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本で釣れました~冒険者令嬢は恋愛よりも本をとる  作者: 東川 善通
冒険者令嬢はリリースを希望します
16/20

殿下とお出かけの時間になりました。デートではない、わよ?(中)


 目的地への道中。馬たちに休憩が必要だろうということとお昼を過ぎてしまっているという事で食事休憩をとることになった。原っぱ街道だということもあって、木々が数本点在するくらいで、見渡しのいい光景。魔獣が近くにいないかお兄様と二人で索敵し、一本の木の下にお兄様の用意していた魔法鞄(マジックバック)から敷物を取り出して、その上に腰を下ろした。


「ベル、少し帰るのが遅くなりそうなんだが」

「まぁ、そこはしょうがないだろ。元々、予定していた時間も時間だし、今更過ぎないか」

「いや、まぁ、その、シャルロ達には遅くなるのは伝えてる」

「安心しろ。アルに手を出しそうな時は止めてやるよ」


 お兄様と殿下の二人で何かこそこそと話していたのだけど、私はバスケットの中身を取り出して確認するのが忙しくて、気にしてはいなかった。むしろ、気にしてたのはお弁当の中身。

 揺れに揺れたこともあって、形が崩れてないか心配だった。いや、だって、お兄様はともかく殿下にぐちゃぐちゃなものを食べさせるわけにはいかないじゃない。


「よかった、それほど崩れてないわ」

「お、サンドウィッチか、旨そうだな」


 殿下とのお話が終わったらしく、私の後ろからひょいっとバスケットの中を覗き込むお兄様。えぇ、お兄様の言う通りサンドウィッチ。ただし、これだけではないのよ。


「もう、まだ並べてないじゃない。つまみ食いはダメよ」

「いや、一個ぐらいいいだろ」

「ダメなものはダメよ」


 そっとサンドウィッチに伸びた手をバシッと叩き、注意する。もう、つまみ食いとかそういうところウィルと一緒ね。そんなことを思ってウィルを見れば、不服そうな顔でサラは言われてやんのと爆笑してた。


「あのさ、俺がいること、忘れてないかな?」

「忘れてねぇって、なぁ?」

「えぇ、忘れてませんわ。ところで、殿下は手づかみ大丈夫ですか? 無理であれば、カトラリーも持ってきてるのでこちらを使用してください」


 危ない危ない家族だけのノリで話してたわ。全く、お兄様がちょっかいかけてきたのがいけないのよ。

 それはともかくとして、私は手づかみという言葉に首を傾げる殿下に形を整えたサンドウィッチを見せ、説明し、一般的な食べ方を伝える。貴族たちがよく目にするサンドウィッチというのは大体甘めのものでティーフーズについてくる小柄で食べやすいように小さな串が突き刺さっているものが多い。そして、市井のサンドウィッチは大きめで手づかみで食べるものが多く、おやつ感覚のものからガッツリ食べられる肉食系まで様々なものがある。種類の豊富さをみれば市井。芸術性をみれば貴族といったところかしらね。で、今回、お弁当として採用したのは民衆版のガッツリ系。男の方だし、食べるかなって。勿論、バランスも考えて、サラダサンドも作ってるわ。


「お兄様」

「……作れと」

「勿論」


  ホットサンドメーカーをお兄様に手渡せば、すぐに意味を理解してくれて助かるわ。はぁと大きな溜息を吐きつつも、焚き火を準備して、作る姿勢をとってくれるお兄様はなんと優しいことか。殿下は何をするんだい? と興味津々。


「ホットサンドを作るんだってよ」

「ホットサンド?」


 用意していたホットサンド用のサンドウィッチをお兄様に渡せば、手慣れた感じでホットサンドメーカーに挟み、焚き火で炙る。その間にお兄様はどういうものを作っているのかを殿下に教えていた。私は出来上がりを想像しながら飲み物や取り皿を用意する。




「それでは、神々精霊様々に感謝していただきます」

「いただきます」

「いた、だきます」


 あ、そういえば、普通の方はこんなことしないんだった。ついお兄様がいる癖でやってしまったのだけど、殿下は私やお兄様の真似をしていた。


「スティングラー家は面白いね」

「そうか? うちの地元じゃこれが普通だったからなぁ」


 分厚い卵焼きを挟んだタマゴサンドを大きな口を開けてぱくりと食べるお兄様を見て、殿下もそれを真似する。なんていうのかしら、まるで異文化交流を見ているかのよう。私はというととっておきのカツサンドを頬張る。お兄様からは全くお前はという視線が飛んできていたけど、いいじゃない。美味しいものは思いっきり食べたいもの。サクッとした衣にじゅわっと口の中に溢れる肉汁。これがたまらないんだから。


