こぼれ話:使用人たちのこそこそ話
「さて、いかがいたしましょうか」
そう言ったのはメイド長であるシャルロ。それにテーブルを囲う屋敷を代表する五人は顔を見合わせる。
「いかがといっても、殿下に頑張っていただくほかありますまい」
うんうんと執事長であるデイモンの言葉に四人が頷く。殿下――レオカディオ・リヴァングストン。シャルロをはじめ、屋敷に滞在している使用人の全てがレオカディオの配下。屋敷を管理するのも彼からの命令であるが、正直に言えば、またこの屋敷である少女のお世話をできるのが嬉しかったりもする。
「それではならぬのです。アルセリア様に逃げられてしまえば、もう殿下の結婚など夢のまた夢」
ようやく殿下にも春が訪れたというのにそれは酷というもの。シャルロの言葉に全員が確かにと頷く。しかし、お相手にある少女――アルセリア・スティングラーは相手されたくないという体だ。どうやって、レオカディオがアルセリアの気を引くのか、引けるのかが大事なところだが、彼らにはそこに触れることができない。
「しかし、王城にいる間は我々に出来ることなどありますまい」
「うーん、それ以前に私たちができることといってもドレスの選定、メイクですね」
「料理にしても、アルセリア様はご自分で作ってしまわれますからね。我々料理人の出番が殆どありませんよ」
昼食もあのお弁当とやらですませてしまうようでと料理長のテディーとその部下ケイも悩みどころだと零す。しかし、あの四角い箱に色とりどりの食材をバランスよく詰め込むのは素晴らしいと初めて見た当時こそ感動したものだ。
「……アルセリア様、流石スティングラー家の方ですよね」
そう零したスチュワート。彼がどういう意味で呟いたのかは分からないが、それに全員が頷くところがある。貴族一般、王都ではスティングラーは顔はいいが貧乏で教養がないというのが総評だ。しかし、スティングラーの領民たちからすると貴族らしくない貴族であり、民草と領地優先する領主一族だ。その上、見目がいいことから王族ではないかと囁かれもするが、実は見目だけでなくその魔力の高さ、教養の高さからそうではないかと言われている。
スチュワートもだが、今回アルセリアに関わることになった使用人全員領民たちの評価を知っていたが王都でのイメージ通り、スティングラー家にいいイメージを抱いていなかった。よくもまぁ上手く殿下に近づいたものだとばかり思っていた。しかし、出会ったアルセリアとベルトランはそのイメージを覆した。時折、二人で会話をしているところを聞き耳を立てるも、話しているのは他愛な話も勿論あったが、魔獣の討伐法であったり、王都で知り得た物の流れと価値、トラブルに関して、自領地に取り込めるもの、対策が必要なものと経営のこと。あれがどうで、でもこれだったらと話し合うのを聞いていると王都の評価を鵜呑みにしてしまっていた自分たちが情けないと思うほどだった。しかも、出てくるアイディアも考えつかないもの(現在厨房にある試作品の冷蔵庫など最たるものだ)であった。
そして、よくよく王都だけでもレオカディオに内緒でスティングラー家のことを調査してみると驚くことに伯爵以上の親、祖父母世代は悪い印象を持っておらず、むしろ逆にスティングラー家を取り込もうとする動きもあったようだ。
謎が謎を呼ぶスティングラー家。
「ちなみに皆さんの今のお気持ちはどうなのですか?」
話を切り替え、落ち着いた表情で尋ねるデイモンにまず言葉にしたのはテディーだった。
「俺としては殿下に嫁がれるのは賛成だな」
「テディー料理長の賛成理由は多分、僕と同じでアルセリア様から学べるところがまだまだあるからだと思いますけど」
わかってるじゃないかとケイの言葉ににやりと笑みを浮かべる。それなりに長く一緒にいますからねとはケイだ。
「はい、私も賛成です。できれば、アルセリア様が王妃様になった暁には専属のメイドになりたいなとか思いますけど」
「あなたが専属になるのはまだまだ修行不足ね」
「はうっ! いえ、まだまだこれから頑張るので大丈夫ですよ。メイド長、意地悪言わないでください」
バッと手を挙げて答えたのはメイドのココットだ。だが、シャルロのバッサリと斬る言葉にテーブルに伏せるも、すぐに奮起し、じとりとシャルロを見た。
「意地悪を言ったつもりはないのだけど、技術は当然ながら強い心を持ってないとあそこではやっていけないのよ。あなたも殿下に仕えてるのだからわかるでしょう」
勿論ですともというココットに満足そうに微笑むとシャルロもまた賛成と言葉を告げる。
「理由は言わずともよろしいでしょう」
「そうですな。私もあなたと同意見でしょうからな。スチュワート、あなたはどうです?」
「自分も殿下にはアルセリア様を推します。よく考えてみてもアルセリア様以上に相応しい方が思い当たらないので」
全員賛成の様ですねとデイモン。それもまぁ、当然と言えば当然だろうとはテディーだ。レオカディオに取り入ろうとする令嬢は多かったが体は大人でも、頭の中はお花畑だった。自分の身を美しく魅せる努力をしているのは分かる。わかるのだが、王族の周囲としては見た目よりも見る目を持っている方が好ましいのだ。その点、アルセリアはレオカディオの相手でもあることも含め、合格だった。
しかし、アルセリアは普通の令嬢なら喜ぶレオカディオからの婚姻を拒否し続ける。諸手を挙げて喜ぶはずの親も渋っているらしい。流石というより、厄介だなというのがシャルロ達の感想だ。
「少しでも殿下を意識させることができればいいのですが」
「殿下に発破でもかけますか」
「えぇ、それも必要でしょうね。あとはアルセリア様のあの行動力を抑えなければ」
「そうだな。乗馬も普通にできるらしいし」
六人は顔を突き合わせ、あーでもないこーでもないと話し合う。そこに王城で働く同志から一報が入る。
「これはチャンスかもしれませんな」
「えぇ、そうね」
デイモンとシャルロはそう言葉を交わすと、こうしちゃいられないとスチュワートとココットをそれぞれ連れて動き始めた。
「……俺は殿下の理性が保つことを祈っとくか」
「さてと、僕は今日の夕飯の食材でも買いに行ってきます」