第114話 主の権限
狼は俺を見た瞬間、なにかに吠えた。
やばい。
その一声だけで分かる。
こいつ、想定より大分狡猾だ。
直後、AR画面の境内周囲に散っていた黒い歪みが一斉に明るくなった。
湧きポイントだ。
「社長、何か変ですわ!」
佐藤女史の警告と同時に、AR画面の寺の外周から大型モンスターが三体、四体と這い出してきた。
見覚えのある形だ。さっき北側で倒していた上位クラスが、ほぼそのまま再配置されている。厄介なことに射線が遮られている。
「湧き直しが早すぎるだろ……」
「……そちらに!?無法ですわね!」
インカム越しに佐藤女史が珍しく半ギレである。
狼がもう一度吠えた。
どうやら雑魚をけしかけるだけでなく、ススキノ全域の再配置を直接いじっているらしい。
本当に管理者気取りだ。
「田辺さん、北側は!?」
「今、再湧きで押し返されています。ですが持ちこたえます」
持ちこたえる、で済ませるあたりがカイザーである。
心強い。
俺は一歩踏み込み、正面の大型モンスターを避けて右へ回った。
だが、次の瞬間、横から別の個体が割り込んでくる。
最短距離で狼まで行かせる気がない。
スマホの警告表示が鬱陶しいほど点滅する。
『WARNING: System Overheat. Force close in 00:34』
「社長! 一旦引いて下さい!」
「引いたら次は無理です!」
ここまで皆に無理をさせておいて、やっぱりダメでしたは通らない。
それだけは嫌だった。
「モモカ! 境界を押せるか!」
「お、押しますぅ! でも長くは無理です!」
「一瞬でいい!」
インカムの向こうで、モモカが何かを叫んだ。
次の瞬間、AR画面の東側表示がぶれた。
ススキノ領域の端から、創成イースト界の境界データがせり出してくる。
イースト界の干渉だ。
界の主にしかできない力技である。
その表示が重なった瞬間、横から飛び込んできた大型モンスターの動きが鈍った。
狼もAR画面の中で嫌そうに首を振る。
「今ですわ!」
佐藤女史に言われるまでもない。
俺は止まった敵の脇をすり抜け、境内の中央へ飛び込んだ。
距離、五メートル。
ようやく必中の射程圏内だ。
あとは、この一撃が通るかどうかだった。