「いい食べっぷりだね。俺もそれ、もらおうかな」


 淑女らしくないって引いてくれてもいいのに殿下はタマゴサンドの次にカツサンドへと手を伸ばした。お兄様はお兄様でサラダサンドを食べていた。そして、私はカツサンドを完食するとお兄様の作ってくれたホットサンドに手をかける。お兄様、火加減ばっちりで、最高なのよね。私ではこうも上手くは作れないのが悔しい。


「……はふっ、はふっ」


 焼きたてという事もあって、外側はサクッとしていて中のチーズはトロリ。熱いけど、チーズの伸びるこの感覚もたまらない。そして、私が大好きなのはカリカリのみみの部分。ちょっと焦げてるぐらいが尚良しでたまらないのよね。

 まぁ、そんな私をお兄様は呆れた顔で見ていたけれど、美味しそうに食べているのを見て諦めたように笑みを浮かべていた。しょうがないじゃない。私はどちらかというと色気よりも食気なんだもの。……ダメね、自分で言うと少し悲しいわ。

 そんな私たち兄妹を尻目に殿下は舌鼓を打ちながらサンドウィッチを口に入れていく。


「これ、美味しいね。今度、料理長あたりに提案してみようかな」


 いけなくはないけど、見映え的なことを考えると美味しいみみの部分とか切り落とされそうね。いや、待って、みみなしでも一口サイズに小さくしたホットサンドとかはいいかも。同じように一口サイズにした角煮とか食事系のものを入れたら、ルーレット的な遊びも出来るわね。よし、屋敷に戻ったら、テディー料理長やケイさんに協力してもらいましょ。


「……アル、また何か思いついたのか」

「ええ、まぁ、ちょっとね。お兄様にはそのうち試作を渡すからよろしく」


 こそっと声をかけてきたお兄様にそう答えれば、美味いのを頼むと言われた。全く、試作なんだから美味しいとは限らないじゃない。

 激辛のを混ぜこんでやろうかしらなんて考えているとぞわっと毛が逆立つような感覚。お兄様も同じだったようでバッと感覚のまま顔をあげればジト目の殿下。まさか、殿下? いや、違う。殿下の奥からこちらに向かってくる黒い影。小物が数体と大物が一体。奴らの仕業ね。そう判断したのはお兄様も同じだったよう。

 そこからの動きは早かった。


「穿て『水刃弾(マァサィフラサーサ)』」

「貫け『暴風鷹(プレステールイェラキ)』」


 レッグホルスターから素早く小型の水筒一本を取り出す。中に入っているのはただの水。飲むためじゃなくてこういうときのための非常水。

 水魔法を使うのには基本的に2パターンがある。1つは空気中に含まれている水分を集めて使用する方法。この方法ならどこででも魔法を使えるというメリットがあるけど、砂漠などの乾燥地帯とかの場所によっては集めるのに時間がかかってしまうデメリットがある。2つ目は私がやった水を予め用意しておくこと。これなら、集める必要がないので余計な魔力を使わずにそのまま攻撃や防御を行える。ただ、有限だし、持ち運べる量にも限度がある。だから、それらを使用している間に空気中の水を集めるという工夫が必要ね。

 今回持ってきた水は宙にばら蒔き、ナイフをイメージ。形体化したナイフを殴って飛ばす。その際にバレない程度の光魔法で着地地点までの軌道は確保しておく。そして、威力をあげるために刃には氷魔法を少し纏わせて補強してある。さらに飛ばすために柄尻にも氷を纏わせたんだけど、本当ならグローブをした上で殴り飛ばすものなのよね。ちょっと痛かったわ。空気中のを集めた場合は飛ばすイメージをすればいいの。ただ、それにしたって正直にいうと水弾にすれば、楽。だけど、それだと飛距離と威力が足りないのよねぇ。

 お兄様の場合は私と違って風を使うものだから、渦巻く風で鷹を作り、それを一番大きな影へと飛ばした。飛ばすことが出来るのはいいわよね。にしても、なぜ、威力の高い鷲でしなかったのかしら。……素材か。素材なのね。そういえば、お兄様魔法鞄(マジックバック)持ってきてたわ。敷物だけにしては容量大き目だと思ったのだけど、だからなのね。

 私とお兄様の魔法を受けた影はその場で唸り声を上げて倒れた。ほっとしたところでお兄様に気づけとばかりに名前を呼ばれる。首を傾げれば、溜息。お兄様、本当に幸せが逃げるわよ?


