第109話 主はどこだ
ススキノからの脱出劇から一夜明け、俺は冒険者ギルドの打ち合わせスペース(という名の、餃子バーの空きテーブル)で、持ち帰ったログと睨めっこしていた。
「この座標……ススキノの南端だな。高濃度エーテルの噴出がバリケードの様に外縁部に固定されてる」
洗い場を片付けていたマスターが、俺の手元の画面を覗き込み、眉を潜めた。
「南七条。……『玉宝禅寺祖院』」
「えっ、場所、分かるんですか?」
「ああ。初期の『AnotherDimension』じゃ、そこはちょっとした聖地だった。複数の界が重なり合うシステムの『継ぎ目』になりやすい場所でな。……なるほど、今の主はあの寺の静寂を苗床に選んだか。いいセンスだ」
流石は古参プレイヤー、といったところか。俺がログから導き出した「心臓部」という結論を、彼は場所を聞いただけで直感的に理解した。
隣でコーヒーを飲んでいた佐藤女史が、眼鏡の奥の瞳を鋭く光らせた。
「……なるほど。あのお寺がエーテル供給の源泉ということですか。ですが社長、あそこは今、偵察すら不可能なほどの高濃度エーテル域ですわよ。スマホを起動した瞬間に熱暴走で死にますわ」
佐藤女史は冷酷に付け加えた。
「不可能、ですわ。ススキノの主——『虐殺の銀狼』は、現在進行形でエーテルを吸い込み、自己強化を繰り返しています。おそらく現時点でのレベルは、運営が想定している上級の上限を遥かに超えているはずです」
打ち合わせスペースに集まった、田辺さん、佐藤女史、そしてルイさん。全員の顔が暗い。
「田辺さんの持ってきた政府の情報はどうなんです?」
「……芳しくありませんね」
田辺さんがスマホの暗号化フォルダを開き、いくつかの報告書を見せてくれた。
「世界で同様の事例、つまり高レベルモンスターへ主の権限が渡ってしまったケースは過去に三件あります。アメリカのボストン、中国の広州、そしてドイツのミュンヘン。広州では軍が介入しましたが、銃などの物理兵器は界のモンスターにダメージを与えることができませんでした」
「物理無効……まあ、ゲーム上の敵だもんな……」
「ええ。界は一種のシミュレーターです。シミュレーター内の対象を破壊するには、システム内の攻撃——つまり、このARゲームを通したスキルでなければならない。しかし、ミュンヘンでは300人の上級プレイヤーがレイドを組みましたが、主のモンスターに近づくことすらできずに全滅しました」
300人が、全滅。
その理由は、昨日の偵察で身を以て知っている。
「エーテル圧による電子機器の機能停止……スマホが稼働しないんじゃ、スキルも撃てない。つまり、正面から戦うこと自体が成立しないわけだ。……ですが、一つだけ穴があります」
俺の言葉に、全員の視線が集まる。
「界のモンスターは、アプリを起動しているプレイヤーをターゲットとして認識する。なら、アプリを落としただの一般人として振る舞えば、主の防衛網を素通りできるはずだ。……理論上はな」
「正気ですの!? 自衛手段を捨てて、あの魔境を歩くというのですか。もし見つかれば、スキルも発動できずに肉片にされますわよ!」
「だから陽動が必要なんだ。カイザーやエンプレス、それにイースト組が外周で派手に暴れてエーテルを攪乱してくれれば、主の意識はそっちに向く。その隙に、俺が『ただのおっさん』として中心部まで歩いて行く」
俺は、スマホの画面の『獄怨の杖』の初期化されてしまったステータスを見つめた。
「中心部の最深部、主の目の前でアプリを起動し、起動直後の最短時間で最大の一撃を叩き込む。……これしか、あの不死の狼を倒せる方法はない」
「ですが社長。一撃で倒しきれなかったら?」
「その時は……その時だ。火矢の連射でもするさ」
俺は、まだ誰にも見せていない新スキル『炎嵐』のアイコンを指でなぞった。このフレンドリーファイア上等な奥の手もある。
重苦しい沈黙の後、田辺さんが深く頷いた。
「分かりました。我々『皇帝』と『女帝』のチーム、そして札幌イーストの全戦力を、斉藤社長の一撃のために投入しましょう。スマホが熱暴走するまでの5分……その命を、我々が繋ぎましょう」
ススキノ界の心臓部。玉宝禅寺祖院。
そこが、俺の戦場になる。
新作「支配域の管理論」始めました
あと「札幌クソゲー」もラストまでプロット書いたので頑張って完走したいと思っています。
リアル土地買いたいので評価協力お願いしまーす!




