……」
「大丈夫、大丈夫だから。気付いてやれなくてごめんな」
「うえぇ……ぐすっ……嫌わないで欲しいのじゃ……えっく」
「大丈夫、俺はノルンの事嫌いになったりしないよ、気にするな」
……とはいえこの状況はいかにしたものか……。世界樹のセキュリティ的な物なのかもしれんがノルンを泣かせたのは許せない。下が駄目っつ~んなら上を吹き飛ばず分には構わんよな? そうだよな? 地形が変わろうが天変地異が起きようが構やしない。そうだろう? な? な?
「ぐすっ……ひっく……う? お前様……? 一体何を……?」
「ちょっとしがみ付いてろ、上を丸ごと吹き飛ばす」
「はへっ? そんな……いや、そこまでせずとも出口を……」
「……ノルンを泣かせた落とし前だ……世界樹? 知ったことか! 跡形も無く吹き飛……んん?」
ありったけの魔力を拳に込めたところで潮が引くように周囲の壁が引いてゆく。まるで慌てて逃げるかのような動きで広がった部屋の中心に、詫びとでも言わんばかりに階段が生成されていく。
「……階段じゃの……」
「……世界樹吹き飛ばされたくなくて日和りやがったな……この行き場のない怒りをどうしてくれる……」
振り上げた拳をそのまま下ろす事ほど消化不良でむず痒い事は無い、せめてもの八つ当たりに壁に手をつき世界樹に話し掛ける。
「……いいか? 次にノルン泣かすような事したら根こそぎ全て吹き飛ばす。どんなに深く広く根を張ろうと無駄だ、全てだ。……いいな?」
世界樹は喋りはしないが言っていることを理解できる程度の思考能力はあるらしい、幹の内部が脈動したかと思ったら下階への階段が細工の施された豪奢な造りに変わってゆく。
「ふえぇ……終わった……のかの?」
「そうみたいだな、よし、背負ってやるから掴まれ」
「あ、いや、だっ……大丈夫じゃ歩ける! それに……汚いから……うぅ……」
「お前のなんだ、汚いわけないだろ? それに腰抜かしてんじゃねーか、ほら、黙っておぶさる!」
「うっ……うぬぅ……わ……わかったのじゃ……」
やれやれ、戻ったら下半身冷えちまってるだろうから風呂に入れてやらないとなぁ……。ってか世界樹には説教してやったがもう一人盛大に説教してやらなきゃならない奴が居るな……あの痴女エルフ一体どういう風に仕置きしてやろうか……。
「……旦那様はやっぱり格好いいのじゃ……妾は愛されておるのじゃなぁ……」
「……? なんか言ったか?」
「ふふふ……何でもないのじゃ、ただ幸せを噛み締めておっただけじゃ♡」
「? おぅ、そうか……??」
幸せ? あぁ、命あっての幸せってやつ? 怖い思いしちまったんだろうなぁ……俺がついて居ながら……。……この分もマリーへの仕置きに上乗せせねば……ああやって、こうやって……準備で忙しくなるなこれは……。