「アル、その……不可抗力、だからね」


 先程までのジト目だったのが嘘のように目をさ迷わせながら殿下がそう口ごもり言い訳のようなことを言って、理解した。


「おっと、お見苦しいものをお見せしました」


 さっとスカートの裾を正す。レッグホルスターから、取り出すということはスカートを捲り上げたってことよね。お兄様がいるからついつい実家気分になってしまってたわ。


「いや、見苦しいとかはなくて、その」

「レオにはご褒美みたいなもんだもんな」

「これが、ご褒美です?」

「ばか、上げるな。お前はもう少し節度を守れ」

「あいたっ」


 カーテシーするようにスカートを持ち上げれば、お兄様に脳天チョップをいただいた。ちょっとした冗談じゃない。むしろ、こういうのをする子だと引いてくれてもいいんだけど、ちらりとみた殿下の顔を見てそれはないと判断。だって、顔は別の方を向いてるけど、ちらりと見えた耳が赤かったもの。引いた人間はそんな反応しないわよね。


「あ、そうだ。そんなことより、素材よ素材」

「おっと、そうだった。素材だ素材」

「殿下は何かあってもいけないのでここで待っててください」

「え、いや、俺も行くよ。それに君たちの傍に居る方が安全そうだ」


 そんな殿下の言葉に私とお兄様は顔を見合わせ、それもそうだなと頷き合う。そして、三人揃って、倒したものの傍に行けば、迫ってきていた数体の小物は山賊狼(バンディットウルフ)で大物の一体は暴食熊(グラトニーベア)だった。暴食熊(グラトニーベア)はお兄様の暴風鷹(プレステールイェラキ)で胸に大きな穴をあけていた。山賊狼(バンディットウルフ)は数か所に何かが刺さった痕が残って、その周りは水で濡れていた。まぁ、アレ、水のナイフだもの。

 それにしても、お兄様と索敵した時はいなかったのに、なんで今頃になってでてきたのかしら?


「……まさか、ホットサンド」

「あー、食い物に釣られたか。これだけ開けてりゃ、問題ないと思ったんだがな」

「風向き、こっちの方だったんじゃない?」

「ま、その可能性はあるわな。それよりも解体だ解体」

「そうね、解体だわ」


 さっさと解体して、しまっておかないと血の匂いに釣られて他の魔獣が出てくる可能性がある。私はお兄様からナイフを借りて、二人で手分けをして淡々と解体してお兄様の魔法鞄(マジックバック)へと放り込んでいく。


「ベルもそうだけど、随分とアルも手慣れてるね」

「そりゃまぁ、Bランク判定ももらってますからね。このぐらいはできないと。お兄様、そちらをもってちょうだい」

「はいよっと」


 山賊狼(バンディットウルフ)の解体を済ませると二人で暴食熊(グラトニーベア)の解体をする。結構な大物だったので、二人じゃないと厳しい。声を掛け合いながら処理し終わると私は空気中の水を集めて、洗浄玉(タンズィーフアルクラ)を発動する。王都ではこれの短縮印を使って洗濯することが多いみたい。まぁ、汚れ分解とかすぐだし、手間がそれほどいらないからね。でも、私みたいに発動させてわざわざ使う物好きはいない。いつでもすぐに使えて楽なのに、もったいないわよね。ちなみに今回は少しだけ治癒魔法(ヒール)も混ぜてる。いやー、やっぱり素手で殴るもんじゃないわ。若干皮膚が破けてしまってるのよね。殿下には見えないようにしてたけど、解体時にバレてるっぽい。後ろから少々チクチクした視線がある。

 出来上がった洗浄玉(タンズィーフアルクラ)に手を突っ込めば、破れた皮膚は綺麗に治り、魔物の血で汚れた手も綺麗になった。私が使い終われば、お兄様もそれを使って手とナイフを洗う。


「アル、手を見せて」

「あら、どうされました?」


 どうぞと手を見せれば、殿下は私の手を触り、首を傾げる。古い傷はあるけど、新しい傷がないのが不思議なよう。こういうのは言われる前に直したもの勝ちよ。お兄様は私が治癒魔法(ヒール)を混ぜたことに気づいたようだけどサラ伝手にほどほどにしろよと言われる程度。まぁ、気を付けるだけは気を付けるわ。

 その後、殿下はお兄様に止められるまで私の手を触っていた。剣だこばかりでとてもじゃないけど綺麗な手とは言えないのに何が楽しかったのかしら。それにしても殿下の手はこれまでに触れ合うことがあったけれど、やっぱり男の方の手ね。大きくて私の手なんてすっぽり覆われてしまうもの。それに努力されてる方の手だからちょっとドキドキしちゃったわ。

 そんなこんなの休憩を終え、私たちは目的地へと再出発をした。




 内緒だと言われたけど、どこに行こうというのかしら?

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