私はネギをしょったカモでした
資金作りから帰った私の目の前にはお母様がいざという時に着ていたらしい水色の可愛らしいベルラインドレス。きっとお祖父様がお母様のために無理をして作ったのでしょうね、装飾もそうだけど、シルクの布もたっぷりと使用されている。いや、ドレスだけじゃないわね、その傍にはお出かけセットまでサロンに準備されていた。
「何、これ」
思わず零した言葉。誰だって零すわ、こんな準備がされていたのなら。まるで、追い出されるかのような……。
「まさか!?」
実はもう私すらも置いておくことができないから出て行けと言う暗示なのでは!?
「んなわけ、あるか!」
ゴスッと鈍い音が私の頭からした。痛い。
バッと振り向けば、王都にいるはずのお兄様――ベルトラン・スティングラーが本を持って立っていた。もしかして、その分厚い本で、私の事叩きました? 酷いわ!
しかも、どうやら私の推測は声に出ていたようでお兄様は呆れた表情。しょうがないじゃない! なんの話のないままに用意されてるんだから、誰だって勘違いするわ。
「今度、王都で夜会があってな」
「お断りします」
「無理だ。断るな。決定事項だ」
思わず断ったにも関わらずお兄様は引いてくれません。そんな私達の会話が聞こえたのかお父様もサロンに顔を覗かせる。
「お父様、お兄様が王都での夜会に出ろと」
「え、あ、うん」
「……まさか」
「残念だったな、アル、発案者は父上だ」
助けてという私に目を右往左往させるお父様。果てしなくイヤな予感。信じたくなかったけれど、どや顔でお兄様が正解を告げてくれやがりました。
ガクッと項垂れた私にお父様はアル、すまないと声をかけてくれるけど、こんなのってあんまりよ。どうせ、お兄様は私が逃げないための見張りだろうし、お父様に悲しい顔されたら行かないわけにはいけないじゃない!!
「まぁ、その、なんだ、これとは別に王都で本買ってやるから」
「うぅ、約束よ。破ったらただじゃおかないから」
本に負けてるじゃないかとか言わないで。わかってるから。自分でも弱いわねと思ったくらいよ。
でも、しょうがないじゃない! こっちには売ってない高価な本や貴重なものがあったりするんだから。誘惑には正直にいくわ! 大丈夫。ちゃんと、そこはお兄様やお父様限定だから、これ。
「相手探せよ?」
「一応、形は気を付けるわ。でも、私、話すのは苦手よ」
「そこは頑張れとしかいいようがないな」
あれ? 結局、これは出ていけということじゃない。嫌よ、ダンジョンもあるのに。まぁ、相手が見つからなければそれで終わりだし、こんな貧乏令嬢を欲しがる人なんていないでしょ。ぶっちゃけ、年齢的には行き遅れというあれだし。いや、自分で言ったけど、結構ショックね。冒険者の中には三十路辺りまで独身っていう人もいるけど、貴族社会の中ではそんなことは相手が死亡しただとか何らかの問題があったとかよくない印象を持たれる。できることなら、私だって、結婚したいわ。
ふと、私は重要な逃げ道に気づいた。
「私、ドレスの着付けや化粧、うまくできないわ」
「あぁ、それは大丈夫だ。俺の友人に使用人を貸してもらえるよう頼んだ」
既に読んでましたとばかりににやりと笑って答えたお兄様。ちょっとイラッとしたので脇腹を殴っておくことにします!
そして、更に残酷なことに私が稼いだお金は夜会のための交通費用だった。なんということでしょう。
「本当、酷いでしょ」
「なるほどな、アルはカモネギになっててドナドナされるってことか」
「『カモネギ』? 『ドナドナ』?」
時間が少しあるからということで私はミトロヒアルカの友人ムカの所を訪れた。暫く留守にすることを伝えるのと愚痴を言いたくてね。そしたら、よくわからない言葉を告げられた。なにその、美味しそうなのと呪文みたいなのは。
ちなみにムカは私たちスティングラー家の人間にしか見えない幽霊みたいなもの。時と場合によって男にも女にもなれるらしい。ちなみにムカのおかげでここにある本は読めるのよね。たまに異邦人研究をまとめた本を一緒に読んで語り合ったりもすることがある。まぁ、ムカはゲラゲラ笑ってるんだけど。
「んー、簡単に言えば、あれだ、餌が自分を旨くするものを一緒に持ってくるってこと。ドナドナは連行されていくこと的な感じだな」
何となくイメージは掴めたけどもう少し詳しくと言えば、由来から答えてくれた。ドナドナ、まさに私だわ。
「ま、気を付けてな」
溜息を吐いた私にムカはそう言ってポンポンと頭を叩いた。うん、ムカとまた話すためにも頑張らないとこう。そうしよう。
そして、いってらっしゃいと見送られ、私はお兄様と一緒に王都へと旅立った。
「おい、馬車を借りたのに何でお前は御者台にいるんだ」
「いや、その、お母様のドレスを汚しそうだし、中は落ち着かないもの」
中は格安のということもあって質素な作りで、中々の座り心地だったのだけど、深窓の令嬢じゃない私にはその空間が我慢できなかった。本を読んでればいいじゃない? 確かにその通り。でも、私と一緒にドレスや装飾一式も同じ空間にあるわけで、何かの手違いで汚したり壊したりした暁にはショックで立ち直れなくやってしまいそうなのよね。
だから、荷台には鍵をかけてしれっとお兄様の隣に腰を下ろした次第です。
「お前らしいっちゃらしいけどな」
そう苦笑いをしつつ呟いてたけど、中に入っとけと言わない辺りお兄様はわかっておられるし、優しさでもあるかもしれないわね。
とはいえ、御者台では本を読む環境じゃないので、お兄様とお喋り。
お兄様がいない間のこと、ムカと考えた悪戯計画何てものを私が話し、お兄様は王都での仕事や環境を語ってくれた。そこで、驚いたのだけど、なんとですよ、お兄様、王様から目をかけてもらっているそうで、勅命を受けることも度々だそう。まさかのお兄様の事実に驚きが隠せない。
「ま、家に入れる分とあれに大体、消えるがな」
「まだ集めているのね」
「当然だろ。俺の生き甲斐だぞ」
あれというのは武具のこと。私が本を集めるのが好きなら、お兄様は武具。お母様は押し花だったらしいわ。一番お金がかかるのがお兄様よね。まぁ、本も貴重なものは相応の金額になるのだけど。
「それにしても、どうして目をかけてくださってるのかしら」
「あぁ、そこは王子のレオ、レオカディオと友人だからだろうな」
なんということでしょう。お兄様ったらいつの間にこの国の王子様とご友人になられたのでしょう。詳しく出会いから聞いたら、お兄様も王子様のことを存在は知っていたものの名前や姿を知らなかったらしく、学校に入学した際、一人でいたから声を普通にかけてしまったらしい。そこから、普通に接してほしいと言われ、今の今まで付き合いがあるとのこと。
「お兄様が無事でよかったわ」
「あぁ、そうだな。俺も今考えれば不敬罪で捕らえられててもおかしくないと思った」
そんなお兄様の交友を聞きながら、野宿したりと長い道のりを楽しんだ。
まぁ、その頃の私は全てを軽く考えてましたとも。えぇ、考えてましたとも。