魔王の頼みごと
「はぁ……腹減ったなぁ……」
家の裏手にある露天風呂に浸かってゆっくりと目を閉じる、日本に居た頃じゃ味わえなかったような贅沢な時間。……とはいえ愛しき我が家を構えているのは結界抜きだと速攻で魔獣や魔物が襲い掛かってくるような超絶危険地帯のど真ん中なのだが……。
まぁ、贅沢を言わなければ何とかなるもんである、この状況に俺を落とした魔王には膝を突き合わせて小一時間説教したいところだが……。
『ぐうぅ……勇者よ! その技! その力! よくぞそこまで磨き上げた! ぐふっ……ククク……完敗だ!』
『ゼェ……ゼェ……約束通り一騎討ちで俺が勝ったら人界への侵攻をやめるんだな?』
『……我等魔族は人族とは違う、約束は死んでも守る……いや、今正に死のうとしているところだが……ゴホッ。……だが貴様に一つ条件、いや、頼みがある!』
『!? 後出しで条件ってどういう事だ? 悪いが往生際の悪いことは……』
『まあ待て、頼みというのは儂の娘の事だ、単刀直入に言おう! 貴様に儂の娘を娶ってもらいたい!』
『んなっ!?』
『うちの娘は妻に似た器量良しでな、どうせ嫁にやるなら儂よりも強い頼り甲斐のある男をと……』
『待て待て待て! 何で今正に殺害しようとしている相手から縁談を持ちかけられにゃならんのだ!』
『娘はな、小さい頃は『パパのお嫁さんになる~』な~んて言っててな? 儂としてはそんな可愛い娘を有象無象に嫁がせる訳には……』
『だから待て! 話を聞け!』
『おぉ、そうか! 紹介せねばなるまいな! おい! ノルン! 来なさい』
『了解したのじゃ、父上!』
『……幼女じゃねぇか』
『むぅ! 妾はもう十歳じゃ! 子供なんぞではない!』
『完全無欠にがきんちょじゃねーか! おい! 魔王! 一体俺にどうしろってんだよ!』
『!! まさか貴様まだ子供のノルンたんにそんなことやあんなことをしようとはしておるまいな! 成人するまでは手出しは厳禁だぞ!!』
『誰が幼女に手を出すか! ってか俺に子育て代替わりしろってか? 御免被る!』
『はっ!? そうか! 魔術的に手出し不能にすればいいのだな! ていや!』
『んなっ!? なんだこの禍々しい光は??』
『それは呪い……貴様の■■■は我が可愛い娘が成人するまで一切の男性機能を失うであろう……』
『おい! ちょっと待てふざけんな!!』
『ククク……勇者よ、よくぞ我を倒した……だが光ある所には必ず影が差す。より強い光が輝く時、闇もまた深く濃く色付くのだ……』
『ちょっと待て! 勝手に締めに入んな! 俺は納得してないし返事もしてねーぞ! ってか呪い解けよ!』
『……納得するもなにも、敗軍の長の娘が国内であろうと国外であろうとどのような事になるか……貴様にも想像は出来よう?』
『……っ! それは……』
『ククク……戦った儂だからわかる、貴様は優しすぎる男だ。その優しすぎる勇者はかような年端もゆかぬ幼子を黙って見捨てるのか?』
『……』
『フハハハハハハ! また会おう勇者よ! 闇の深淵から貴様が日々美しく成長するノルンたんに悶々と苦しむ様を眺めてやろう! フハハハハハハ……ぐふっ……』
『おい! てめーやっぱこの呪い嫌がらせだろ! おい! おい! ……っくしょお……』
『勇者よ、不束者であるがよろしく頼むのじゃ』
『……はぁ……。勇者じゃねぇ、俺にはダイキっていう立派な名前がな……』
『むぅ……これから夫婦になるというのに他人行儀はいかぬな、ならば……えっと……だ……だい……むぅ……』
『夫婦って……ってか顔真っ赤にしてどうしたんだ?』
『い、いきなり名前呼びをするのは小っ恥ずかしくていかんのじゃ! そ、そうじゃ! 夫婦らしくお前様と呼ばせて貰うのじゃ! よろしく頼むのじゃ、お前様♡』
『……はぁ……もう勝手にしてくれ……』
思えばあれから半年、何気にこんな生活にも慣れてきている自分が居る訳で……。
「はあぁ……でもこいつが元気ないのは慣れないな……。お~い、息してる? 毎朝のあの元気の良さは何処行ったんだよ?」
話し掛けても返事はない、どうやらただのしかばねのようだ……。色々解呪も試したけれど復活の呪文が違います、ってか? 嗚呼自虐ここに極まれり。
「お前様♡入るぞ♪」
「うぉっ!? いきなりなんだ!」
「労をねぎらってやろうかと思ってな、背中を流して進ぜよう」
「だからってわざわざ裸にならんでもいいだろ?」
「料理を教えてくれる約束じゃろ? それに腹が減ったからの、こうした方が時間短縮じゃ♪……それとも妾がせくしぃ過ぎて目のやり場に困るかの?」
言われて頭の先から尻尾の先まで眺めてみる。うん、何度見ても起伏が足りない、どこからどう見てもおこちゃま寸胴体型です、ありがとうございました。
「とりあえずそういう台詞は五年は早いな、もうちょいボンキュッボンに成長してから出直しなさい」
「むぅぅ……! また子供扱いする! 妾だってちゃんと成長しておるんじゃからな!」
「はいはい、わかったわかった。期待して待ってるよ、さ、こっち来い、髪洗ってやるから」
ふくれっ面するノルンに手招きすると嬉しそうに尻尾を振りながら駆け寄ってくる、なんだこの可愛い生き物? そういった方向には全くといっていいほど食指が動かないが何だか癒される。あぁ……子供が居たらこんな感じなのかな……いや、少し違う……あ、あれだ、昔飼ってた犬に似てる。
髪をわしゃわしゃと洗ってやり二人でゆっくり湯に浸かり、火照った体に冷えた牛乳を一気飲み! くぅ~っ! ……ってかこうしてると異世界って感じがしねーな全く。我ながら順応力の高さが怖いわほんと。