まさか、王家の書庫に入れるとは夢みたい
再び、踏みましたよ。王都です。お父様に注意されつつも、やってきました!!
しかも、今回は交通費とか馬車代とか殿下持ちだそうで。あ、でも、贅沢はしないよ。出来るだけグレードの低いものを選んで御者は自分でしました! 馬車でなくてもよかったかもしれないと思ったけど、何かあった時の籠城にも使えるかなって思って。まぁ、なかったわけだけど。
そして、再度、やってきました。殿下の別邸。まさか、またココに泊まることになるとは。流石にシャルロさんたちはいないだろうな。いてくれたら嬉しいとは思ったけど、いないだろうな。なんでも、お兄様から聞いた話、シャルロさんたちは実は殿下付きのメイド様方だったのです。なんということでしょう。本当に。
「お待ちしておりました、アルセリア様」
「え、あ、シャルロさん!?」
なんと、今回もシャルロさんがついてくれたらしい。ありがたい。でも、来て早々、怒られるのは嫌ね。怒られた理由? 馬車のグレードが低いことと私自身が御者を務めたこと。帰りはシャルロさんが手配するそうで。遠慮はしたのよ、遠慮は。でも、却下されてしまったのよ。彼女たちからしたら当然かもしれないけど。
「ドレスはこちらで用意しておりますので、お選びください」
今日は王城に行かないという事で明日の準備をすることになったんだけど、どうして、ウォーキングクローゼットの中にサイズピッタリっぽいドレスがずらりと並んでるのでしょう。
「あの、これは」
「全てアルセリア様のものでございます。サイズはピッタリのはずです」
以前測ったというけれど、あれは測ったというか着付けをしてもらって、いやだからか。なんてこと、プロは恐ろしいわ。
「以前は水色のドレスでしたから、気分を変える意味でもこちらの暖色系のドレスなど如何でしょうか」
「……素材がいい。絶対高いよ、これ。粗相なんてした後が恐ろしい」
「アルセリア様」
静かに静かに名前を呼ばれ、私はただシャルロさんたちにお願いしますとしか言えなかった。いや、だって、自分で選ぶのも恐ろしい。むしろ、選んでもらった方が確かよ。化粧などもお任せして、私は動きやすい格好をしてギルドへと逃げた。
ちなみにギルドにお兄様がいたので、愚痴っておきました。
「え、ドレス、既に買ってるのかよ。こわ」
「あら、私のドレスもだけど以前のお兄様の服の方も十分恐ろしいと思うけど」
「……それも、まぁ、言えてるな」
翌日、シャルロさんたちが選んでくれたのはチューリップをがあしらわれた桃色のドレス。……あれ、チューリップしかもピンクは芽生える愛とかそういう花言葉的なのがあった気がするんだけど、それとなく聞いてみたけど知らないみたいね。私の気にしすぎね。シャルロさんじゃないけど、ココットさんたちがきゃあきゃあ言ってたけど、何かしら。シャルロさんには気にする必要はありませんとぴしゃりと言われてしまったけど。
そんなこんなで、今度は一人でやってきました王城。馬車に乗ったまま、門番さんの話を聞いているとわざわざ殿下が迎えに出てこられた。
「招待を受けてくれて嬉しいよ」
そう言って差し出されたその手を取り、馬車から下りる。今回はきちんと挨拶しなくてはね。
「こちらこそ、お招きいただき、ありがとうございます。あの時は名も名乗らず、申し訳ございませんでした」
改めて、アルセリア・スティングラーでございますとカーテシーで挨拶。反応がないので、間違えたと思って顔を上げれば、俺も名乗ってなかったからお相子だよと笑って、名前を教えてもらい、王城へと案内される。
歩きながら、シャルロさんやお兄様のことについて礼を告げれば、したくてやってるだけだからと言われてしまった。
「そういえば、アルセリア嬢は異邦人の本にも興味があったよね」
「はい!」
相手は殿下なのだ。あの時みたいにけろりと相手をしてはいけない。気を引き締めてと思ってたところにそれだ。本を持ってくるのはずるい。本は悪くない。
「じゃあ、まずは異邦人の研究書や関連の本を保存している書庫から行こうか」
「え、いくつ書庫があるのですか?」
「五つぐらいだったかな」
そんなに書庫があるの!? え、でも、それだけ分てるという事は存外小さかったりするのかしら。
考えが甘かったわ。殿下と会話しながら案内された書庫は十分広かった。小規模なパーティなら余裕で開けるくらいの広さね。テーブルやイスも何セットか設置されてるけど、研究者の人らしい人達が本を積み上げ、書き写したり、熟読している。本棚には下から上まで所狭しと本が入れられていて、天国だった。むしろ、壁が本棚みたいな感じね。
