第63話 流れるもの揺るがないもの
マスクをしたルイさんは朝食後に変身して、ノーマスクで大学に行くらしい。
そうなのだ。ルイさんがまさかの女子大生で意表を突かれた。丘の上のナンチャラ国際大学だ。単位とか色々マズイらしく、朝からバスで行くらしい。
それにしても、その黒目が大きくなるコンタクトレンズは昼間には不向きなのではないだろうか。着けてないと恥ずかしいからと言う理由がさっぱり共感できない。
むしろ、黒目大き過ぎて人外の風格が出ているが恥ずかしくないのだろうか?
まぁ、個人の価値観には物は申すまい。
「すっぴんでも十分だと思いますよ」
「男ってみんなそう言うよねー」
「むしろ不気味です」
「ひどい! 着けたほうが写真映り絶対良いのに!」
「映えの問題ですか」
「映えの問題! 映え命!」
なるほど、個人の価値観とは語り合っても共感できないものだ。
「では、また夜に」
「うん。お願いします」
「行ってらっしゃい」
「行ってきます。なんか照れるねこういうの」
夜と同じ香りを残しながらルイさんは部屋を出て行った。昼間っから気合いの入ったメイクだ。夜戦用メイクという訳でもなかったようだ。そういうもんなんだろうか。
今日は特に用事はないせいか、それとも朝から炭水化物をしっかり摂ってしまったせいかとても眠い。慣れない女性と同室泊まりなんてするから眠りも浅かったのかもしれない。
折角、連泊でとっているのだ。もうひと眠りしよう⋯⋯。
目が醒めると昼を過ぎていた。
食べてすぐ寝たせいか胃が重い。重いけど小腹は空いている。なんだろうこの無駄に燃費が悪い感じは⋯⋯。
とりあえず外に出ようと向かったのは二条市場のダルマ印のラーメン屋。胃が重い時でもすんなり流し込める優しい味の老舗だ。
すっかり創成川イーストに餌付けされているのを感じる。
「カレーのセットで」
「はいよ。定番セットね。正油でいいかい?」
「はい」
カレーセットがあるなら俺のコンディションなど些細な問題だろう。国民の義務と言っていい。
元祖札幌ラーメンをうたうこの店のラーメンには派手さはない。豚骨背脂や煮干しなどの飛び道具なしの昔ながらのラーメンだ。
「はい。カレーとラーメンね」
俺はこれから大きな変化に対応していかなければならない。
スープを口に含む。more胡椒。
いや、変化に対応するだなんて後出しジャンケンじゃダメだ。
俺は変化を起こす。
「……ノスタルジー」
ここのカレーは初めて食べたのに、子供の頃食べた家のカレーのビジョンが浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
それは俺の成長の記憶。
変化を起こすには揺るがない土台が必要だ。そうでないと起こした変化に自分も流されてしまう。
土台。
流されなかったものがここにもあった。
湧き上がる何かに急かされるようにラーメンをかき込む。
「more胡椒」
ただの失言だった。
「そこにあるの使って」
「アッハイ」
俺は悟った。
変化にも価値があり。変わらないものにも価値がある。
スープまで飲み干した俺は、しばらく立ち上がる事すらできなかった。




