きっと始まりはここからだった
スティングラー家。見目は家族揃っていいことから元々は王家の人間だったなどという話もあるけど、所詮は貧乏貴族。
簡単に言えばパーティやら、お茶会やらなんて、無縁の無縁。王子様に会うことのない生活。夢を見てしまうのも当然のことだった。まぁ、出会いすらも皆無だわ。
そんな貧乏な家だけど、領地には希望がある。
それはダンジョン! ミトロヒアルカと呼ばれるそこは魔物が出て危険なのだけど、魔物を狩ってそれをギルドへと持っていけば、お金になるの! 私の大好きな本が買えるのよ!
そして、本を買うだけじゃなくて、私がよくいくエリアの横道奥には神話で語られる異邦人が残したっぽい本もたくさんあるの。普通の冒険者たちにとっては意味がわからない、読めないものという事でスルーエリア。ある意味、私だけの天国。とはいっても、家には持ち帰れないのよね。不思議な力でそこでしか形を保てないみたいで、一歩エリアを出れば、元の場所に本が戻ってしまうの。辛いわ。でも、ある意味、維持できるってことだから、最高よね。
それにここには友人もいる。私たちスティングラー家の血筋の者にしか見えない人だけど。入り婿であるお父様は見えないけど、お兄様は見える。いろんな話を知ってるから凄く楽しいのよね。小さい頃は兄妹揃ってよく話を聞いたもの。
ちなみに領地もあるというのでわかると思うけど、屋敷はあるのよ。一応、だけど子爵だもの。とはいっても、普通ならいる使用人はいないけど。おかげで、色々と荒れ放題にって思うでしょ。そこは領民の方々が優しくてね。掃除やら庭の手入れやら手が空いた時に助けてくれるの。感謝しかないわ。あとおまけで言ったら、今のご時世あまり見られなくなった精霊たちが姿形をとって屋敷の中をウロウロしたり遊んでたりするくらいかしら。
「アル、その、なんだ、とっても、言いにくいんだが……」
いつものように自室で本を読んでいたら、お父様――クレメンテ・スティングラー子爵が申し訳なさそうに顔を覗かせた。お父様、長身で美形なのに猫背になってその表情は勿体ないわ。とはいえ、お父様が申し訳なさそうにしている理由も大体想像がつく。
「どのくらいいるの?」
「本当にすまない。このぐらい必要なんだが……ダメそうか?」
提示された金額にくらりとくる。一体、これだけのお金があったらどれだけの本が買えることやら。けれど、親子揃って同じ銀髪の間から見える不安そうに揺れる紺碧の目。ダメと言えるわけがないじゃない!
「なんとか頑張ってみるわ」
「僕も行けたらいいんだが」
「お父様はダメよ。何かあった時にすぐに動ける状態でいなきゃダメなんだから」
お父様、もう少し、堂々とした方がいいわ。優しいのは嬉しいけど、そこに付け込まれたら終わりじゃない。特におじ様とか、おじ様とかに。今は亡きお母様との結婚で揉めに揉めて縁を切った親戚らしいあの人。縁を切られてるはずなのに暇なのかわざわざ隣国から足を運んでくるのよね。てか、おじ様とお父様、お兄様がいる中に私が行くと、私から見れば巨人の国に迷い込んだかと思うほど。周りからは幼児を誘拐しようとしている集団に間違われるとか。失礼ね。いくら私が顔と体系はお母様似で小さいからって、そんなことなんて……あるわけが……。
胸なんて見てないわ。小さい頃から大して大きくなってない胸なんて見てない! きっと大丈夫よ。成長期がちょっと遅れてるだけなのよ。
そんなことよりも、お父様の頼みごとを遂行しなくてはね。あれだけの金額だとしたら、ベアントビーの蜜を狙った方がいいかしら。ベアントビーというのは熊ほどの大きさの蜂みたいな蟻。いや、蟻みたいな蜂かしら。どちらにしろ、大きい昆虫。腹部に蜜を溜めるタイプと蜂のように腹部の先にある針で攻撃してくるタイプ、あとは女王の3種類がいる。女王はどちらかというと蜜を溜めるタイプに近い。とはいえ、普通のベアントビーに比べて高価で取引されてる。普通のですら、蜂蜜とは違って濃厚で美味しいっていうのに女王のは美容にも効果があるとか。残念ながら、私は女王を狩れたとしても納品を第一にしているから味見をしたことがない。ちょっとだけならいいよねと思ったことも少なからずあるけれど。
「では、お父様、暫くの間ダンジョンに籠るわ」
「しょうがないこととはいえ、君を一人で行かせるのは」
「大丈夫よ。ダメそうなら、顔なじみの冒険者に声もかけるから」
「そうか。でも、無理はしないこと、いいな」
「えぇ、わかってるわ」
籠ると言っても巣穴を見つけるだけ。見つけたあとは魔法で、楽するもの。
まずはギルドに行って、ダンジョンへの入出許可証をもらって、ベアントビーの出現状況も確認しておかなくてはね。闇雲に動いたって成果は得られないもの。
娘のアルセリアが出ていった扉。クレメンテが暫くそこを見つめているとギィと外側からクレメンテに良く似た青年が入ってきた。王都で武官をしている息子だ。
「おかえり、ベル、すまない」
「いいって。で、父上の方はなんとかなりそうか?」
「あぁ、資金についてはアルに作りに行ってもらった」
費用の捻出や自分がなんとかできたらよかったんだけどとぼやくクレメンテに息子であるベルトランはしょうがないだろと父を慰める。
「それでもなんとか、間に合いそうだな」
「そうだな、折角だからいいお婿さんを見つけられるといいんだが」
「容姿は母上似で愛らしいから声はかかるだろうな」
とはいえ、それで家のことを気にしないやつが釣れるかどうかは難しいかもしれないがというベルトランの言葉にそこだよなとクレメンテは大きな溜息を落とした。貧乏貴族というだけで通常の貴族たちは忌避する。しょうがないと言えばしょうがないが、できればそれを気にしないほど愛を注いでくれる人に出会えることを二人は祈る。