第53話 人に必要なもの
相変わらずカーテンも無い部屋で早起きしてしまう。
「いい加減、カーテン買うか⋯⋯」
床に敷いた布団をたたみながら、そんな独り言を吐いてしまう。生活レベルをホテル暮らしレベルとはいかなくとも、きちんと休めるレベルにはしたい。
今日は土曜日で、イースト間引きの日だが中止のお知らせが届いていた。
そのまま、スマホでテナント賃料の相場でも調べようとしてみたが、電波が安定せずイライラするだけに終わった。
だからススキノには住みたくなかったのだ。
オフィスに行っても今日は休日で閉まっているし、開いていても行く気にはなれない。
「飯行くか」
ススキノにも24時間やっている牛丼系のチェーン店があるが、昨日深めに飲んでしまったので油分や塩分を控えたい所だ。そしてススキノから離れたい気分もある。
頭の中に思い浮かんだのは、炊き立ての白米に温かな味噌汁だ。チェーン店の朝食メニューの白米やインスタント感満載の味噌汁では満足がいかない。
俺は何かに飢えていた。
人として何かに飢えていたのだ。
辿り着いたのは先日まで拠点としていた二条市場近辺。高齢者が昼間からカラオケをしている二条市場食堂街を抜けた南側にある定食屋だ。朝からやっているとマスターに聞いていた。
木の板で作りました的な漁師風手作り感満載の店内は、今や主流となった外国人観光客を寄せつけない。硬派だ。
一応、観光客向けの高価な海鮮丼などもあるが、焼魚定食は700円からとそれほどでもない。
大体、二条市場はああ見えて安いものは売っていないブランド志向な街中高級品市場なのだ。
「イワシ定食お願いします」
「鰯の塩麹焼きね。ご飯、大中小あるけど?」
「大で」
ここの添え物で出てくるイカの塩辛が美味いと聞いている。奥の棚に陳列販売されているのは道産米トップブランドのゆめぴりかなのだ。恐らくここで使用している米もゆめぴりかなのだろう。
輝く白米にイカの塩辛⋯⋯期待が膨らむ。
「お待たせしましたー」
やってきた定食のイワシがデカい。ニシン級魚体だ。そしてご飯大も中々の山具合。
残念な事にイカの塩辛ではなくニシンの切込みがほうれん草のおひたしとセットで添え物になっていた。
「どれどれ⋯⋯」
ニシンの切込みを口に含む。
切込みとは米麹と塩で熟成させたもので塩がガツンときがちなのだが、これは角が丸い、まろやかでふくよかだ。
チラリと横目でアルコールメニューを確認してしまう。日本酒もある。がしかし呑みだけにくる雰囲気ではない。自粛しよう。
「⋯⋯justice」
当然ながら、煌めきながらも甘みのある白米とも正義だ。
鰯の塩麹焼きもこれまた正義だ。小骨が多いのなぞカルシウムだ。出汁香るワカメの味噌汁もサラダも善き。
幸福な満腹感に善き1日が始まる気がした。
人に必要なのは善き食事と、電波だと思い知らされた。




