最終話 残業代は出ますか?
目を覚ました時、最初に見えたのは病院の天井だった。
「……あー」
喉が死んでいる。
身体も全体的にだるい。
でも、生きてはいるらしい。
「さ、さいとーさん!?」
ベッド脇で突っ伏していたモモカが飛び起きた。
目が赤い。寝不足だろう。
「ここ、市立病院ですぅ。三日も寝てました」
「三日」
「喉の酷使と、エーテル酔いと、疲労です。あと脱水で」
「だいぶフルコースだな……」
モモカは安堵したように座り直してから、少しむくれた。
「も、もう無茶しないでください」
「善処します」
「それ、たぶんまたやる人の言い方です」
否定はできない。
昼過ぎにルイさんも来た。
開口一番、
「さいとーさん、喉大丈夫?」
「仕事にならない程度には」
「なら休みなさい」
正論で殴ってくる。
「ススキノ、戻ったわよ。まだ細かいノイズはあるけど、前みたいな電磁波暴走は止まった」
「そっか」
「さいとーさん、ちゃんとデバッグしたのね」
「バグがでかすぎましたけどね」
ルイさんは笑って、それから小さく「お疲れ様」と言った。
それで十分だった。
ススキノ攻略戦から一週間。
電磁波障害で決済端末もスマホも不安定だった繁華街は、だいぶ普通の街に戻っていた。
アプリを起動するとまだたまに妙なノイズは走るが、前みたいな熱暴走は起きない。
それだけで大進歩だ。
「さ、さいとーさん! これ見て下さい! ススキノ、通信速度戻ってますぅ!」
餃子バー二階のギルド事務所で、モモカがタブレット片手に騒いでいる。すでにニュースになっているようだ。
「良かったな。これで苦情も減るだろ」
「苦情は減りましたけど依頼が増えましたぁ……!」
そりゃそうだ。
ススキノが普通に遊べるようになれば、次は管理と調整の仕事が増える。
運営と行政と界の主たちで色々話し合った結果、とりあえずススキノ周辺の雑務は冒険者ギルドが請けることになった。モモカが統括して界の主となっていた。
面倒そうだが、仕事になるなら文句はない。
「さいとーさん、メール」
ルイさんがスマホを差し出してきた。
田辺さんからだ。
『ススキノ一件について、ギルドへの委託報酬が確定しました。詳細は添付資料をご確認下さい』
添付の金額を見て、思わず咳き込んだ。
見間違いかと思って二度見したが、桁は減らなかった。
「……すご」
「すごいわよね」
「しばらく餃子には困らんな」
「そこ基準なの」
そこは大事だろう。
俺は返信画面を開き、ついでに一文打ち込んだ。
『追伸:今回の深夜対応、俺個人の残業代は出ますか?』
送信から三十秒ほどで返信が来た。
『社長でしょうに』
ごもっともである。
だが、その下に続きがあった。
『危険業務手当くらいは付けてもいいでしょう。必要経費で請求して下さい』
「……出るらしい」
「出るんだ」
ルイさんが呆れたように笑った。
モモカもつられて笑う。
階下に降りると、マスターがカウンターにビールと餃子を並べていた。
「約束だ。一番高いのは夜に回すが、まずはこれで我慢しな」
「まだ昼ですよ」
「さいとーさん、昼酒はうまいぞ」
その台詞、前にも聞いた気がする。
俺は席に着き、冷えたグラスを持ち上げた。
冷たいビールが胃に刺さる。
うまい。
この瞬間だけは、クソゲー攻略も悪くないと思えるから困る。
「……さて」
新しく買い換えたスマホを起動する。
AR画面には、いつもの札幌の地図に界マップが重なっていた。
綺麗で、面倒で、放っておくとすぐバグる、いつものAnotherDimensionだ。
「明日からまた仕事か」
そう呟くと、マスターが餃子の皿を寄せてきた。
「残業代分は働けよ」
「善処します」
きっと、これからもこんな調子なのだろう。
だるいし面倒だし、できれば定時で帰りたい。
それでも目の前で街がバグっていたら、たぶんまた首を突っ込んでしまう。
社会人とは難儀な生き物だ。
(完)
長らく放置してましたが完走しました。読んでくれてありがとう!
新作の支配域の管理論〜ドミネーション・マネジメントも来週くらいから再開するのでよろしくです。
https://ncode.syosetu.com/n6007lw/