「あちら側にあるのが異邦人が残した原本だね。基本的に触ったり読むのには司書長の許可がいる。国王である父上でも、王太子の俺でも触れない。その代わり、隣の本棚がその複製。こちらは自由に手に取ってもらって大丈夫だよ」
流石、殿下ね。書庫にある本を把握されてる。凄いわ。
「はしたないですが、ちょっと手袋を変えさせていただきます」
「手袋?」
「えぇ、本もそうなのですが、文化工芸品等でも人の皮脂で劣化してしまうことがあるので、出来るだけ保存するのであれば、直接手が触れないようにするのがいいと、異邦人の本に書いてありましたの」
レースの手袋だと結局、触れてしまうのよね。なので、白い手袋を用意して正解だったわ。とはいえ、私の言葉にその書庫にいた研究者らしい人達や司書っぽい人がこちらを見た気がしたけど、気のせいよ。目を合わせてはいけないわ。
「でも、あの時は手袋を変えてなかったよね」
「えぇ、あれは私が個人的に読んでいるものですし、保存というよりも読書を優先させてましたの。ですが、王城に献上されてます本の多くは研究資料にもなるでしょう? でしたら、保存を優先とした方がよろしいかと思いまして」
そういうと納得してくれたのか俺もそれに倣おうと言って、従者に手袋を用意させていた。そして、空いていたテーブルに並んで座ると私が手に取った本を彼は覗き込む。
「アルセリア嬢が気になる本を俺も見たいからね」
断る理由も特になかったので、一緒に見るけれど、異邦人の言葉が分からないらしい殿下は首を傾げてばかりだった。それは面白かった。殿下でも知らないことがあるのだと知れたような気がして。一つずつ教えていくと、紐解けたようでスッキリしたのか微笑みを浮かべる。うん、綺麗だわ。ちらりと目の端に必死にメモを取ってる研究者の姿が入らなければ。
それから、数冊見た後は昼食をとり、別の書庫へ。今日は二つ見せてくれるという事だった。ただ、五つ目の書庫は王家の歴史などが詰まった書庫だそうで流石に閲覧の許可は下りなかったそうだ。でも、そういうところがあると知れただけ嬉しいわ。本音は見たかったっていうのもあるけど。
二つ目の書庫は地理や文化、魔物などの私たちが住む世界の研究本が詰まった部屋だった。それはそれで面白いのよね。特に魔物。
「ちょっとむさ苦しくてごめんね」
「いえ、平気ですわ。武官の方たちは魔物などを相手にするのですから地理やその魔物の特徴を頭に入れておくのはとても素晴らしいことだと思いますもの」
殿下がむさ苦しいと言った理由は屈強な男性たち。恐らく隊長クラスの方々なのでしょう、地図を広げていたり、魔物の本の前で眉を顰めたりしている。勉強熱心なのは素晴らしいことです。
「ちなみにこのあたりで出現するホーンボアの肉は重厚でとても美味しいらしいんです。鍋にしたら絶対美味いとお兄様は言ってましたわ」
明日の朝狩りに行く予定ですとは流石に言えず、そこに止めたのだけど、鍋という言葉が殿下には引っ掛かったよう。
「貴族としてははしたないものなのですが、うちではよく食べるんです」
洗い物も少なくてすみますし、と料理を説明しつつもそう加えてしまった。いや、中々調理器具を洗うのも大変だもの。少しくらい楽したいわ。そこではっと気づく。
「申し訳ありません。私、貴族というよりも冒険者の側面が強いですのでどうしても魔物となると食料や素材と見てしまってお恥ずかしい限りです」
「気にしてないよ。どのように見ているとしても魔物の生態なんかを把握してるのはスゴいことだよ。まぁ、ベルは普通に遠征に行って、ついでに素材を剥ぎ取ってるって言ってたから」
お兄様。正直、私もそれやりたいというかやってるのでなんとも言えない。依頼のついでになんて冒険者ならよくやることだもの。
ここでも数冊の本を拝読させてもらい、いい勉強になった。途中、お兄様がやって来て私に内緒話をした時はちょっと殿下の機嫌が悪くなったような気もしたけれど。
しかし、その帰り道にあの時の庭園に寄ると妻になってほしいと告白された。いや、まだ、会って二回目よとも思ったわ。出会ったときの感想なども聞かされたけど、なんとか色々と頑張ってお友達からで話を切ることはできた。だけど、これからよね。
翌日は朝からお兄様とホーンボアを、狩りに行き、お鍋に。料理長には申し訳ないけど、今日は私が料理させてもらったわ。それを二人で味わうのも悪いと思ったので私達の分とは別にメイドさんたちにも賄いとして作っておいた。ただ、やっぱり魔物ということもあって嫌がる人もいたけど、その方たちには普通の賄いも作ったわ。まぁ、ココットさんやスチュワートさんたちが美味しいと言ってたので食べればよかったと後悔されてたけど。
