第83話 橋を渡る
息が上がる。
酸素が足りないのか目の奥がチカチカする。足も全力で動かしているが、仲間達の背中を追うのが精一杯だ。
変なフラグ立てたせいかは定かではないが、第1回目の威力偵察は失敗した。
久々に邂逅した敵——札幌に来たばかりの時にススキノで3回ほどデスペナルティを食らった幻想蛾に、我々偵察隊もいとも簡単に瓦解させられた。
連携がうまく取れなかったとか、そんな理由ではない。
タンク役はヘイトを取れず、アタッカー役は攻撃が当たらず。幻想蛾は魔法を操り、遠距離攻撃でHPが減ったプレイヤーを執拗に攻撃する。
超高難度エリアの敵は、数人いた高難度エリア経験者からみても、それまでとは全く異質の存在だった。
アタッカー寄りにステータスを振っていたらしい佐藤女史が3匹の幻想蛾の集中攻撃に遭いあっさりと沈黙。それを見た田辺さんが即座に撤退を指示して、幻想蛾に追われながらもイーストへと走って撤退中だ。
走力の問題で、意図せずしんがりとなった俺のHPは、幻想蛾の魔法攻撃により現在進行形でガリガリと削られている。
全力疾走中なのだ。残りHPはいくつなのかも確認する余裕がない。まだ残っている……よな?
狭くなる視界の先に、国道36号線を渡るための横断歩道の信号が無情にも点滅を止め赤く染まってゆく……ここまで……か?
「さいとーさん! こっち!」
乱れた髪を頬に貼り付けたルイさんが手を引き、創成川を東へと渡っていく。
「もうちょっと。もうちょっとだから!」
応える声など出ない。息を吸って吐くだけでも心臓がどうにかなりそうだ。手足までチリチリしてきた。
「いた! 炎狐! 『消火準備』!」
ルイさんの消火起動ワードで、敵意とともに向かってくる炎狐。魔法は失敗し、ルイさんは炎狐に攻撃を受けているが気にせず走り抜けると、後ろからやってきた幻想蛾が今度は炎狐を攻撃し始めた。
「よしっ! 今のうちに逃げよっ!」
事態が飲み込めず、コクコクとうなずくしかできなかったが、何とか距離を置くことができたところで歩道に座り込み、倒れ込むように大の字に寝転がってしまう。
「ハァッハッ……ありがと……ハァハァッ……ございます」
「なんとか、逃げ切れたみたいだね」
ぶありと噴き出した汗がこめかみや喉を伝う。背中もびしょびしょでドロドロだ。空が……青い。
HPは……残り12。
「……た……助かり……ました」
「ふー、危なかった。水でも買ってくるから座って待ってて。そんなところで寝ていると自転車に轢かれるよ」
呼吸と心拍数が中々落ち着かない。やはり日頃からランニングくらいはすべきだった。目を瞑るとぐらんぐらんしていて、太陽が眩しいが目すら瞑れない。
「はい。さいとーさん。飲める? 起きて? 前にもあったねぇ、敵から逃げるの」
見上げたルイさんの、少し上気した笑顔も眩しい。
まだ、心臓がバクバクいっている。
これが吊り橋効果か……と、どこか他人事のような感想が浮かんでは消えた。
そして、水を飲んだら吐いた。
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