結局、そういう作戦になるんだろうけど、これはアリなのか
初手、フェロエルクの突撃。根でできた窪みにそれぞれ避けて、それを躱した。
「アル、もう一頭いる」
「マジで!? もう、ホント、最悪だわ!」
思わず叫んでしまう。私自身ももう一対赤く光る目をこの目で確認してしまったんだもの。二頭を入れていたのか、それとも別々の箱にそれぞれ入れてたのかはわからないけど、どちらにしても最悪なことは変わらない。
「アル、確実に、一頭ずつだ」
「えぇ、勿論よ」
確実に仕留めてしまうのなら戦力の分断なんて、出来ないわ。そもそもとして、狂化したフェロエルクの数値がわからないんだもの、出来るわけがない。一頭引き付けるだけだとしても、残った一頭をどのくらいの時間で倒しきれるか、読めない。一頭にメルが突撃し、引き付ける。けれど、もう一頭はメルに目もくれずこちらをじっと見つめている。いや、足を掻いてるから突撃してくる可能性が高いわね。ライ君に気づかれないようにウィルに森の中の索敵を頼む。
「影走」
ヒルはするすると影を使い、木の上に上がる。闇使いかとライ君が漏らすけど、ヒルは本人曰く後天性らしいのよね。
「ライ君は出来るだけ影の方で隠れてて。もしくは影に潜るなりしてもらえると有難いかも」
「え、なにそれ。そんな技知らないよ。てか、アルも隠れた方がいいって」
「あのね、ライ君、そこんじょそこらの令嬢と一国の王子様の命の重みは違うんだよ」
全く何を言ってるのかしらと正せば、ひどく納得のいかない顔をされる。なぜよ。私、間違ったこといってないはずよ。
ブツブツと兄上に殺されるなどという物騒な言葉が聞こえるけれど、そんなの無視ね。
「ヒル」
「あいよ」
「はい、ライ君沈んで」
「んな、ごぶっ、溺れる」
「溺れない溺れない。ほら、闇を自分の体に纏わせてみ」
ヒルの作った影にライ君を落とす。どうやら、ライ君はそういう影の使い方を知らないようであぷあぷいっているけど、木の上からヒルがライ君に沈み方のレクチャーをしている。うん、あっちはヒルに任せておけばいいわね。
「氷盾」
予想通り突撃してきたフェロエルクに私は瞬時に氷でできた盾を作成する。勿論、氷だから、防御力は低い。あっという間に砕け散る。けれど、勢いは殺され、、突撃の威力は落ちる。私はそれをさらに躱し、近くの木へとぶつける。大したダメージにはならないけど、薙ぎ倒されるよりは反動があるはず。とりあえず、あいつは反撃までに時間があるわね。そのうちにもう一体を――。
「アル姉!」
ライ君の叫ぶ声に私はもう一頭に目を向けた時には遅かった。私目がけてフェロエルクが突撃してきていた。
「精霊よ」
近くにいる精霊たちに小さな声で呼びかけ、魔力を練る。溜める時間はない。最短でするなら、これが一番なの。でも、これは私だけが使えるものであんまり使わないようにって言われてるのだけど……。今はそんなことを言ってられない。
「氷壁。んでもって、氷籠手」
氷盾よりも頑丈になる氷壁を作成するけれど、時間が足りなさすぎる。突撃が来る中での作成だから仕方ないのだけど、いつもよりも断然脆くなってしまう。だから、私は氷籠手を自分の腕に纏わせる。
「アル姉!!」
悲痛なライ君の声が聞こえる。
「あぐっ!」
氷壁を勢いのまま崩したフェロエルクは臆することなくそのまま私に突撃。吹き飛ばされる。腕でガードしたとはいえ、骨が軋んだのを感じた。ただ、救いなのはフェロエルクのツノは貫通しなかったことね。鹿薬だったら、ツノが枝分かれして細くなっているから、下手をしたら腕を貫通して体まで突き刺さる可能性があるもの。とはいえ、フェロエルクのツノでも打撃の方が強いけれど刺さることは刺さる。