そして、王城にはお兄様と一緒に行ったのだけど、お兄様はさっさと私を殿下に預けていなくなった。逃げたわね。
「殿下、おはようございます」
「うん、おはよう。今日は残りの二つを回ろうか」
「はい、楽しみですわ」
昨日の今日なんだからって、普通は遠慮なりするでしょと思うでしょ。でもね、本に罪はないのよ。えぇ、自分の身の安全よりも欲望が勝ったのよね。
一つ目は本というよりも絵画などの美術品。ちょっと残念に思ったけど、貴重なものは変わりないし、堪能させていただきました。
二つ目は文芸。王都で発売されたものもあれば異国からの本まで様々なものが揃っていた。とある一角は国内外問わず恋愛小説がずらりと敷き詰められていた。何故こんなにもと不思議に思っているとそれがわかったのか殿下が母上が好きなんだと教えてくれた。王妃様、恋愛小説がお好きなのね。ちょっと身近に感じられて嬉しい。
「し、新刊が出てる!」
タイトルだけ見ていたら、最近ハマってる小説の新刊を見つけて思わず素が出る。しょうがないわよ、待ちに待った新刊が出てるのがわかったのだから。
「読むかい?」
「大丈夫です。間違いなく夢中になってしまうので帰りにでも購入して実家で読みますわ」
脳内に新刊情報をメモして、再度恋愛小説棚から他の文芸棚までタイトルを見ていると絶版したタイトルまで見つけてしまい、固まった。
「全巻全部揃ってる」
絶版したものが全部揃っているのをみると感動するものもある。実の所、この絶版したシリーズが私の原点というか本好きに至る理由になったのだけど、うちには全巻なかったのよね。それが全部あるとなると読みたい。しかも、手に取らせてもらったけど、保存状態がいい。成程、魔法を刻み込んでるみたいね。そりゃあ、ここまで綺麗な状態で残るわね。
絶版したものの多くはスティングラー家で言えば、初代当主時代になる。つまり、100年ほど前のもの。そもそも当時のものは現在のような紙質のいいものではなく動物の皮膚や木の皮を利用したものが多く、魔法で劣化を防いでいた。けれど、魔法も万能ではなく、重ね掛けをしないと効果が消えてしまう。うちにあるものは一応、初代が大事にしていたからという理由で重ねてはいたから読む分には申し分はないの。けれど、ここにあるのは新品同様。凄く厳重に管理されてたのが分かるわ。
「それ、光王が好んだものらしいよ。で、今までずっと大切に魔術師たちに保存してもらってるんだ」
「そうなのですね。この本は我が家の初代当主も好きで私も本好きになるきっかけでしたの。とはいえ、うちには三分の一しかありませんけど」
長らく気になっていた続きが目の前にあるのが悔しい。読みたい。最初からじっくりねっとり読みたい。
「読みたそうだね」
「いや、その……はい」
否定できなかった。否定してはならないと思ってしまった。
「なら、暫く王都に滞在すればいい」
別邸の方は自由にしてもらっていいし、王都にはベルもいるのだから、と言われるけど、悩む。お父様のことが心配だし、ミトロヒアルカやムカのこともある。そんなことを考えると光が目の前を横切る。それをみて、私は理解した。そういうことね。わかったわ。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません。ただ、少々考えさせていただきます」
光自体は殿下に見えていなかったようで安心した。いや、まぁ、普通の人は精霊なんてものは見えないから当然ね。我が家は不思議なことに家族全員が精霊と話せるし見えるという今では珍しすぎる状態なのよね。昔は貴族以上が皆見えたというのに。
そして、時間も空いていたので、お兄様に会いに行った。ちょうど、お兄様が弓を持ってたのでお借りして、矢を飛ばす振りをするけど殿下にはよくわからなかったみたい。まぁ、お兄様にはそれの意味がわかったのか苦笑いをしてたけど。この方法しか至急の連絡に使えないんです!
「本当に兄妹で仲がいいよね」
にっこりと笑った殿下に私とお兄様は静かに一歩下がった。いや、ちょっとだけよ、ほんのちょっとだけ怖かったの。
翌日、起きるころにはお父様からの手紙がミニチェストと一緒に机の上に置いてあった。その手紙で滞在許可は下りたのだけど、毎日手紙という名の報告書は必要あります?? まぁ、お父様からしたら心配でたまらないのだろうけども。読み終わったら、一度帰宅しなくてはね。