いつの間にか旗をしっかりと立ててしまっていたようです
依頼を受けて数日。私たちは順調に依頼をこなしていた。むしろ、S級が二人もいるから順調もへったくれもなかったりもするのだけど。
「ボク、そのうち、兄上に殺されるんじゃないかと不安だよ」
「なんで、そんなことになるのよ」
ボーンボアを解体するヒルとメルの傍ら私とライ君はおやつタイム。いや、手伝えよって思うわよね、私も思う。けど、いざ手伝おうとすると大人しくしてろって言われちゃうのよ。なので、大人しく二人でおやつタイムなんだけどライ君、突然、不穏なことを言い出したんだけど。
「いや、だって、ほらここ連日、アル姉のお弁当食べてるし。一応、ボク、お嫁さんいるから大丈夫ってわかってると思うよ、思うんだけどって、とこ」
「もう、私のお弁当食べてるからってそんなわけないじゃない。それなら、お兄様なんてとっくにアウトよ?」
「いや、うーん、そうなんだけど、そうじゃないんだよ」
アル姉ってば、そういうところ鈍いんだよなぁとボソボソ言ってるけど、そんなことないわ。危ない感じはちゃんとわかるし、なにより殿下はライ君のこと大事にしてるって思うもの。
「それにしても、鹿薬、いないわね」
「確かにそうだね。この近辺で被害があったっていうのは間違いないはずなんだけどなぁ」
ライ君は事前に聞き込みした際のメモを確認する。私も覚えてる限り、その通りなのよね。でも、暴食熊とボーンボアぐらいしか見てない。むしろ、やたら多いわねと怒りたくなるくらいこの数日で現れてたし。
「アル、恐らく、鹿薬じゃない可能性が高い」
「おっと、じゃあ、外れ依頼だった感じかしら」
「いや、こりゃ、大当たりだねー。低級者からしたら大外れも大外れ。とっとと逃げて帰れってやつ」
なんてこった。そんな大きなあたりを引いてしまったの??
メルとヒルの話だとどうにも暴食熊とボーンボアは毛のせいで見た目ほどはわからないけどだいぶ痩せていて追い出されたようだったらしい。で、追い出されたとするなら、近くにある雑木林といってもいいほどの小さな森。そこの可能性が高いわけで。
「突然変異と人為的変異、どっちだと思う?」
「どっちも嫌だなぁ。あ、もしくはどちらでもなくて、作為的に用意されたというのは考えられない?」
「どこからか連れてこられた、ってことね。そんなことーー」
できるわ。私が知っている方法を使えば、恐らくは周りに気づかれることなく連れてくることができる。突然変異ならば、どこかしらに原因があるだろうし、同じく人為的なものでもどこかにそういう証拠は残る。けれど、連れてきたのだとしたら? 連れてきた方法によっては証拠を見つけることができない。
「アル姉? もしかして、心当たりがあるとか」
「私が知ってるだけだと四つあるわ」
「結構あるもんだね」
「ただ、状況によってはかなり絞り込める」
鹿薬に間違われたということは鹿系の魔獣が予想される。人語を使用しての意思表示の出来不出来を考えると一つ可能性は減る。ライ君に説明しつつ、私は自分が知っているその四つの方法を語った。
一つ目、『魂結』。東方で言う読んで字の如く、魂を結びつける呪法。術師と受け手で交わされる契約のようなもので人語を介するものであれば、魔獣であれ、人であれ結ぶことができる。その最大のメリットは術師ないし受け手が死ぬまで生きられることだと思う。他にも術師によってはそのメリットは様々とされているのよね。でも、今回の件で魂結が使われた場合、術師にメリットがない。だって、受け手が死ねば、魂が繋がっている術師も死に繋がる。つまり、討伐対象になるような魔獣をわざわざこんな王都の近くに置いておく意味がわからない。ただ――いえ、これは恐らくないわね。ま、それはともかくとしても動物系で契約まで出来ているかなんてかなり確率は低い。それだったら、他のものの方がやりやすいし、わかりやすい。それに仮にこれを利用したものだったとしても連れて歩くには人の目があるわけだし、目撃情報があってもいいくらいだもの。
そんなわけで次、二つ目、『従僕の鎖』。鎖と言っているけど、実物は首輪なのよね。主な使用用途は奴隷だとか魔物の使役だとか。奴隷に関しては他国ね。この国では奴隷は禁止されているから魔物の使役が主なはず、あってるわよね。
「あってるよ。まぁ、それでも、儲けになるとかなんとかで奴隷所持などで年に数人ぐらいは検挙されてるけど」
ライ君の言葉に安心しつつ、私は話を続ける。従僕の鎖も正直なところ、魂結と同様に確率は低いと思う。でも、魂結とは違って、言葉を交わせない魔獣系もいけると言うこと。その点で考えれば、ね。とはいえ、使役しているはずの魔獣が暴れていると言うのなら、飼い主がなんとかするべきものなのだけど。他国ではあえて放置して討伐された後に怒って慰謝料を請求すると言った悪どいことをしている集団がいるのだとか、なんとか。その可能性は正直、否定できません。可否は本当にわからないのよね。予防策としては周りを索敵したりして痕跡を確認する感じかしら。まぁ、先述のと同じく連れ歩いていると目撃される可能性はあると思うから、この可能性は外しても私はいい気がする。
