第61話 苦行合宿ビギニング
⋯⋯何故こうなった。
狭めの部屋に窮屈そうに鎮座する飾り気のない二つのベッド。
「ごめんね。木金は休みが取れなくて⋯⋯」
「いえ、論点はそこじゃないような」
「でも、しょうがなくない?」
「しょうがない⋯⋯かもしれません」
迷いなく奥のベッドに座ったルイさんに、視線を虚ろに彷徨わせてしまう。
提案したのは、コマンド入力モードにしたスマホを持つのはルイさんで、詠唱するのはイヤホンマイク装備で対面する俺というアイディアだ。
軽く検証した結果、スマホの持ち手を変えると持っている人のアカウントになってしまうが、持ち手を変えずに別人が無線マイク経由の詠唱であれば、仮定通り詠唱に成功した。
しかしながら、MPに余裕のないルイさんではMP10を消費する消火を300回詠唱するには最短でも10時間はかかる。10時間詠唱するのも苦行だが、10時間ただ何もせず、コマンドモードにするためだけにスマホを垂直に維持し続けるのも意外と苦行だ。
平日昼間と木金の夜は不可というルイさんが出した答えは、二人で二日間ホクダイエリアのビジネスホテルに泊まりこむ強化合宿。それでこのビジネスホテルのツインルームだ。
「寝る時は別の部屋でも良かったのではないかと」
「ごめんね。私、何もしないと起きていられる自信ない」
「さいですか」
こやつ、寝る気まんまんでござる。既に着替えてショートパンツのジャージ姿だ。
「でも、なるべく漢字とか覚えるから!」
ベッドの隣をポンポンしているので、仕方なく隣に腰掛けて同じスマホ画面を覗き込む。ルイさんの体温感じる距離感に少し心臓がうるさくなった。
しかし、いざ始めてしまえばそんな事も気にならなくなった。
厨二漢字の解説や噛み噛み詠唱失敗も交えつつ、2分に一度のペースで順調にこなしていく。
一人、黙々とやるより誰かがいてくれた方が張り合いが出るなと考えつつも、2時間を過ぎるころには飽きたのかうつらうつらと、ルイさんのコマンドモード維持が怪しくなってきた。
「横になっていて下さい。もう少し進めておくので」
「ごめんね。さいとーさん。ごめん」
まだ2時間ちょっと。72回だ。火曜日の今日中に倍の150回は稼いでおきたい。
横になりぼんやりとした眼差しを向けるルイさんに、スタンドを付けたスマホを立て掛けるように置く。眠たげな視線はこちらも眠くなるので、寝るならとっとと寝て欲しい。
100回を超えるころには、すっかり寝息を立てるルイさんだったが寝返りでスマホが傾いてしまう。
スマホに触れないようにスタンドをつかみ位置を直した。
「……まぶしい」
明るいと眠りが浅いタイプだろうか。はっきりとした寝言だ。スマホの明かりもあるので照明を落とす。視覚がなくなると余計に息遣いを意識してしまう。……詠唱を続けよう。
「むー。うるさい」
寝言がいちいち理不尽。




