兄姉妹全員集合
「話があるって、聞いて来たんだけど……?」
私が仲裁を放棄した結果、お兄様が来る頃にはお姉様とお母様の仲は目も合わせないほど険悪になっていた。
お母様はずっと瞳を伏せていて、時折口元に紅茶のカップを運ぶ以外には何も言わない。何も見ない。
お姉様に至ってはお母様など存在しないかのような振る舞いだ。
「あ、ロランドじゃない。なぁに、あなたも呼ばれたの? ソフィアの部屋に呼ばれたのに遅れてくるなんて珍しいわね」
「おはよう姉さん。まあ、話の内容には見当がついていたからね」
楽しげに唯ちゃんに絡んでいたお姉様がお兄様の来訪を軽口で迎えれば、お兄様は朝からバッチリ決まっている仕事着姿でいつも通り素敵な笑みを浮かべていた。
はー尊い。朝日で輝くお兄様が眩しすぎてつらい。まるで部屋に立ちこめていた邪気が払われるようだよ。私の煩悩も浄化されちゃうぅ。
お姉様と話していたお兄様が「ソフィアもおはよう」と言ってくれただけで、まるで曇天だった心に清澄なドラゴンが訪れたようだった。美麗でカッコよくて頼もしくて強い。全ての問題を翼の一打ちで軽く吹き飛ばしてくれそうな、そんな安心感がお兄様にはある。お兄様が来てくれたならもう何も心配は要らない。
「おはようございます、お兄様」
椅子からぴょこっと飛び降り、丁寧に挨拶を返す。
私の対応を見たお兄様は、元から柔らかく天使のように極上だった笑みを、更に一段綻ばせた。
ほわぁあぁぁアアァァ!!? それはいけない! いけませんってお兄様!! そんな色気たっぷりの笑顔向けられたら秘めた愛情がフィーバー起こして大絶叫ですから!!
朝から禁断の母姉妹丼とか狙ってらっしゃる!? あっ、リンゼちゃんと唯ちゃんを可愛がるなら私が先ですのでそこだけはどうかご了承ください!!
一瞬で極楽浄土へと昇天させられた私の脳内は瞬時にピンク色に染まりきった。これぞ愛の成せる絶技である。
「おはようロランド。朝から呼び出して悪いわね。早速だけど、少し貴方に聞きたいことがあるの。構わないかしら?」
「おはようございます母上。ええ、勿論。神殿に関わる事と聞いていますが、何か問題でも生じましたか?」
そんな幸福の絶頂にあった私からお兄様の視線を奪い取ったのは、誰あろうお母様であった。
お母様が呼び出したのだから当然ではある。当然ではあるのだけれど……。
くうぅっ! お兄様とスマートにお話するの、羨ましいっ!
でもでも、私だってそのくらいの会話はできるんだからねっ!?
謎の対抗心を燃やしたものの、そんな私の様子を見てクスクスと笑うお姉様に加え、唯ちゃんまでもが私のことを不思議そうに見つめていたのに気付いて我に返った。
……今のはな、ちゃうねん。
私が実の母に嫉妬するほど重度にして重篤な変態なのではなく、ちょぴーっとお兄様の素敵さに当てられてしまっただけでな?
何故かエセ関西弁になって心の中で言い訳していると、唯ちゃんはお兄様をじーっと見つめた後、再び私の様子を観察し。
「ふふっ」
と、意味ありげな笑みを浮かべた。
その笑顔は、まるで親が子を見守る時のように微笑ましそうで。
バブみとかいうのがたっぷり含まれてそうな感じでした。
「…………いや、あのね……?」
やめてーーッ!! 私はお姉様ポジション! 唯ちゃんの頼れるお姉ちゃんポジションになりたいの!! 「仕方の無いお姉ちゃん」ポジションは嫌なのーッ!!
後悔したところで後の祭り。
こうして私は唯ちゃんに、お兄様ラァブ!! な本性を知られてしまったのだった。がっくし。
「――それでは本当に、アリシアは問題なく自分の仕事はこなしているのね?」
「はい。求められた結果以上のものは、確実に。試しに一度姉上の働き振りを見学されてみてはどうですか? 母上に隠れてメイドとして務めた経験があるのではと疑うほどに優秀ですよ」
「ロランドー。あんまり余計なことを喋るようだと、私も余計なことをソフィアに吹き込みたくなっちゃうわよー」
「……と思いましたが、実は姉上が優秀過ぎるお陰で今は仕事の方が足らない状態なんですよね。本来なら半年程度はかかると見積もっていた仕事を一月足らずで終わらせてしまうんですから。確認作業も進めていますが、今のところ不備も無し。期待以上の働きを見せた者に対して特別休暇などの恩賞を与えるのは妥当な判断であると、我が家を取り仕切る母上にもご理解は頂けるものと思いますが」
「……弱みを握られ、そう言わされているわけでは無いんですね?」
「お母様それはちょっと酷くないかしら!? 弱みなら私の方が握られているわよ!?」
……お兄様が、お姉様の弱みを?
やいのやいのと交わされる言葉の中で気になった一言に、ついお兄様へと目を向ければ、お兄様の艶然とした瞳に捕らわれてしまった。
……な、何故に目が合いましたか? 今のタイミングで?
お兄様を一瞬でも疑ってしまったことにちょっぴり後ろめたい気持ちでドキドキしたまま見つめ合っていると、ふっ、と表情が緩み、次いで私に何かを見るように視線で示した。お兄様の視線の先にいたのはお姉様……あ、そういうことね。了解でーす。
瞬きを一回。意識と同時に喉の調整。
唯ちゃんリンゼちゃんの視線は気にしない方向で。
「――スゴい。お姉様、スゴいですっ! 半年は掛かるはずのお仕事を一月でって、それってお姉様が特別優秀だということですよね? うわー、スゴいなぁ……。流石はお姉様ですねっ!」
いつもよりトーンの高い声で私が褒めると、お母様に噛み付きまくってたお姉様がピタリと止まった。
「……ま、まぁ? 私に掛かれば大した仕事ではなかったわよ?」
煽てた私が言うのもなんだけど、実にチョロくてちょっと心配になるよね。あんな気弱男子がお姉様を嫁に貰えたのはもう奇跡なんじゃないかと。
ちろりとお兄様に確認を取れば、満足そうな顔で頷かれた。
お兄様から託されたミッション、これにてコンプリートです!
皆それぞれ優秀なのに、何故か安心して見ていられない子どもたち。
母は思った。
――これでソフィアまでこの性格のまま成人したら、私は心配のし過ぎで倒れるかもしれない。
だがその心配は杞憂というものだ。
何故なら彼女の子供たちは、精神治療にかけても優秀な知識を備えているのだから――。