で、三つ目、『精霊の揺篭』。捕縛輸送用の魔導具。一番、可能性が高いとしたらこれかしら。市場に出回っているものもあるけど、あれは殆どがこれの模倣品。本来は貴重な遺物なのだけど、綺麗な状態で発見されたり、壊れていても精霊の力を借りて修復出来たりと現存している数は多いし、現役なものも多い。生き物を捕縛し、そのまま空間に包容する。任意の場所で入れている生き物を解放もできるし、精霊の揺篭自体、小型だから、持ち運びも楽らしいのよね。とはいえ、一般的にはあまり知られていない。
「それってさ、組み合わせて使うことって出来るんじゃない?」
「そうね、可能性はあるわね」
精霊の揺篭に従僕の鎖を使用したものを入れる。ただ、魔導具同士が干渉し合う可能性もまたあるのよね。昔の文献では従僕の鎖をしたものと何らかの魔導具が干渉してしまって、縛られたものが死亡してしまったケースもあるらしい。とはいえ、候補には入れておくに超したことはないわね。
そして、最後に『厄災の箱』。これだったら、最悪。そもそも、どこでこれを手に入れたのと聞きたいぐらい。記憶の水鏡と同等。いえ、それよりも稀少な遺物。ただ単に稀少なだけならまだいい。これが使用されていた場合が最悪なのだ。何が最悪かって? それはこれに囚われたものは問答無用で狂化がかかってしまうこと。私自身が見たわけではないけれど、様々な文献で最も最悪な魔導具と称されているほど。狂化がかかったものは自分の意思関係なく乱暴、いえ、暴力的になる。
「アル、狂化がかかっていると判断できるものはあるか?」
「んー、文献によれば、確か狂化状態を示すものは赤く光る目とあったわ」
赤くなった目ではなくて赤く光る目。薄暗以上ならはっきりとわかるほどらしいのよね。一説によれば、狂化というのは脳に異常を発生させるため、頭に魔力が集まり、それが漏れだした結果目が光るという状態になるのではとされてる。魔獣が興奮して目が赤くなるのもそれに近いものだとされてたりする。まぁ、事実は未だ解明されてないのだけど。
「それじゃあ、おじょーにこれをあげよう」
そう言ってヒルに渡されたのは遠視鏡。ムカ曰く双眼鏡らしいのだけど。私はどういうことかわからなかったけど、ヒルに渡されるがまま、遠視鏡を覗き込んだ。
「……ねぇ、私、言わなかったっけ」
「あぁ、言ったな。もしそれだとしたら最悪だと」
目を向けた森の中。薄暗いその森の中に赤く光る点が二つ。私の確認の言葉にメルが答えてくれた。えぇ、そうよ、最悪よ! どういうこと!? あの光る赤い点が目だとしたら、高確率で狂化しているということ。ほんのり見えた影から、確かに鹿薬に見えなくもない。けど、あのツノの影の形はどちらかと言うとフェロエルクね。ほとんど枝分かれしてない、天を掬うようなツノの形はそうと判断せざるを得ない。ただでさえ、巨躯で凶暴な魔獣なのにそれが狂化されているとか、悪夢以外の何物でもないわね。
「一度、退いてしっかり準備してから対峙した方がいいわね」
「いやいや、アル姉、討伐するつもり?」
「私だって、正直な気持ちはこの依頼リタイヤしたいわ。でも、私たちがやらなかったところで、別の冒険者がやる羽目になるし、情報を与えたところで信じてもらえるかどうかもわからない。その間にも被害が出る可能性だってある」
第一にこっちにはメルとヒルっていうS級の冒険者がいるわけだし。まぁ、それでも楽観視はしないわ。だって、何が起こるかわからないのがこの冒険者稼業だから。
「……てっきりおじょーのことだから、このまま行くとか言うかなって思ってたんだけど」
「あのね、行けるものだったら行ってさっさと済ませてしまいたいわ。でも、厄災の箱が使用されている可能性がある以上、準備もなく対峙するのは無謀でしょ。そのくらい私にだってわかるわ。だから、準備したいの。教えてくれるでしょ?」
「当然だな。最優先事項はアルの無事だ。それが確保できるのであれば、出来る限るのことはやる」
そんなメルの言葉にぷぅっとライ君が頬を膨らませる。それを片手でプシュッと潰したメルはそういう仕事なのだと説明する。まぁ、メルは冒険者っていうよりもお父様の部下って感じだものね。納得できないというも帰ったらメルの時間貰うからねと宣言し、了承を貰えば、ライ君はそれならばよしと笑みを浮かべた。笑うと殿下とよく似てるわ。
「さて、それじゃあ、いったん戻りましょう」
私たちはその場を後にし、一先ずではあるがギルドに鹿薬ではなく、フェロエルクの可能性が高いことを伝え、私たちが責任をもって討伐する旨も合わせて伝えた。勿論、必要のない限りあの森に近づかないように周囲の住民には注意を促すようにも伝えてある。
そして、翌日、私たちは狂化され、フーッフーッと鼻息荒くする魔獣、フェロエルクと対峙することとなった。
「待って、予想以上にでかいんだけど!?」
「残念、待ってはくれそうにないなー」
「笑いどころじゃないし!!」
お待たせしました!次回ももう少しこの四人パーティ&少し戦闘系のお話になります。
次、十一月にできたらいいなと思いつつ、今月より連載開始した新作のストック作成もあるので、最低でも十二月中には一話ぐらいは上げる予定ではあります。また、今回みたいに月末になる気もしなくもないですがw
さて、そんなことはともかくとして、ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
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