飛ばされ、元いた場所を確認すると同時にガードした腕の怪我具合をチェックする。案の定というかフェロエルクの強さというか、私の皮籠手、貫いてるわ。防御を付与してた気がするんだけど。まぁ、骨が折れてないだけマシね。
「アル姉、血が」
「あら、このくらい平気よ。骨折れてないもの」
「いや、そういうことじゃないよ」
いつの間にかヒルの傍まで影で上って、その中に隠れているライ君は悲痛な面持ちで私の怪我を見ている。その隣でこれだから王家の天才肌は嫌いなんだなとかってぶつぶつヒルが呟いている。まぁ、自分がやっとこさあ使えるようになった影走とか成功させられたら文句の一つや二つ言いたくはなるかもしれないわね。とはいえ、目下のことは忘れないで欲しいわ。
「ヒル」
「あいよ。わーってるって」
名前を呼べば、私が要求していることがなんなのか理解したヒル。ヒュッと木々の影が動き、フェロエルクに絡み付く。
ぐわぅんと困惑するフェロエルク。けれど、離さないでよと目で言えば、ヒルもわかっているから当たり前だと返してきた。
「メル」
「ああ」
私は余裕のできた時間で精霊たちに可能な限り水を集めてもらい、一気に氷壁を展開させる。厚みのある壁でフェロエルクをそれぞれ分断し、逃げられないように囲う。飛び上がって抜けられても困るので高さもある程度作った。
「……ヒル、一つ確認してもいいかな」
「ん? なん?」
「アル姉ってもしかして、だいぶ規格外じゃない?」
「あぁ、それかー。それなら、あの家全部が規格外だなー」
はっはっは、何をいまさらとヒルは笑う。あのね、ヒル、それにライ君、私は規格外なんかじゃないからね。ちょーっと隠し事が多い程度の貧乏令嬢だから。最近、いい暮らしをし過ぎて忘れがちだけど、かつかつの貧乏令嬢だから。
「土突」
意識をそちらに向けてしまっている間にもメルが土魔法を放つ。顔と技名が合わないからすごく変えてほしいんだけど。
隆起する土塊がヒルが束縛するフェロエルクを攻撃する。苦しげに声をあげるフェロエルク。もう一頭のフェロエルクにもそれが届いているのだろう狂化していてもそれがわかるのか、氷壁に体を打ち付けている。
「アル」
「えぇ、こっちもできるだけ体力を削っておくわ」
こちらは任せとけとばかりに私の名前を呼ぶメル。確認のために私の次にとるべき行動を告げれば、当たっていたようでメルはこくりと頷いた。
でもね、思うのよ。なんで、ランク低い私がフェロエルクとタイマンでランク高い二人が組むのだろうって。まぁ、ライ君がいるから、しょうがないと言えばしょうがない。けど、モヤる。
「ぐぉああああう!」
もう、なんつー、鳴き声なのよ。モヤモヤはフェロエルクの鳴き声で掻き消される。おかげで、集中できるようになったわけだけど、さて、どうしようかしら。
私側のフェロエルクはメルとヒルが対応しているフェロエルクが気になるようで、体当たりから変更して角で氷の壁を削っている。狂化された状態でも仲間を気にするものなのね。
ただ、何故、狂化されている状態にも関わらず、同種――仲間を気にするのか。同じ箱に入れられていた上でそういう意識が形成されたのか。はたまた、親子関係だとか密な関係なのか。気になる点が多すぎるわ。
「さて、お仲間さんばかり気にしてないで、ちょっとはこちらを気にしなさいよ、っと」
考察は後でもできるかと頭の中の考えを隅に追いやって壁の上に登る。登っても私を一瞥すらしないフェロエルク。眼中にないですって感じは腹立つわね。
「征け、氷隼」
氷で作られた隼がフェロエルクに向かって勢いよく下降する。
「ぐぁうっ」
初弾、次弾は直撃したけど、後は避けたり自慢の角で叩き落とされた。そして、放ったのが私だとわかったのだろう、紅い目がお前かとばかりに私に向いた。
――え、怖っ。
ここまで読んでいただきありがとうございます!




